【不貞慰謝料・請求する側】相手に支払能力があるかをどう見極めるか

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

「相手は『お金がない』の一点張りで、本当なのかどうか判断がつきません」。慰謝料を請求する側の方から、こうしたご相談をいただくことがあります。一方で、請求を受けた側の方からは「源泉徴収票も通帳もすべて出せと言われたが、そこまで応じる必要があるのか」というご相談が寄せられます。同じ「支払能力」という言葉をめぐって、双方が別の不安を抱えている状態です。

 インターネット上では「給与明細や源泉徴収票の開示を求めましょう」「不動産は登記で調べられます」といった説明をよく見かけます。いずれもそれ自体が誤っているわけではありません。ただ、その方法で何がどこまで分かるのか、そしてどの段階でなら使えるのかまで書かれていることは多くありません。見極めが難しいのは、方法を知らないからというより、方法ごとの守備範囲がはっきりしないからです。

 この記事では、相手の支払能力をどう見立てるか、その材料と限界に絞って整理します。支払能力が慰謝料の金額そのものにどう響くか、資力が乏しい相手からどこまで回収できるか、分割払いを求められたときに何を考えるか、示談書にどのような条項を置くかは、それぞれ別の記事で扱っています。

「支払能力」という一語には三つの問いが混ざっている

 支払能力があるかどうかを考えるとき、実際には性質の異なる三つの問いを同時に扱っています。この三つを分けないまま「あるのかないのか」を判断しようとすると、材料を集めても答えが出ません。

いま出せるお金・払い続けられる力・取り立てが届く先

 三つの問いは、それぞれ効いてくる場面が違います。

問い効いてくる場面材料になりやすいもの
いま手元から出せるお金はいくらか一括で払えるかどうか預貯金、解約すれば現金化できるもの
毎月いくらなら払い続けられるか分割にするかどうか、期間をどう置くか収入の額と安定性、生活費や既存の返済
支払いが止まったとき、どこに手が届くか合意や判決が守られなかったときの見通し勤務先の把握、名義のある財産の有無


 この三つは、そろっていないことのほうがむしろ多いという点が重要です。収入は安定しているのに手元にまとまった資金がない方もいれば、預貯金はあっても勤務先が分からず、支払いが止まったときに手が届かないという場合もあります。「支払能力がある/ない」という一言でまとめてしまうと、この違いが見えなくなります。

見立ての目的は相手を採点することではない

 見極めの目的は、相手に支払能力があるかどうかを判定して結論を出すことではありません。三つの問いのうちどれが弱いのかを把握し、それに合わせて請求の進め方や着地の形を選ぶことにあります。手元資金が薄いだけなら支払いの時期を動かす余地がありますし、支払いが止まったときの手当てが弱いなら、そこを補う条件を考えることになります。

支払能力がないことは、請求できないことを意味しない

 前提として、相手に支払能力があるかどうかと、慰謝料を請求する権利があるかどうかは別の問題です。不法行為に基づく損害賠償請求権は、加害行為と損害があれば発生します(民法709条)。相手が無職であっても、貯蓄がなくても、請求すること自体はできます。

 支払能力が実際に働くのは、権利の有無ではなく、交渉の進め方と、受け取れる見通しの部分です。だからこそ見極めが必要になるのですが、それは請求してよいかどうかを決めるためではなく、どう進めるかを決めるための作業だとご理解ください。なお、相手の収入や資産が慰謝料の金額そのものにどう影響するかは、別の記事で詳しく扱っています。

段階によって、手に入る材料が入れ替わる

 支払能力の見極めが難しい最大の理由は、手続の段階ごとに使える材料がまったく違うことです。同じ「調べる」という言葉でも、段階が変われば意味が変わります。

段階使える手がかりこの段階の限界
請求する前生活ぶりや勤務先など、もともと知っている範囲。公開されている情報相手に尋ねることができず、断片的な情報にとどまる
交渉している間相手が任意に説明した内容と、任意に提出した資料提出するかどうかは相手が決める。裏づけを強制する仕組みはない
訴訟の間相手方の主張と提出書類審理の対象は請求が認められるかどうかであり、相手の財産状況ではない
判決や公正証書を得た後裁判所を通じた財産開示等の手続申立てには執行力のある債務名義が必要(民事執行法197条1項)


材料が最も増えるのは、話がまとまった後

 表を上から下へ見ていくと、材料が本格的に増えるのは、交渉や訴訟が終わって債務名義を得た後だと分かります。財産開示の手続は、執行力のある債務名義を持つ債権者の申立てによるものとされているため(民事執行法197条1項)、交渉している段階では使えません。

 つまり「相手の支払能力をきちんと見極めてから、条件を決めよう」という順序は、そもそも成り立ちにくい構造になっています。実務では逆に、限られた材料で見立てを立て、外れたときにどうするかを条件のほうに織り込んでおく、という進め方になります。

公になっている情報と、本人しか取れない情報

 「調べられる」と説明される方法にも、誰でも使えるものと、限られた人しか使えないものがあります。ここを取り違えると、期待していた調査ができずに時間だけが過ぎることになります。

