大人ピアノ指導法:「目標設定」全く異なる価値観

光畑浩美

光畑浩美

テーマ:講師の養成/大人ピアノ指導法

子どものピアノ指導では、テキストを順調に進めることが大切な目標の一つになります。
けれども、中高年の方へのピアノ指導では、それとは少し異なる「大切な目標」があります。

私は、中高年のピアノ指導における大きな目標は、主に四つあると考えています。
今日は、その四つについてお話ししたいと思います。

1.元気で通える場所があること

まず一つ目は、元気で通える場所があることです。

これは、多くの方に共通する、とても大切なことです。
「どこにも行く場所がなかったら、生きている意味がないでしょう」
そんなお声を伺ったことがありますが、まさにその通りだと思うのです。

元気に通える場所があり、そこに行けば誰かと会える。
それだけでも、日々の生活に張り合いが生まれます。

そして、その場所で同世代の方と集うことができる。
これがまた、とても大きいのです。

講座の先生である私たちは、受講される方から見れば若い世代であることが多いです。
若い世代と接することももちろん良い刺激になります。
けれど、やはり同世代の方と会うと、

「同じような年代の方が、同じような思いを抱えながらも頑張っておられる」
「それなら私も頑張ろう」

そんな励みにつながるのです。

不思議なことに、年齢を重ねるほど、皆さんご自身の年齢をよく口にされます。
そして、相手がたとえ二歳年上であっても、
「人生の先輩ですね」と自然に敬意を表される。
そんなやり取りの中から、元気や勇気が生まれていくのです。

ですから、元気で通うこと、そして同世代と出会えること。

これ自体が、中高年のピアノ指導における大切な目標の一つなのです。

2.「自分の一曲」を持つこと

二つ目は、何か一曲、弾ける曲を持つことです。

ただテキストが終わって
「はい、上手になりました」
で終わるのではなく、

「では、何か一曲弾いてみてください」

そう言われたときに、
「では、これを」と自然に弾ける曲がある。
これが大きな目標になります。

中高年の方は、決して人前で大々的に弾きたいわけではないのです。
でも、日常の会話の中で、

「今、何か趣味はありますか?」
「ピアノをしています」
「へえ、どんな曲を弾かれるのですか?」

と聞かれる場面は意外とあります。

そんなときに、心の中では
「もし“弾いてみて”と言われたらどうしよう」
と思いながらも、
「今はまだ弾けないんです」と答えるのは、どこか寂しいものです。

だからこそ、何年かかってもよいのです。
“私といえばこの曲”という定番の一曲を持つことには、大きな意味があります。

忘れられない「エリーゼのために」のお話

以前、ある画家の先生がいらっしゃいました。
本当に素晴らしい方で、その方にとっての定番曲は**「エリーゼのために」**でした。

その先生は、亡くなられた奥様への思いを込めて、毎朝その曲を弾いておられたのです。
アトリエにはグランドピアノがあり、その上には奥様のお写真が並べられている。
そして周囲には、ご自身の描かれた絵がずらりと並んでいる。
そんな空間で、「エリーゼのために」を最初から最後まで弾かれるのです。

「愛してるよ、愛してるよ」と語りかけるように。

そしてその先生は、
「これは僕の曲なんだ。何かあったらこれを弾くんだよ」
とおっしゃっていました。

さらに、こんなこともお話しくださいました。

「光畑先生、僕に何かあったら、お葬式のときに“エリーゼのために”を流してね。
皆さんに“愛しているよ”ということを伝えたいから」

一曲には、ただ“弾ける”以上の意味が宿ることがあります。
人生や思い出、愛情や祈りまで込められるのです。

ですから私は、
“あなたにとっての一曲は何ですか”
という問いを、とても大切にしています。

3.少しずつ上達したという満足感を得ること

三つ目は、少しの上達を実感できることです。

「ここまでできた」
「前よりスムーズに弾けた」
「今日は両手で少し合わせられた」

こうした小さな積み重ねが、大きな喜びになります。

中高年の方の学びは、誰かと競うためのものではありません。
昨日の自分より、ほんの少し前に進めた。
そのことが何より大切なのです。

だからこそ、指導する側は、
その小さなステップアップを丁寧に見つけ、
ご本人にも実感していただけるようにすることが大切です。

できれば、その歩みを言葉にして残していく。
「ここまでできましたね」
「前回よりこんなふうに良くなりましたね」
と書き留めていくことも、立派な目標設定になります。

上達そのもの以上に、
**“上達を感じられること”**が、中高年の学びを支える力になるのです。

4.人前で、ささやかに披露する場を持つこと

四つ目は、人前でささやかに披露する場を設けることです。

これも、とても大切です。
言われなければ、人前で演奏する機会はなかなかありません。

特に今の中高年世代の方々は、
娘さん世代・息子さん世代のお世話、
あるいはその上の世代の介護など、
いつも誰かのために尽くしてこられた方が多いのです。

つまり、長い間、自分のことを後回しにしてこられた世代なのです。

だからこそ、
自分が主役になって、少しだけでも人前で披露する。
その経験は、とても尊いものです。

もちろん、発表会も素晴らしい機会です。
けれど、もっと気軽な形でもよいのです。

たとえば、いつもの講座の場で
「今日は皆さんの前で、少しだけ弾いてみましょうか」
と声をかけてみる。

あるいは、お茶会のような雰囲気の中で、
ちょこちょこと演奏を披露し合う場をつくる。
そんな温かな機会でも十分です。

大切なのは、
“人前で自分を表現してよいのだ”という場を用意してあげることです。

中高年のピアノ指導は、人生を支える指導でもある

このように、中高年のピアノ指導には、主に四つの目標があります。

・元気で通える場所があること
・自分の一曲を持つこと
・少しずつ上達したという満足感を得ること
・人前でささやかに披露する場を持つこと

これらは、単なる「技術の習得」ではありません。
その方の毎日を支え、人生を豊かにし、自分らしさを取り戻していくための大切な目標です。

ぜひ、先生方にはこの四つを心に置きながら、
生徒さんお一人おひとりに合った場をつくって差し上げていただけたらと思います。

ピアノを通して、
その方が元気になり、喜びを感じ、人生の中で自分らしく輝ける。
そんな指導が広がっていくことを、私は心から願っています。

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光畑浩美
専門家

光畑浩美(大人ピアノ指導の専門家)

一般社団法人全日本らくらくピアノ®協会  株式会社PREMUSE

大人のピアノ初心者向け。特許庁登録「らくらくピアノ®︎」で憧れの曲を楽しく実現。オンライン講座や認定講師養成講座を展開。著書累計17万部超、Amazonや全国書店で販売中。

光畑浩美プロは山陽新聞社が厳正なる審査をした登録専門家です

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