立場があるほど狙われる|「失うものが多い人」が標的になる構造

若井亮

若井亮

テーマ:不当要求

 不当な要求や脅しを受けた方からご相談をいただくとき、事実関係の確認が一段落したあたりで、多くの方が同じ問いを口にされます。「なぜ、自分だったのでしょうか」。

 偶然の巻き込まれ事故だと感じている方は少なくありません。しかし、要求する側から見ると、相手の選び方には一定の傾向があります。そして、その傾向を知らないままでいると、対応の初動でつまずきやすくなります。

 この記事では、経営者・事業主の方をはじめ、資格や役職、公的な立場をお持ちの方が要求の対象になりやすい理由と、立場があることが判断そのものをどう変えてしまうのかを整理します。特定の職種の方を不安にさせることが目的ではありません。「構造として説明できることは、対策も設計できる」という前提でお読みいただければと思います。

1. 「狙われる」は、資産額だけで決まるわけではない

 要求する側が見ているのは、預金残高ではありません。実務上、次の3つの掛け算で標的が絞られていく傾向があります。

要素見られているもの誤解されやすい点
① 支払える見込み一定額を短期間で用意できそうか資産が多い人ほど狙われる、とは限りません
② 表沙汰にしたくない度合い公になったときに困る事情があるか事情の内容よりも「困る度合い」が見られています
③ 説明しなければならない相手の多さ事が明るみに出たとき、誰に説明が必要かここが最も見落とされます

 このうち③は、あまり語られてきませんでした。しかし、対応の難しさを実際に決めているのは、多くの場合この要素です。

 会社員であれば、上司と家族に説明すれば済むかもしれません。一方で、事業を営んでいる方であれば、取引先、金融機関、従業員とその家族、株主、場合によっては業界団体まで、説明の相手が一気に増えます。資格をお持ちの方なら、所属団体や依頼者が加わります。

 要求する側にとって、この「説明相手の多さ」は、相手が早く決着させたいと考える強い動機として映ります。①や②が同程度であれば、③が大きい人のほうが選ばれやすい、ということです。

 裏を返すと、狙われやすさは人格や落ち度の問題ではなく、置かれた立場の構造から生じている面が大きい、ということでもあります。

2. 立場によって「人質」にされるものが違う

 要求の対象になるとき、金銭そのものより先に、失いたくないものが人質のように扱われます。何が人質になるかは、立場によって異なります

  • 経営者・事業主の方:取引の継続、金融機関との関係、採用や従業員の動揺、店舗や事業所の評判
  • 資格をお持ちの方:資格そのものへの影響のほか、所属先や依頼者・患者・顧客との関係
  • 公務員・教職員の方:職務上の信用、所属組織内での立場
  • 組織の管理職の方:部下との関係、人事評価、社内での説明責任

 いずれについても、「その立場を必ず失う」といった説明のされ方をすることがありますが、実際には、事案の内容、事実関係の確定度合い、組織ごとの規程によって結論は大きく変わります。要求する側が語る見通しは、相手を急がせるために最も悪い可能性だけを取り出していることが少なくありません。

 制度上の根拠がある部分と、相手の言い分にすぎない部分を切り分けること。ここが最初の分岐点になります。

3. 「会社が狙われた」のか「自分が狙われた」のか

 事業をお持ちの方の場合、この切り分けが実務上とても重要です。

 刑法の脅迫罪(222条)や恐喝罪(249条)が守っているのは、自然人、つまり生身の個人です。そのため、法人そのものに向けられた行為については、これらの罪は原則として成立しないと考えられています。ただし、その行為が代表者や役員、従業員といった個人に向けられたものと評価できる場合には、その個人に対する脅迫罪・恐喝罪が成立する余地があります。

 矛先がどこに向いているかによって、使える罪名も、その後の手続きも変わります。

場面検討されうる罪名法定刑
個人に危害を加える旨を告げられた脅迫罪(222条)2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金
個人を脅して金銭等を交付させた恐喝罪(249条)10年以下の拘禁刑(未遂も処罰)
義務のないことを無理にさせられた強要罪(223条)3年以下の拘禁刑
事実を告げて社会的評価を下げられた名誉毀損罪(230条)3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金(親告罪)
業務そのものを妨げられた偽計業務妨害罪(233条)・威力業務妨害罪(234条)3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金

 「会社が脅されている」と捉えていると、相談の入り口を誤ることがあります。実際には、社長個人の携帯に連絡が来ている、個人の私生活上の事情が持ち出されている、といったケースが少なくありません。その場合、これは会社の問題であると同時に、ご自身が被害者となっている個人の問題です。