登記は誰でも見られるが、人の名前からは引けない

 不動産の登記事項証明書は、何人も、手数料を納付して交付を請求することができます(不動産登記法119条1項)。相手の所有物件であっても取得できるという点で、たしかに開かれた制度です。

 ただし、登記記録は不動産ごとに作られています。請求するときは所在と地番で物件を特定する必要があり、人の氏名から所有不動産を検索する仕組みではありません。住居表示(いわゆる住所)と地番は別のものなので、住所だけでは特定できないこともあります。相手がどこに不動産を持っているのか見当がつかない場合、この方法は入口の段階で止まります。

人を基準に探す制度はできたが、請求できる人は限られている

 この点については、令和8年2月2日から所有不動産記録証明制度が始まりました(不動産登記法119条の2)。特定の人が所有権の登記名義人として記録されている全国の不動産を、登記官が一覧にして証明書として交付するものです。相続登記の申請の負担を軽くし、登記漏れを防ぐことを目的として設けられました。

 もっとも、交付を請求できるのは所有権の登記名義人本人と、その相続人その他の一般承継人、そして委任を受けた代理人に限られています。債権者が第三者の所有不動産を一覧で調べるための制度ではありません。人を基準にした名寄せの仕組みができたことと、慰謝料を請求する側がそれを使えることは、別の話だとご理解ください。

課税台帳や信用情報も同じ構造になっている

 「取れる人が決まっている」という構造は、ほかの資料にも共通しています。

資料分かること請求できる人
不動産の登記事項証明書所在地番で特定した物件の所有者、抵当権など制限なし(不動産登記法119条1項)
所有不動産記録証明書その人の名義で登記された不動産の一覧本人、相続人その他の一般承継人、代理人
固定資産課税台帳(名寄帳など)市区町村内の課税対象となる不動産本人など法律で定められた関係者(地方税法382条の2ほか)
個人信用情報クレジットや借入れの契約と返済の状況原則として本人


 借入れがどれくらいあるかは、支払能力を考えるうえで欠かせない要素です。しかし個人信用情報は本人からの開示が原則で、請求する側が確かめる手段は基本的にありません。相手の負債は、収入や資産よりもさらに見えにくいという前提を持っておく必要があります。

 なお、弁護士が受任した事件について弁護士会を通じて照会を行う制度があります(弁護士法23条の2)。ただし、どの照会先がどこまで回答するかは事案や照会先によって異なり、これを使えばすべてが判明するというものではありません。

相手が出してきた資料をどう読むか

 交渉の段階で現実に使える材料は、相手が任意に説明した内容と、任意に出してきた資料です。ここでは、資料ごとに何が写り、何が写らないのかを押さえておくことが役に立ちます。

資料示せること示せないこと
源泉徴収票前年の給与収入と勤務先今年の状況、給与以外の収入
給与明細直近の支給額と控除の内訳賞与を含む年間の見込み、他の収入源
預金通帳の写しその口座の入出金と残高ほかの口座、現金、証券などの有無
課税証明書・所得証明書課税の基礎となった所得の額資産の状況、借入れの残高


「ない」ことは資料からは出てこない

 どの資料も、あるものを写すことはできても、ないことを示すようには作られていません。通帳を一冊出してもらっても、それは「その口座にはこれだけしかない」ことを示すにとどまり、ほかに口座がないことまでは意味しません。資料がそろったからといって、財産の全体像が確定するわけではないのです。

任意で出された資料は、選ばれた資料でもある

 交渉段階で提出される資料は、相手が自分で選んで出したものです。不利な内容の資料が出てこなくても、それを責める仕組みはありません。この点を踏まえると、出てきた資料に食い違いや不自然な空白がないかを見るほうが、資料の枚数を増やすことよりも意味を持つ場面があります。たとえば、給与明細に記載された振込先の口座が、提出された通帳と一致しているかといった確認です。

説明の型ごとに、確かめられることが違う

 「払えない」という説明にはいくつかの型があります。型によって、意味していることも、確かめられる範囲も変わります。

よく聞かれる説明意味していること確かめる余地があること
無職である継続的な収入がない状態離職した時期、求職の状況、離職前の収入と退職金
実家で暮らしていて余裕がない生活費の負担が軽い可能性もある収入の額と、実際に負担している支出
借入れがあって手が回らない返済が支払いの原資を圧迫している借入先と残高(本人の説明に依存する)
専業主婦・専業主夫である自身の収入がない状態独身時代からの貯蓄、相続や贈与で得た財産


 これらはいずれも、支払義務そのものをなくす事情ではありません。他方で、どの型であっても、確かめられる範囲は相手の説明にかなりの部分を依存します。相手の親や家族に負担を求められるかどうか、相手が破産を検討している場合にどうなるかは、それぞれ別の記事で扱っています。

見極めきれないことを前提に決める

 ここまで見てきたとおり、交渉の段階で相手の支払能力をすべて把握することはできません。そこで実務では、見立ての精度を上げることに時間をかけるよりも、見立てが外れたときにどうするかを先に決めておくという考え方をとります。

