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長野淳子

生きた言葉のプロ

長野淳子(ながのじゅんこ)

ステージ・アップ

コラム

「謝る」 ということ

暮らしの中で

2014年9月12日

先日こんなことがあった。

あるイベントで、私が主催する朗読劇のチラシをまいてもらうことになった。
織り込み作業に間に合うように会場にチラシを届けた翌日、一本の電話があった。

電話の主は、そのイベントの代表者だと名乗った上で、こう言った。

「昨日チラシをあずけて行かれたようですが、誰かに了解を得たんですか?」

どうやら 「了解を得ないで、勝手に置いて行かれては困る」 ということらしいのだが、
この言い方が実に威圧的で、さすがの私もビビッてしまい、心臓がドキドキするほどだった。

私は、そのイベントの出演者に、きちんと了解をとっていたのだが、
どうやら先方で連絡の行き違いがあったようだ。

私が 「出演者の○○さんに、了解を得ていますが・・・」 と言った瞬間
「えっ?」 と言った電話の主は、慌てて 「ちょっと待っててください」 と言うと、電話口を手で覆った。

電話の向こうで、何か言い合っている様子の後、
電話の主は受話器を塞いでいた手を離して、私にこう言った。

「あの、わかりましたから、もういいです」

さすがの私も、これにはちょっとムッとした。
自分たちの連絡ミスで、勝手に文句を言っておいて、
事の次第が判明したら 「わかりましたから、もういいです」 とは・・・

「それでは宜しいんですね。チラシはまいて頂けるんですね」 と念を押す私に、
その人は 「はい」 とだけ言って、そそくさと電話を切った。

結局その人は、最後まで謝らなかった。
「こちらのミスでした」 も 「すみませんでした」 も、とにかくひと言も謝らなかった。

はじめに、かなりの勢いで言いきってしまったために、
それが間違いだとわかっても、振り上げたこぶしを下ろせなくなってしまったのだろうか?

「謝る」 ということは、勇気のいることかもしれない。

しかし、たとえそれが、直接自分に責任がないことだとしても、
相手をいわれなき誤解で、不快な思いにさせたのは事実なのだし、
ましてや、そのイベントの代表であるならば、謝ってしかるべきではなかったろうか?

今、ちまたでは、「ある新聞社の記事」 が、話題になっている。
「訂正」 はしたが、肝心の 「謝罪」 が遅すぎる・・・と

その新聞社も、そのイベントの代表も、何とも残念なことである・・・と、私は思う。



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