弁護士に不利な事実を隠すとどうなる|正直に話すべき理由
風俗店を利用した日に飲酒していて、その日の出来事がところどころ抜けている。そこへ後日、店やキャストから「本番行為があった」として金銭を求められている。あるいは、警察から連絡が来ている。
こうした相談で多くの方が最初に口にするのは、「自分でも何があったのか分からない」という言葉です。責任を問われている一方で、反論する材料も、認める根拠も、自分の中にない。この宙づりの状態が、判断を難しくします。
この記事では、飲酒によって記憶が曖昧なまま責任を問われている場面で、何がどう評価されるのか、そして今の段階で何を整理しておけばよいのかを、順を追って説明します。
この記事が想定している場面
想定しているのは、成人同士の性風俗の利用で、客側の立場にある方です。店やキャストから金銭を求められている段階、または警察から連絡が来た段階を念頭に置いています。
相手が18歳未満である可能性がある場合は、まったく別の枠組みで考える必要があるため、この記事の内容は当てはまりません。また、店のルールに反する行為を勧める趣旨の記事でもありません。すでに逮捕や呼出しを受けている場合は、一般論よりも個別の相談が先になります。
「記憶が曖昧」は「記憶がない」とは別の状態
お酒は記憶を消すのではなく、記録されにくくする
飲酒後に記憶が抜ける現象は、一般に「記憶が飛ぶ」と表現されます。ただ、実際に起きているのは、いったん覚えたことを忘れるという現象ではありません。アルコールの影響で、その時間帯の出来事がはじめから記憶として定着しにくくなる、という状態です。
ここで大切なのは、この状態でも、会話をしたり、移動したり、支払いをしたりといった行動は普通にできるという点です。周囲から見ると、酔ってはいるが受け答えはできている、という印象になることが少なくありません。つまり、「覚えていない」ことと「何もできない状態だった」ことは、同じではないということです。
この違いは、後から自分の状態を説明するときに効いてきます。「記憶がないほど酔っていた」と伝えても、相手方や捜査機関の側では、そのまま「判断ができない状態だった」とは受け取られにくい、ということになります。
断片が残っているからこそ、つながってしまう
完全に真っ白であれば、人は「分からない」と言うほかありません。ところが、記憶が曖昧なときに残っているのは、いくつかの断片です。部屋の様子、会話の一部、帰り道の感覚。断片には前後関係も理由もついていません。
その断片に、あとから誰かの説明が加わると、断片同士が線でつながって、一つの筋書きに見えてきます。このとき、自分の記憶なのか、後から聞いて頭の中で補ったものなのかの区別は、本人にもつきにくくなります。記憶が曖昧な場面で慎重さが求められる理由は、この点にあります。
同じ「覚えていません」でも、相手によって受け取られ方が違う
責任を問うてくる相手は、ふつう一つではありません。店、キャスト本人、そして場合によっては捜査機関です。この三者は、求めているものも、判断の枠組みも違います。同じ「覚えていません」という一言も、相手によって届き方が変わります。
| 相手 | 求めているもの | 「覚えていません」の受け取られ方 |
|---|---|---|
| 店 | 規約違反を理由とする金銭 | 否認と受け取られ、交渉が硬直しやすい |
| キャスト本人 | 謝罪と賠償 | 向き合う姿勢がないと受け取られやすい |
| 捜査機関 | 事実の確認 | 有利にも不利にもならず、相手方の説明が中心になりやすい |
このように、「覚えていません」という言葉は、それ自体ではどの相手に対しても状況を前に進めません。かといって、覚えていないことを覚えているかのように話せば、後で説明が変わったときに、話全体の信用が下がります。必要なのは、覚えていないことを覚えていないまま、正確に伝える言い方です。
曖昧な記憶が「作られていく」経路
空白を埋めようとするのは、不誠実だからではない
その場で店のスタッフから経緯を説明され、「そう言われれば、そうだったかもしれない」と感じる。人数に囲まれ、時間を区切られた状況で、早く終わらせたいという気持ちが働く。後日、自分の決済履歴や滞在時間を見て、点と点を因果でつないでしまう。
こうした過程を経て、「たぶん、やったと思います」という言葉が出てきます。この一言は、店との交渉では支払いを認めた発言として、捜査の場面では自分に不利な供述として、記録に残ります。
誠実に応じようとする人ほど、空白のままにしておくことに耐えられず、埋めようとします。それ自体は責められることではありませんが、いったん埋めた部分を後から取り消すのは簡単ではありません。
記憶・推測・後から聞いた話を分ける
この段階で役に立つのは、思い出そうとするのをやめることではなく、思い出したものを種類ごとに分けて書き出しておくことです。紙の上で分けるだけでも、頭の中で混ざるのを防げます。
| 区分 | 書き方の例 | 扱い |
|---|---|---|
