空き家と住まいの終活を考えるシリーズ②~空き家数・空き家率の推移について~
「築50年近い賃貸マンションを相続したのですが、これから30年、どう持ち続ければいいのでしょうか」。昨年相続されたオーナーから、こんなご相談をいただきました。政令指定都市の中心部に立地する、2DK10戸の物件です。
賃料水準が相対的に低いこともあって満室が続き、入居期間も長い。数字だけを見れば、順調な賃貸経営ですが、それでも築古賃貸マンションの改修をどうするかという迷いは常にあります。
このオーナーは、共用部については手を打ってこられたようです。外壁の修繕や給水管の交換など、計画的とまでは言えないものの、必要な工事は実施されてきました。一方で、居室の中については、退去のたびに最低限の修繕をするだけで、これといった取り組みはしてこなかったということです。
【満室の相続賃貸マンションで迷う理由】
オーナーご自身も高齢期に入られ、ご自身の相続を意識し始めておられました。今後30年程度は継続して管理していきたいが、そのために何をどう進めればよいのかが見えない。方向性を見定め、課題を整理してから子世代に引き継ぎたい、というお気持ちでした。
もうひとつ、迷いの元になっていたのが賃料です。立地の割に現行の賃料は割安な水準にあり、改修の結果として賃料を見直せる余地はありそうだと考えられていたようですが、どこまで費用をかければどれだけ返ってくるのか、その投資対効果を測りかねておられました。
ここで私が申し上げたのは、築年数を考えれば、改修はお金をかければかけるほど良いというものではない、ということです。同じ金額でもどこにかけるかで投資対効果は変わってきます。まず必要なのは、金額を決めることではなく、選べる幅を知ることでした。
実は満室というのは、望ましい状態であると同時に、判断を先送りしやすい状態でもあります。何も起きていないので、動く理由が見当たりません。しかし退去は、こちらの都合とは関係なく突然やってきます。
【方向性を決めてから工程表を描く順番】
老朽化した賃貸マンションをお持ちの方に、私が最初にお願いしているのは、その建物を将来どうしていきたいかを決めていただくことです。
大きく分ければ、継続して管理していくのか、売却するのか。継続管理なら賃料の見直しや改修が論点になりますし、売却なら入居者がいるまま売るのか、空室にしてから売るのかで、進め方も段取りも変わってきます。
方向性を決めることと、その先の手順を描くことは、まったく別の作業です。方向性が定まらないまま個別の工事だけを検討しても、判断の軸がないので迷いが増えるだけになりがちだと感じています。
なお今回のオーナーは継続管理と決めておられましたから、次に必要なのは工程表でした。その出発点に置いたのが、退去が発生したときに速やかに動けるようにしておくこと、つまり空室期間を極力短くすることです。
退去してから何をするか考えるのでは、どうしても後手に回ります。部屋が空いてから初めて見積もりを取り、改修内容を決めていては、賃料が入らない期間が長引きます。そのため、来るべき退去に備えて、改修のイメージを先に持っていただくことを優先しました。
【改修プランを松竹梅の3案に分けた理由】
そこで採ったのが、松竹梅の3案方式です。松竹梅の3案方式とは、改修の程度を松・竹・梅の3段階に分け、費用のかけ方と狙う効果の違いを並べて比べられるようにする進め方のことです。
松は、費用をかけて、部屋そのものを新しい商品として生まれ変わらせる案。竹は、費用と効果のバランスを取り、賃貸住宅としての魅力を高める案。梅は、できるだけ費用を抑えて、古さを改善する案です。
案を3つにしたことにも意味があります。二択では「やるか、やらないか」の話になってしまい、五つも並べると比べきれません。真ん中が一つある三択だと、上下との違いが見えて、自分の立ち位置を決めやすくなります。
3案の違いは、水廻り、DK、和室、設備といった改修内容の差として、ひとつずつ言葉で説明していきました。どこまで手を入れるとどの案になるのか。逆に、この案ではどこが古いまま残るのか。
ここで金額から入らなかったのには理由があります。先に金額をお見せすると、内容ではなく数字の比較になり、高いか安いかだけで話が進んでしまいがちだからです。何をする案なのかが腹に落ちてから金額を見ていただく。この順番を、私はいつも大事にしています。
【満室のまま判断材料をどうつくるか】
このケースで難しかったのは、3案から選ぶ際の判断材料をどう用意するかでした。
オーナーご自身も住戸の中をご覧になったことがほとんどなく、しかも満室経営ですから、建物のスペックを正しく知る手立てがありません。そこで建築年次と間取り図をもとに、これまでの経験知を使って、部屋の中がどうなっているかを想像していきました。
この作業は、UR賃貸住宅の管理運営に長く携わってきたことが、そのまま効いてくる場面でもあります。同じ年代の集合住宅がどんなつくりで、どこから傷んでいくのか。図面の線から中身が立ち上がってくる感覚は、現場を数多く見てきた蓄積によるものだと思います。
もうひとつ工夫したのが、案の見せ方です。3案の違いを言葉だけでお伝えしても、住まいの専門家ではないオーナーには十分には伝わりにくいため、画像生成AIなどを使い、改修後の出来上がりをビジュアル化してお見せしました。
絵になった途端に、話の進み方が変わります。「この和室はこのままでいいのでは」「水廻りだけは新しくしたい」というように、ご自身の言葉で好みや優先順位が出てくるようになりました。
【費用対効果は次の段階で検証します】
現段階では、満室経営という現状と、大きなリスクは負いたくないというご意向を踏まえ、梅案を軸に、何戸かは竹案を織り込む方向で検討を進めています。
次は設計事務所などの協力を得ながら3案の見積もりを算出し、改修資金の調達方法、賃料を見直せる可能性とその幅、投資回収期間を検証していく段階です。ここまで来て、はじめて数字で比べられるようになります。
賃料や収支の見通しは、経済環境によって変わります。改修費そのものが値上がりすることも考えられますので、ひとつの数字で結論を出すのではなく、複数の前提を置いて幅で捉えていただくようにしています。
オーナーからは、「どうやって進めていくか分からない」という将来の不安が和らぎ、道筋が見えてきたという安心感を伝えていただきました。考え方の軸が得られたことを喜んでくださったのが、印象に残っています。
なお、入居者の高齢化に伴う契約書の整備や、万一への備えについては、別のコラムで実例をご紹介しています(https://mbp-japan.com/osaka/kikuchi/column/5231458/)。
賃貸マンションの改修は、工事の話に見えて、その建物をどうしたいかという持ち主の意思を形にする作業でもあります。事業のリスクも含めて正しく情報をお伝えできる相手が隣にいれば、判断は進めやすくなります。
住まいの消費者教育研究所は、大阪府三島郡島本町を拠点に、住まいの終活と資産の引き継ぎについて、中立的な第三者の立場からご相談をお受けしています。まずはお気軽にご相談ください
【まとめ】
老朽化した賃貸マンションの改修は、金額を決める前に方向性と選べる幅を整理しておくことで、判断がずいぶん進めやすくなるものだと私は考えています。
・相続した賃貸マンションを今後どうするか決めかねている方
・満室のうちに、改修や賃料の考え方を整理しておきたい方
・子世代に引き継ぐ前に、課題と工程表を描いておきたい方
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