 具体的には、支払いが止まったときに何が起きるのかを合意の中に書いておく、支払いの時期や回数を無理のない形にしておく、といった設計です。どのような条項を置くか、公正証書にするかどうかといった点は、示談書と分割払いを扱った記事に譲ります。

 また、見極めに時間をかけること自体にも負担が伴います。消滅時効の期間は進みますし、その間に相手の勤務先や住まいが変わることもあります。調べ続けることと、いま持っている材料で進めることの、どちらが自分にとって現実的かという判断が必要になります。

支払能力を説明する側から見ると

 請求を受けた側からは、「収入や資産をどこまで開示すべきか」というご相談を受けます。法律上、交渉の段階で資料の提出を強制される仕組みはありません。もっとも、開示しないという選択にも、開示するという選択にも、それぞれ意味があります。

 資料を出すことは、減額や分割を求める際の裏づけになります。反面、こちらの状況をすべて相手に伝えることでもあり、後の交渉で使われる可能性もあります。何を、どの範囲で出すのかは、求めたい着地から逆算して決めるほうが安全です。

 注意していただきたいのは、実際より低く説明することの影響です。後から食い違いが明らかになると、支払能力の説明だけでなく、それ以外の主張についても受け止められ方が変わります。説明する範囲を絞ることと、事実と異なる説明をすることは別のことだとお考えください。

よくあるご質問

相手が財産を隠していると感じるときは、どうすればよいですか

 交渉の段階では、隠している財産を探し出す手続は用意されていません。まずは、出てきた説明や資料の中に食い違いがないかを確認することになります。そのうえで、判決や公正証書といった債務名義を得た後であれば、裁判所を通じた手続を検討する余地が生まれます(民事執行法197条1項ほか)。

相手が無職の場合でも、請求してよいのでしょうか

 請求すること自体はできます。無職であることは、慰謝料を請求する権利を左右しません(民法709条)。ただし、受け取れる見通しは別の問題です。離職の時期や再就職の見込み、退職金や貯蓄の有無といった点を踏まえて、支払いの時期や方法を含めた着地を検討することになります。

弁護士に依頼すれば、相手の財産を調べてもらえますか

 弁護士会照会など、個人では使えない手段があるのは事実です(弁護士法23条の2)。ただし、照会先が回答するかどうかは事案によって異なり、依頼すれば財産の全体像が判明するというものではありません。実際には、どこまで調べられるかを早い段階で見極め、限られた材料でどう進めるかを組み立てる部分に、専門家の役割があります。

まとめ


  1. 「支払能力」には、いま出せるお金、払い続けられる力、支払いが止まったときに手が届く先という三つの問いが混ざっている。
  2. 支払能力の有無は、慰謝料を請求する権利そのものを左右しない(民法709条)。
  3. 手に入る材料は段階ごとに入れ替わり、財産開示の手続は執行力のある債務名義を得た後でなければ使えない(民事執行法197条1項)。
  4. 不動産の登記事項証明書は誰でも請求できるが、所在と地番で物件を特定する仕組みであり、氏名から検索することはできない(不動産登記法119条1項)。
  5. 令和8年2月2日に始まった所有不動産記録証明制度は、本人と相続人その他の一般承継人、その代理人が請求できるもので、債権者の調査手段ではない(不動産登記法119条の2)。
  6. 固定資産課税台帳は法律で定められた関係者に限られ(地方税法382条の2ほか)、個人信用情報は原則として本人しか取得できない。
  7. 交渉段階で出てくる資料は、あるものは示せてもないことは示せず、相手が選んで出したものでもある。
  8. 見立ての精度を上げることより、見立てが外れたときにどうするかを先に決めておくほうが現実的である。


慰謝料の請求・支払いをご検討中の方へ

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。相手の支払能力をどう見立てるかは、請求する金額や進め方だけでなく、最終的に受け取れるかどうかにも関わる部分です。手元にある情報だけでは判断がつかないという段階でも、何が調べられて何が調べられないのかを整理することはできます。

 請求をお考えの方は、いま持っている材料でどこまでの見通しが立つのかを一度ご確認ください。請求を受けて支払いが難しいとお感じの方は、どの範囲でご自身の状況を伝えるのが適切かという点から、ご一緒に検討いたします。どちらのお立場でも、早い段階でご相談いただくほど、選べる進め方は広がります。

リンクをコピーしました

Mybestpro Members

若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

関連するコラム

プロのおすすめするコラム

コラムテーマ

コラム一覧に戻る

プロのインタビューを読む

風俗・男女トラブルの不当要求から依頼者を守る弁護士

  1. マイベストプロ TOP
  2. マイベストプロ東京
  3. 東京の法律関連
  4. 東京の男女・夫婦問題
  5. 若井亮
  6. コラム一覧
  7. 【不貞慰謝料・請求する側】相手に支払能力があるかをどう見極めるか

若井亮プロへの仕事の相談・依頼

仕事の相談・依頼