戦争を考える。ニューギニアに眠っている叔父の話。
戦争の悲惨
断固戦争反対。
人類の歴史は殺し合いの歴史なのか。何で戦争をやめられないのか。なんで話し合いで解決できないのか。いい加減に力で物事を解決することに終止符をうつべきだ。
キーウからロシア軍が撤退したという。
キーウ市内は悲惨な状態だという。市民は殺され、略奪され破壊され。
みんな本当のことだろう。
だからロシア軍はひどいという論理でマスコミはあふれている。当然です。許しがたいことです。
でもね、人間がやる戦争というものはそういうものです。倫理的な戦争なんてありえないでしょう。人類が経験してきた過去の戦争もみんなそうでした。
戦争自体が人類にとって悪逆非道そのものなのだから。
その場にいた兵士たちもまた戦争に巻き込まれた被害者だといっていい。
一番悪いのは、忘れてはいけない。戦争を始めた指導者たちです。
ロシアの大統領も、ウクライナの大統領も、当事者として戦争を回避できなかった責任がある。
その周辺のNATOの指導者も、アメリカの指導者も・・・日本の指導者だってその他の国の指導者だって。戦争を避けることができなかった国際社会の責任です。
もちろん戦争を仕掛けたロシアのプーチンに一番の責任はあるのは当然ですが。
日本人よ、忘れるな。思い出せ。
おんな子供や年寄りが、普通に暮らしていた町の頭上に原子爆弾を落とされたことを。
広島、長崎の人々のことを。
計画的に逃げ場をなくしてから焼夷弾を雨のようにばらまかれた東京のことを。
これらは戦場で突発的に起こった惨劇ではない。アメリカの理性が犯した戦争犯罪だ。
そう理性までも狂わせるのが戦争だ。
戦争の悲惨はいつも国民に降りかかる。
ウクライナの町の惨状を、だからロシア兵が悪いんだという論理に終わらせてはいけない。