大人ピアノ指導法:信頼をもたらす「看板・コース設定」No.2
なぜ「楽々ピアノ」の楽譜にはコードネームを表示しているのか
「楽々ピアノ」のテキストをご覧になった方はお気づきかと思いますが、楽譜には、できるだけわかりやすく音符を示す工夫を重ねています。
音符はシンプルに、かなも添え、大きな指番号も記しています。そこにさらにコードネームまで表示すると、「情報が多いのでは」と感じられる方もいらっしゃるかもしれません。
たとえば、大譜表に「ド・ミ・ソ」や「ファ・ラ・ド」といった和音が書かれているのに、その上に「C」や「F」「G」といったコードネームが添えられている。
これには、楽々ピアノならではの大切な理由があります。
その一番大きな理由は、できるだけ多くの方が、同じテキストを持てるようにするため
です。
以前、とても熱心に通ってくださっていた受講生の方がいらっしゃいました。ところが、ご家族の介護のため、しばらくお休みをしなければならなくなったのです。
「先生、しばらく休んだら、もう皆さんについていけなくなるのではないかしら」
そんなふうに、とても不安そうにお話しくださいました。
そしてしばらくして戻ってこられたとき、やはり介護の日々で、それまでのように十分な練習時間をとることは難しくなっていました。以前のような難しいアレンジを弾くのは、簡単ではありませんでした。
けれども、もしその方だけ別のやさしいテキストを持つことになったらどうでしょう。
まわりの皆さんが青い本を持ち、ご本人だけ赤い本を持つ。そうなると、学びの場の一体感が薄れてしまいます。
だからこそ、同じテキストの中で、それぞれの状態に合わせた弾き方ができるようにすることが大切なのです。
たとえば、楽譜に「ド・ミ・ソ」と和音が書かれていて、その上に「C」と書かれていれば、しっかり和音として弾く方はそのまま左手で「ド・ミ・ソ」を弾けばよい。
一方で、その時期はまだ和音が難しい方であれば、「C」と書かれたところでCの鍵盤を一本指で押すだけでもよいのです。
「Em」とあればEの音を、「Esus4」とあればまずはEの音を。
大きく書かれたアルファベットの文字を手がかりに、一本指でポン、ポンと押していくだけでも、曲の流れに乗って演奏することができます。
このことをお伝えすると、とても喜ばれる方がたくさんいらっしゃいます。
先ほどの受講生の方も、復帰されたとき、大好きな曲を何度も何度も弾いておられました。以前のアレンジのようにはいかなくても、コードネームが示されていることで、その曲をもう一度楽しむことができたのです。
子どもの生徒さんでしたら、6年間学べば、驚くほど弾けるようになります。
まったく弾けなかったお子さんが、「エリーゼのために」やそれ以上の曲を弾けるようになることも珍しくありません。
けれども、中高年の方は事情が違います。
たとえば75歳でピアノに出会われたとしたら、6年後には80歳を超えます。
気持ちはあっても、手の筋が痛くなったり、思うように指が動かなかったりすることがある。
そうした現実の中で、その方がその方らしく音楽を続けていくための支えとして、コードネームを活かしていただきたいと私は願っています。
つまり、コードネームを表示している最大の目的は、
誰もが同じテキストを持ちながら、それぞれに合った形で音楽を楽しめるようにすること。
ここに、楽々ピアノの大切な考え方があります。
楽々ピアノの伴奏形は、たった3つです
もうひとつ、楽々ピアノの大きな特徴があります。
それは、伴奏形を徹底的に整理していることです。
楽々ピアノのテキストでは、伴奏形は基本的に次の3つで構成されています。
ジャンジャン伴奏
タラリラ伴奏
ブンチャッチャ伴奏
どのテキストでも、この3つを軸にしています。
1.ジャンジャン伴奏
まずひとつ目は、和音を「ジャン、ジャン」と弾く伴奏です。
たとえば「ド・ミ・ソ」を和音で弾く形ですね。
一見すると単純そうに見えるのですが、中高年の方にとっては、これが想像以上に大変です。
私たちにとっては「ド・ミ・ソ」と見れば、すっと手が形になって自然に弾けます。けれども、普段の生活の中で、4番や5番の指を思い通りに保ちながら和音の形を作ることは、実はほとんどありません。
ですから、やっとの思いで和音が鳴ったとき、その響きに心から感動される方が多いのです。