| 覚えていること | 入室した時刻、飲んだ量 | 自分の説明の土台になる |
| 覚えていないこと | 退室までの経緯 | 埋めずに空欄のまま残す |
| 後から聞いた話 | 店から説明された内容 | 自分の記憶と区別して記録する |
| 自分の推測 | そのときこう考えたはず | 推測であることを明示する |
この仕分けをしておくと、相手から詳しく尋ねられたときにも、「ここまでは覚えている」「ここから先は覚えていない」「これは後で聞いた話です」と、そのまま答えることができます。話が途中で変わる事態も避けやすくなります。
酔っていたことは、責任を軽くする理由になるのか
お金の責任について
民法には、自分の行為の責任を判断する能力がない状態で他人に損害を与えた場合、賠償責任を負わないという規定があります。ただし同じ条文には、自分の故意や不注意でその状態を招いたときは、この限りでないという但し書きが置かれています(民法713条)。自ら飲酒して酔った場合は、この但し書きに当たると考えられています。
つまり、「酔っていたから支払わなくてよい」という説明は、実務では通りにくいということです。もっとも、これは請求された金額をそのまま支払うべきだという意味ではありません。金額が妥当かどうかは、責任の有無とは別に検討することになります。
処罰の責任について
刑事では、判断能力を失っていた場合に処罰されない、あるいは刑が軽くなるという規定があります(刑法39条)。ただし、自ら飲酒して酔った場合にこの規定が働くのは、限られた場面とされています。飲酒による酩酊は程度に応じて分類されますが、通常の酔いの範囲では、責任能力が否定される方向にはなりにくいのが実情です。
量刑の場面でいくらか考慮される可能性はあっても、「酔っていた」という事情だけで結論が変わることは期待しにくい、という前提で考えたほうが現実的です。
相手もお酒を飲んでいた場合
現在の性犯罪の規定は、飲酒などの影響によって、同意しない意思を形成したり、表明したり、それを貫いたりすることが困難な状態にあったかどうかを見ています。ここで見られているのは相手の状態と、こちらがそれをどう認識していたかであって、こちらがどれだけ酔っていたかではありません。
また、飲酒があれば直ちに困難な状態と判断される、という関係にもなっていません。この点は判断が細かく分かれるところで、条文の読み方や具体的な判断材料については、別の記事で扱っています。
記憶の代わりになるもの、ならないもの
記憶が曖昧でも、行動の輪郭は外部に残っていることがあります。予約や店とのやり取りの履歴、支払いの記録、移動の記録、滞在した時間。これらは、その日の時間の流れを再現する材料になります。
一方で、部屋の中で何があったかは、多くの場合どこにも記録されていません。輪郭は残るが、中身は残らない。この構造は、こちら側だけでなく、相手方にとっても同じです。だからこそ、当日どう応じたか、その後どうやり取りしたかという事後の言動が、実際には大きな比重を占めることになります。
なお、手元のデータを消してしまうと、自分にとって有利な材料まで失われます。やり取りや履歴は、内容にかかわらず残しておくほうが安全です。
曖昧なまま避けたほうがよい対応
- その場で金額に合意する、または書面に署名する
- 覚えていない部分について「たぶんやった」と答える
- 逆に、確認しないまま「していない」と言い切る
- 一部だけでも支払って様子を見る
- 連絡をすべて断ち、放置する
- 店やキャスト本人に直接、繰り返し連絡する
4番目には補足が要ります。一部の支払いは、金額の一部を認めたものと受け取られることがあり、後の交渉で不利に働く場合があります。3番目も同じで、後から客観的な記録と食い違えば、説明全体の信用が下がります。
弁護士に相談する段階でできること
- 記憶・推測・後から聞いた話を分けたうえで、事実関係を整理する
- 請求の内訳と根拠を相手方に確認し、金額の妥当性を検討する
- 窓口を一本化し、直接のやり取りによる不用意な発言を避ける
- 警察から連絡が来ている場合の受け答えと、調書への対応を確認する
- 今後の見通しと、選べる進め方を事前に把握する
取調べの場面では、作成された調書を読んでもらい、内容が違えば訂正を求め、納得できなければ署名押印を断ることができます(刑事訴訟法198条)。記憶が曖昧なときほど、この手続きの意味は大きくなります。
まとめ
- 記憶が曖昧な状態は、判断ができない状態と同じではない
- 断片的な記憶は、後からの説明で埋まりやすい
- 「覚えていません」は、相手によって受け取られ方が変わる
- 記憶・推測・後から聞いた話は、分けて記録しておく
- 自ら飲酒した場合、酔いは責任を軽くする理由になりにくい
- 部屋の中の出来事は記録に残らず、事後の言動の比重が大きい
- 曖昧なまま金額に合意することは避ける
記憶が戻らないことと、対応ができないことは、別の問題です。今ある材料を分けて整理するところから始めれば、次の判断はしやすくなります。


