本名を明かさずに示談できるか|代理人限りでの合意の可否
店やキャストとのやり取りが一段落し、金額と支払方法までは自分で話がついた。あとは紙にするだけ——という段階で、「この書面を自分で作ってしまって大丈夫だろうか」と手が止まる方は少なくありません。交渉まで全部を弁護士に任せるつもりはない。ただ、書面だけは目を通してほしい。この記事は、その頼み方が実際にできるのか、できるとして何がどこまで変わるのかを整理したものです。
この記事で扱うこと・扱わないこと
扱うのは、どこまでを弁護士に頼むかという「受任の範囲」の話だけです。示談書にどんな条項を入れるか、清算条項や口外禁止条項をどう書くか、提示されている金額が妥当かといった中身の判断は、それぞれ別の記事で扱っています。
また、すでに警察が動いている場合や、逮捕・勾留されている場合は、書面の作り方以前に判断すべきことが変わります。その点は後の章で触れる程度にとどめます。
書面の作成だけを頼むことはできる
結論から言えば、できます。弁護士の仕事は代理人として相手と交渉することだけではなく、契約書・合意書・示談書といった書面を作ること、相手が出してきた書面を読んで問題点を指摘することも、それ単独で依頼として成り立ちます。
実際、法律事務所の料金表を見ると、交渉の着手金・報酬金とは別に「文書作成料」「手数料」といった欄が設けられていることがよくあります。示談交渉を伴わない書面作成は、そちらの区分で扱われるのが一般的です。
なお、自分で相手と話し合うこと自体には、法律上の問題はありません。弁護士法72条は、弁護士でない人が報酬を得る目的で「他人の」法律事務を業として取り扱うことを禁じる規定です。自分の件について自分で話し合うことは、この規定が想定している場面ではありません。問題になりやすいのは、店の担当者など第三者が本人に代わって交渉に入ってくる場面のほうです。
頼み方は大きく三つに分かれる
| 頼み方 | 弁護士がすること | 弁護士の名前が相手に出るか |
|---|---|---|
| ①見てもらう(チェック) | 相手が出した書面や自分の草案を読み、問題点と修正案を伝える | 出ない |
| ②作ってもらう(作成) | 事情を聞き取ったうえで、合意内容を条項にして書面を起こす | 原則として出ない |
| ③代理人になってもらう | 相手方への連絡・交渉・書面の取り交わしまでを代理する | 出る |
「示談書の作成だけを頼めるか」という質問は、この表の①か②のことを指しています。①と②は、弁護士が背後で助言や作業をする形で、外に向けて動くのは自分自身です。③になって初めて、弁護士が窓口として表に出ます。
どこまでを頼むかは、費用だけでなく、このあと相手とどうやり取りするつもりかで決まります。次の章から、その違いを具体的に見ていきます。
「作成だけ」でも、事情はひととおり聞かれる
依頼する側からすると、「合意した内容はもう決まっているのだから、それを紙にしてくれればいい」と感じるかもしれません。ただ実務では、書面だけを渡されて条項を組み立てる、という進め方はあまり取られません。合意内容が同じでも、経緯によって入れるべき条項が変わるからです。相談では、おおむね次のようなことが聞かれます。
何があったのか
いつ、どの店で、何が起きて、どういう話になったのか。ここが曖昧なままだと、書面で「何を終わりにするのか」を特定できません。特定が甘い書面は、後から別の名目で請求が来たときに効きにくくなります。
誰と誰の合意なのか
相手が店なのか、キャスト本人なのか。この二つは法律上まったく別の相手方です。店の担当者とだけ話をまとめても、本人が持っている権利までは当然には終わりません。ここは風俗トラブルでとりわけ取り違えられやすい点なので、後の章でもう一度触れます。
何を終わりにしたいのか
支払さえ済めばよいのか、今後の連絡を止めたいのか、家族や勤務先に伝わらないようにしたいのか。優先順位によって、書面に足すべき条項が変わります。
弁護士が作る書面は「中立な書面」ではない
ここは誤解されやすいところです。弁護士に作ってもらった示談書は、双方から等距離にある公平な書面、ではありません。依頼した側の立場から見て不利がないように組み立てられた書面です。
弁護士法25条は、相手方から相談を受けて助言した事件などについて、弁護士がその職務を行えないと定めています。同じ一件について両方の側に立つことはできない、という仕組みです。示談書の作成だけを頼む場合も、その弁護士はあくまで依頼者側に立って書面を作ります。
