大人ピアノ指導法:中高年ソルフェージュ:「高い低い聴音」
中高年女性のレッスンについてお話ししますと、先生方からよく寄せられるお悩みの一つに、
「とてもおしゃべりな生徒さんへの対応」があります。
子どものレッスンであれば、30分なら30分で、比較的きちんと終わることが多いものです。
けれども、中高年女性の個人レッスンとなると、そう簡単にはいかないことがあります。
なぜなら、極端に言えば、
「こんにちは」と「さようなら」だけで20分ほどかかってしまうのでは、と思うほど、お話が弾むことがあるからです。
もちろん、大人の生徒さんですから、あまりにもそっけなくするわけにはいきません。
しかも皆さん、お話がとてもお上手です。
こちらもつい「それで、それで?」と聞いてしまい、気がつけば時間が過ぎている。
申し訳ないと思ってレッスン時間を少し延ばしているうちに、30分のはずが40分、45分になってしまう。
そうなると、次の予定にも影響が出ますし、受け入れられる人数も限られてきます。
そして、レッスンが終わる頃には、先生ご自身が「やれやれ」と疲れてしまう。
そんなお声を、本当によく伺います。
実は、美容室とよく似ているのです
このことは、実は美容室ととてもよく似ています。
美容室へ行ったとき、
「今日はあまり話したくないな」
「ちょっと疲れているから、静かに過ごしたいな」
と思うことはありませんか。
もちろん、美容師さんとの会話は楽しい。
でも、今日は少し休みたい。
ただ、髪はきれいにしてほしい。
そんな気持ちで美容室へ行くこともありますよね。
中高年の方のレッスンにも、これに近いところがあるのです。
つまり、私たちがたくさん話を聞けば聞くほど、相手が満足して帰られるかというと、
実は必ずしもそうではないのです。
ここには、一つ知っておくとよいことがあります。
それは、お話をして十分に満足されやすいのは、同世代の方と会話をしたときであることが多い、ということです。
先生は、やはり先生です。
生徒さんとは立場が少し違います。
ですから、楽しい会話であっても、どこかで区切りをつけて、こちらが本来すべきこと――つまりレッスンへと導いていく必要があるのです。
楽しい会話でも、時間を決めて切ることが大切
では、どうすればよいのでしょうか。
まず大切なのは、楽しい会話であっても、時間を決めて切ることです。
たとえば、2〜3分ほどお話をしたところで、
「では、そろそろレッスンに入りましょうか」
と、言葉にして区切るのです。
ここは曖昧にせず、きちんと口に出して切り替えることが大切です。
ただし、実際にはそれだけでうまくいかないこともあります。
目の前にピアノがあり、譜面台があり、
「さあ、弾きましょう」
という場面になっても、まだお話が続くことがあるのです。
たとえば、こちらが楽譜を開いて
「今日はこの曲でしたね」
と言った瞬間に、
「先生、今週は腰が痛くてね、全然弾けなかったのよ。先生は腰が痛いとき、どうしてらっしゃる?」
と、また別のお話が始まることがあります。
先ほどお話を聞いたばかりなのに、まだここでも続くのですね、ということは、実際によくあります。
そんなときに必要なのは「三つの流れ」
こういう場面では、三つの流れを意識すると、とてもスムーズです。
一つ目は、相槌を打つこと。
二つ目は、体の向きを変えること。
三つ目は、次のことについて質問することです。
この流れがとても大切です。
まず、生徒さんが別の話題を話し始められたら、いきなり遮るのではなく、
「そうですね」
「そうでしたか」
と、まずは相槌を打ちます。
これで気持ちは受け止めます。
そのうえで、少し体の向きを変えます。
私はよく腕を使って、すっと間を入れるようにしています。
さりげなく空気を切り替えるのです。
ここで大事なのは、相手の話にそのままずるずると乗っていかないことです。
たとえば、楽譜をめくりながらでも、こちらの動きや体の向きが曖昧だと、会話がそのまま続いてしまいます。
けれど、身体の使い方ひとつで、「今から次へ進みますよ」という流れを作ることができます。
そして最後に、こちらから新しい質問をします。
「ところで、この部分はどうでしたか?」
「ここはお家で弾いてみられましたか?」
「今日はどこまでできましたか?」
というように、レッスン内容に関する問いかけをするのです。
すると、生徒さんは先ほどまで腰のお話をしていたとしても、
「あ、ええと、この部分はこうでした」
というふうに、自然に意識がレッスンへ戻ってきます。
そうして答えていただいているうちに、
「では、そこから弾いてみましょうか」
と、無理なくレッスンへ入ることができるのです。
主導権を取ることは、冷たさではありません
ここで大切なのは、先生が主導権を取ることです。
けれど、それは決して冷たいことではありません。
話を聞かないことでも、突き放すことでもありません。
相手の気持ちはきちんと受け止めながら、
「今はレッスンの時間です」
という流れをやさしく整えて差し上げることなのです。
中高年女性の生徒さんは、お話をしたいお気持ちをたくさん持っておられます。
それは、決して悪いことではありません。
むしろ、それだけ豊かな人生経験を重ね、言葉にしたい思いがあるということです。
ただ、その思いにすべて付き合ってしまうと、先生が疲弊してしまいます。
そして結果として、よいレッスンが続けられなくなってしまうのです。
だからこそ、先生側が上手に流れを作っていくことが大切です。
「相槌を打つ・体の向きを変える・次の質問をする」
おしゃべりな中高年女性の生徒さんに対しては、
ただ「話を切る」のではなく、
気持ちを受け止めながら、自然にレッスンへ戻す工夫が必要です。
そのために便利なのが、
相槌を打つこと。
体の向きを変えること。
そして、新しい質問をすること。
この三段階です。
とてもシンプルですが、実際にやってみると本当に効果があります。
生徒さんにも無理がなく、先生ご自身も疲れにくくなります。
中高年の方のレッスンは、技術だけを教える場ではありません。
その方の思いを受け止めながらも、限られた時間の中で、きちんと音楽へ導いていくことが大切です。
ぜひ先生方には、この三つの流れを意識しながら、
気持ちよく、そして無理なくレッスンを進めていただけたらと思います。