以前は一本指で「ドー」「ソー」と弾いていた方が、初めて「ド・ミ・ソ」の和音を鳴らしたとき、
「いい和音ですねえ、いい音色ですねえ」
と、とても嬉しそうにおっしゃったことがありました。
ただ和音を一つ鳴らして伸ばしているだけなのに、その喜びはとても大きい。
私はそのときの表情を、今でも忘れることができません。
和音には、それだけ人の心を動かす力があるのです。
ただし、一般的な伴奏法では、C、F、Gと進むと
ド・ミ・ソ
ド・ファ・ラ
シ・レ・ソ
というように、指の形を大きく変えていかなければなりません。
これが大きな負担になります。
やっと「ド・ミ・ソ」ができたのに、次は手の形を変えて「ド・ファ・ラ」、さらに「シ・レ・ソ」へ。
「どこを押せばいいの?」と混乱し、伴奏だけでへとへとになってしまうのです。
そこで楽々ピアノでは、現場での経験を重ねる中から、できるだけ基本形で弾きやすくする工夫をしてきました。
Cならド・ミ・ソ、Fならファ・ラ・ド、Gならソ・シ・レ。
さらにEmならミ・ソ・シ、Amならラ・ド・ミ、Dmならレ・ファ・ラ……と、手の形のわかりやすさを保ちながら、少しずつさまざまな和音へと広げていきます。
手が移動しながら伴奏をしていると、「自分は今、ちゃんと伴奏している」という実感も生まれます。
この“弾けている感じ”は、とても大切です。
弾きやすさと達成感、その両方を支えてくれるのが、ジャンジャン伴奏です。
2.タラリラ伴奏
二つ目は、タラリラ伴奏です。
これは非常に取り組みやすく、多くの方に親しまれています。
たとえば「ド・ソ、ミ・ソ」という形を、楽々ピアノでは「タラリラ」と言葉にして伝えます。
最初の「タ」を5の指で弾き、次に「ラ」で親指に落とす。この流れが自然で、身体にも入りやすいのです。
実際に受講生の皆さんは、このタラリラ伴奏になると、私たちが思っている以上に軽やかに、時には驚くほどの速さで弾かれます。
それだけ、この言葉のリズムが身体に入りやすいのでしょう。
反対に、「ド・ミ・ソ・ミ」というような説明だけでは、音の並びを理解するまでに時間がかかることがあります。
ですから、楽々ピアノでは、音を言葉に変換して伝えることをとても大切にしています。
FでもGでも、「これはタラリラですよ」と言えば、皆さんはすぐにその伴奏のニュアンスをつかんでくださる。
もし「ファ・ド・ラ・ドです」とだけ伝えると、「ではGのときは?」となったときに戸惑ってしまうことがあるのです。
けれども、「タラリラ」と伝えれば、
「ああ、こんな感じね」
と感覚的に理解していただける。
この“言葉による理解”は、中高年の方にとって非常に大きな助けになります。
3.ブンチャッチャ伴奏
三つ目は、ブンチャッチャ伴奏です。
たとえば「ド・ミ・ソ、ミ・ソ」というような三拍子の流れを、言葉で「ブンチャッチャ」と捉えていきます。
本来なら、音名で細かく説明することもできます。
けれども、楽々ピアノでは、単に音を教えるだけでなく、拍子や雰囲気ごと身体で感じてもらうことを大切にしています。
そのため、「これはブンチャッチャですよ」と伝えることで、三拍子の揺れや流れが自然と伝わるのです。
もちろん、人によってはこの形を少し難しく感じることもあります。
けれども、言葉でリズムをつかめるようになると、演奏の理解がぐっと進みます。
さらに難しさを感じやすいのが、マーチのような四拍子の伴奏です。
「ブンチャッチャッチャ、ブンチャッチャッチャ」といった四拍子の感覚は、また別の身体の使い方が必要になります。
だからこそ、伴奏形を整理し、言葉で共有しながら、少しずつ身につけていくことが大切なのです。
音楽を、年齢を超えて楽しみ続けるために
楽々ピアノは、ただ“やさしい楽譜”を作ることを目的としているのではありません。
その方の人生の歩みや、その時々の身体の状態に寄り添いながら、同じ音楽を、同じ仲間と、できるだけ長く楽しんでいただくことを目指しています。
コードネームがあることで、一本指でも参加できる。
伴奏形が整理されていることで、無理なく伴奏の喜びを味わえる。
言葉でリズムを伝えることで、理解しやすく、続けやすくなる。
こうした一つひとつの工夫は、すべて
「誰も置き去りにしない」という願いにつながっています。
皆さんが同じテキストを手にしながら、それぞれの形で音楽を楽しめること。
それこそが、楽々ピアノの大切な理念なのです。