このことは二つの意味を持ちます。ひとつは、自分に有利な条項を入れておきたいなら、その希望をはっきり伝えてよいということ。もうひとつは、有利にしすぎると相手が署名しないということです。相手も自分の弁護士に見せることがありますし、店であれば顧問弁護士が確認する場合もあります。署名してもらえなければ書面としての意味がないので、実際には「通る範囲でこちらを守る」という調整になります。
代理人を立てないと、起きないこと
「作成だけ」を選ぶということは、弁護士に代理人になってもらわない、という選択でもあります。費用は抑えられますが、代理人が就いたときに起きることは起きません。ここを知らないまま選ぶと、想定と違う展開になります。
窓口は自分のまま残る
弁護士が代理人として就任すると、相手への通知を出したうえで連絡先が弁護士に移ります。作成だけの依頼では、この通知は出ません。電話もメッセージも、これまでどおり自分に届きます。
相手方の弁護士は、自分に直接連絡してよい
弁護士職務基本規程52条は、相手方に代理人が選任されているときは、正当な理由なくその代理人の承諾を得ずに本人と直接交渉してはならないと定めています。裏を返すと、こちらに代理人がいなければ、相手方についた弁護士は本人である自分に直接連絡してくることになります。書面を弁護士に作ってもらっていても、それは代理人の選任ではないため、この扱いは変わりません。
その場の判断は自分がする
相手が条項の修正を求めてきたとき、応じてよいのか、押し返すべきなのかを、その場で判断するのは自分です。もちろん持ち帰って弁護士に確認することはできますが、やり取りが往復するほど、代理人に任せた場合との差は小さくなっていきます。
相手が書面を用意してきた場合
風俗トラブルでは、店側が自分たちの雛形を先に出してくることが少なくありません。この場合、依頼の中身は「作成」ではなく「チェック」になります。頼み方としてはむしろ気軽で、費用も作成より抑えられることが多い形です。
ただし、読んだ結果として修正を求めることになれば、そこからは交渉です。修正のやり取りが一往復で終わらない見込みなら、その時点で代理人を立てるかどうかを考え直すのが現実的です。②から③へ移る境目は、たいていこの場面にあります。
風俗トラブルで先に確かめておきたい二点
相手は店か、本人か
店に生じた損害と、キャスト個人が主張する損害は別のものです。店の担当者と話をまとめて店に支払っても、本人との間では終わっていない、という状態が起こり得ます。書面を作る前に、誰が合意の当事者になるのか、本人の意思がどう確認されているのかをはっきりさせておく必要があります。名前を書かない形で当事者を特定する方法もあるので、匿名性を心配して先に諦める必要はありません。
刑事の話が絡んでいないか
被害届が出ている、警察から連絡が来ている、といった事情がある場合は、書面の作り方だけの問題ではなくなります。書面をどの段階で誰に出すか、そもそも本人が相手と直接やり取りしてよいのかという判断が先に来ます。この場面では、作成だけの依頼で足りることは多くありません。
費用はどのように決まるのか
書面の作成やチェックは、成果に連動する着手金・報酬金ではなく、作業に対する手数料として設定されていることが一般的です。金額は事務所ごとに異なり、書面の難易度(雛形で足りるのか、事情に合わせて組み立てるのか)や、対象となる金額の大きさで変わります。
注意しておきたいのは、途中から交渉が必要になった場合は、別建ての費用になるのが通常だという点です。料金表でも「示談交渉を要しない場合の手数料」と注記されていることがあります。
日本弁護士連合会の会規では、依頼しようとする人から申し出があったときは報酬の見積書の作成と交付に努めること(4条)、受任に際して費用について説明し、受任したときは委任契約書を作成すること(5条)が定められています。作成だけの小さな依頼であっても、何をどこまでやってもらう費用なのかを最初に確認しておくと、後から食い違いません。
弁護士以外に頼むという選択肢
示談書の作成は、行政書士に依頼できる場合もあります。ただし範囲には線があります。神奈川県弁護士会は、行政書士について、示談書の作成やそのための相談を行うことはできるが、高度な法律的判断が含まれる示談書の作成やその相談はできないという整理を示しています。当事者の間で言い分が対立している、金額や事実関係に争いが残っている、といった事案は、この線を越えやすい領域です。
公証役場で公正証書にする方法もあります。強制執行認諾文言を付けた公正証書は、裁判をしなくても強制執行の手続に入れる書面になります(民事執行法22条5号)。ただし対象は金銭の一定額の支払などに限られるため、接触禁止のような約束は、それ自体を直接強制できるわけではありません。また、公証人は当事者双方の依頼を受けて作る立場なので、こちらの利益を代弁してくれる存在ではありません。相手が公証役場に足を運ぶことにも同意している必要があります。