4. 立場があることは、相手の請求を不当にする理由にはならない

 ここは慎重にお伝えしたい部分です。

 相手方に何らかの言い分があること自体は、珍しくありません。こちらに実際に落ち度がある場合もあります。立場のある方がご相談にみえるとき、「相手の要求はすべて言いがかりだ」という前提で話が始まることもあれば、逆に「自分に非があるのだから、言われた額を払うしかない」と結論を出しかけていることもあります。

 実務でしばしば見られるのは、その中間です。もともと一定の根拠がある請求が、金額や条件の面で過大になっているという形です。

 そして、たとえ正当な権利があったとしても、その実現の仕方が社会通念上一般に忍容すべき程度を逸脱すれば、恐喝罪が成立しうると考えられています。過去には、債権額にかかわらず、交付を受けた金銭の全額について恐喝罪の成立を認めた裁判例もあります。

 つまり見るべきなのは、「相手に言い分があるかどうか」ではなく、その中身が法的な根拠に照らして相当な範囲に収まっているか、そして要求の仕方が許される範囲を超えていないかです。

5. 立場があることが、判断を歪めることがある

 構造の話に戻ります。狙われやすいことよりも、実は影響が大きいのが、この点です。

(1) 早期決着が、合理的な選択に見えてしまう

 時間と労力を金額に換算する習慣のある方ほど、「払って終わらせるほうが安い」という計算が働きます。ただし、この計算には、その後も要求が続く可能性が入っていません。

(2) 決裁権があるほど、一人で決めてしまう

 普段から自分の判断で物事を決めている方ほど、これも自分で処理すべき事柄だと考えがちです。しかし不当要求への対応は、判断の質そのものが相手の圧力によって落ちている場面です。普段の意思決定とは条件が違います。

(3) 記録を残すこと自体をためらう

 記録が残れば、それが漏れたときに困る。そう考えて、あえてメモを取らない、録音しない、という選択がなされることがあります。結果として、後に警察や弁護士に説明する材料が残りません。

(4) 相談すること自体が、漏洩になると感じる

 誰かに話した時点で終わりだ、という感覚です。弁護士には法律上の守秘義務(弁護士法23条)があり、相談内容を外部に明かすことはありませんが、この不安が相談を遅らせる要因になっていることは、実感としてあります。

 この4つはいずれも、立場のない人には起きにくいものです。狙う側は、この判断の傾き方まで含めて相手を選んでいる、と考えたほうが実態に近いと思われます。

6. 実際に要求を受けたときに

避けたいこと

  1. その場で金額や条件に応じること
  2. 一人だけで判断し、誰にも共有しないこと
  3. 「認めます」「支払います」と読める文面を送ること
  4. やり取りの記録を削除すること
  5. 相手の指定した場所へ一人で出向くこと

しておきたいこと

  1. 要求の内容を、誰が・何を・いくら・いつまでに、の形で書き出す
  2. 連絡窓口を一つに絞り、そこ以外は応答しない体制にする
  3. メッセージ、着信履歴、書面を日時がわかる形で保存する
  4. 事実関係を、信頼できる範囲の第三者と共有しておく
  5. 危害が差し迫る場面は110番、それ以外の相談は警察相談専用電話#9110を使い分ける

 即答を避けることは、相手を刺激する行為ではありません。「持ち帰って確認します」は、通常の取引でも当たり前に使われる言い方です。

7. 平時に整えておけること

 事業を営んでいる方には、平時の設計が有効に働きます。

  • 不当要求防止責任者の選任:暴力団対策法14条1項に基づき、事業所ごとに選任し、公安委員会へ届け出る制度です。責任者講習も用意されています。
  • 意思決定を一人にしない仕組み:金銭の支出や書面への署名について、一定額・一定類型は複数名で確認する、と決めておくだけでも判断の傾きを抑えられます。
  • 記録の置き場所を決めておく:どこに、誰がアクセスできる形で保存するかを事前に決めておくと、記録を残すことへの心理的な抵抗が下がります。

8. 守るべきものの順番を置き直す

 最後に、ご相談の場でよくお伝えしていることを一つ。

 要求を受けている最中は、「知られないこと」が目的の最上位に来がちです。しかし、本当に守りたいのは、事業が続くこと、家族との生活が続くこと、これまで積み上げてきた仕事が続くことのはずです。

 この順番を置き直すと、判断は変わります。知られないことを最優先にすると、支払いにも、書面への署名にも応じやすくなります。事業と生活の継続を最優先にすると、記録を残すことも、第三者に相談することも、選択肢に入ってきます。

 要求が長引くほど選択肢は狭まりますので、内容に迷いのある段階でご相談いただくことをおすすめします。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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