「娘への手紙」
先日、久しぶりに芝居を観に行った時の事。
見終わって席を立ち、ロビーに出るために階段を昇り始めた時、
前にいた男性が、手に持っていたリュックを、勢いよく弾みをつけて右肩にかけた。
そのリュックは、後ろにいた私の鼻先をかすめた。
とっさにのけぞるようにしてよけたので、当たりはしなかったが、それでもかなりヒヤリとした。
ロビーに出たところで、その男性と並ぶようになったので、私はちらりと彼の顔を見た。
私より少し若い、優しそうな感じの人だった。
私は勇気を出してその人に声を掛けた。
「失礼ですが、今階段のところでリュックを背負われた時、
後ろにいた私の顔にあたりそうになったんですよ・・・」
次の瞬間その人は、こう言った。
「それは、失礼しました。あぶなかったですね。気をつけなきゃいけませんね。
ところで、顔は大丈夫ですか?」
最後の言葉に、思わず笑ってしまった。
緊張の糸がほどけた。そして答えた。
「お陰様で、顔は何とか無事です」
彼は言った。
「それは良かった。教えて下さって、ありがとう!」
わかってもらえてよかった。
勇気を出して、声を掛けて良かった。そう思った。
実は、以前も階段で、たたんだ傘を大きく前後に振って歩く人に、
「後ろの人に当たると危ないですよ」 と声を掛けたら、
「だったら、離れて歩け!」 と逆切れされたことがあったのだ。
人様に 「注意の声」 を掛けるのは、本当に難しい。
それが、見ず知らずの人なら、なおさらのことだ。
もちろん、声のかけ方にも気を遣うが、
同じことを言っても、相手によって 「受け取り方」 が違うからだ。
そういえばこの間、何かの記事で、
「言葉は、言った側のものではなく、言われた側のものである」
という言葉を読んだ。
そうかもしれない・・・・・と、ふと思った。
言葉を発する時は、「言われる側がその言葉を聞いてどんな思いをするか」
という 「想像力」 が必要なのだ。
あらためて、そう思った。