「作成だけ」で足りる場合と、足りにくい場合
| 足りることが多い | 足りにくいことが多い |
|---|---|
| 金額・支払方法・支払期限まで、双方の認識がそろっている | 金額や事実関係で、まだ言い分が食い違っている |
| 相手が個人で、連絡が穏当に取れている | 相手が繰り返し連絡してくる、期限を切ってくる |
| 一括で支払い、その場で終わる見込み | 分割にする、支払後も関係が続く可能性がある |
| 刑事の手続が動いていない | 被害届や警察からの連絡がある |
| 相手に代理人がついていない | 相手に弁護士がついている |
左側に多く当てはまるなら、作成やチェックだけの依頼で目的を果たせる可能性が高いといえます。右側が増えるほど、書面だけ整えても状況が動かず、結局は交渉の局面に戻ってきます。
頼むときに用意しておくとよいもの
- 相手とのやり取りの記録(メッセージ、通話履歴、メールなど)。消さずにそのまま残しておきます。
- 相手が出してきた書面がある場合は、その現物または画像。
- 合意した内容のメモ(金額、支払方法、支払期限、それ以外に約束したこと)。
- 店の名称、担当者の肩書、キャストの源氏名など、相手方を特定できる情報。
- 支払の予定日や、相手から示されている期限。
特に、相手から示されている期限は最初に伝えておくと話が早く進みます。書面の作成には相応の時間がかかるため、期限が近い場合は、その期限自体を動かす相談から始めることもあります。
よくある質問
「弁護士に作ってもらった」と相手に伝えてよいですか
伝えること自体に問題はありません。ただし、相手が身構えて自分の弁護士に相談し、修正の応酬になることもあります。相手の様子によって伝え方は変わるので、伝えるかどうかも含めて相談しておくとよいと思います。
途中から代理人をお願いすることはできますか
できます。作成だけを依頼した弁護士に、そのまま代理人として入ってもらう形が一般的です。事情をすでに把握している分、引き継ぎの手間が少なくて済みます。その場合の費用がどうなるかは、最初の相談の時点で聞いておくと判断しやすくなります。
書面を作ったのに、相手が署名してくれません
示談は双方の合意なので、一方が作っただけでは成立しません。署名を得られない理由は、条項の中身に納得していない場合と、そもそも合意内容の認識が食い違っていた場合に分かれます。後者であれば、書面を直すより先に、何がずれているのかを確認する作業が要ります。
相談だけして、自分で書くのでもよいですか
それも選択肢のひとつです。相談の中で、入れておくべき条項と避けたい書き方を聞き、自分で作った案をもう一度見てもらう、という進め方もあります。費用を抑えたい場合には現実的な方法です。
弁護士に相談する意味
示談書は、書いてある範囲でだけ紛争を終わらせる書面です。民法695条は、当事者が互いに譲歩して争いをやめる合意を和解と定め、696条は、その合意によって権利関係が確定するとしています。裏を返せば、書面に書かれなかったことは終わっていません。そして、署名や押印のある私文書は、その人の意思で作られたものとして扱われるのが原則です(民事訴訟法228条4項)。
だからこそ、書面を作る段階だけでも第三者の目を入れる意味があります。同時に、この記事で見てきたとおり、書面を整えることと、相手とのやり取りを引き受けることは別の作業です。自分の状況がどちらを必要としているのかを、最初の相談で一緒に確かめてみてください。相談の時点では、まだどこまで頼むかを決めていなくてかまいません。
まとめ
- 示談書の作成だけ、あるいはチェックだけを弁護士に依頼することはできる。
- 自分で相手と話し合うこと自体は、弁護士法72条が問題にする場面ではない。
- 作成だけの依頼でも、経緯や当事者の確認のため、事情はひととおり聞き取られる。
- 弁護士が作る書面は中立な書面ではなく、依頼した側の立場から組み立てられた書面になる。
- 代理人を立てないので、窓口は自分のまま残り、相手方の弁護士は本人に直接連絡してくる。
- 相手が雛形を出してきた場合は「作成」ではなく「チェック」の依頼になる。
- 修正のやり取りが往復し始めたら、代理人を立てるかどうかを考え直す時期にあたる。
- 相手が店なのか本人なのか、刑事の手続が動いていないかは、書面を作る前に確認しておく。
- 費用は成果連動ではなく手数料として設定されることが多く、交渉に移れば別建てになるのが通常。
- 行政書士に頼める範囲には線があり、公証人はこちらの利益を代弁する立場ではない。
- 書かれなかったことは終わらないため、範囲の特定が金額と同じくらい重要になる。


