【第2部】政策論点レポートから読み解く~賃上げ・人手不足が中小企業に与える財務・労務の影響~

江崎充豊

江崎充豊

テーマ:経営


 こんにちは、マネジスタ湘南社労士事務所です。

はじめに

 第1部では、実質賃金が4年連続で減少している現状や、政府が最低賃金1,500円の早期達成に向けて舵を切っているという動向を解説しました。
人手不足が常態化するなか、企業は「選ばれる会社」になるための労働環境整備を求められています 。

 第2部では、これらの一連のトレンドや国の方針が、中小企業の現場にどのような「財務的・労務のインパクト」を与えるのかを考察します。多くの企業が陥る「防衛的賃上げによるキャッシュフローの悪化」や「属人的な業務運用による限界」といった課題を整理します。

財務の視点:限界を迎える「防衛的賃上げ」とキャッシュフロー

 人手不足を背景に、中小企業の多くが「賃金を上げなければ人が集まらない」「既存の従業員が辞めてしまう」という恐怖心から、いわゆる「防衛的賃上げ」を余儀なくされています 。
しかし、本業の「稼ぐ力(収益力)」が向上していない状態での人件費一律引き上げは、企業の生命線であるキャッシュフローを悪化させます。

 新しい資本主義実現会議の資料に盛り込まれた民間調査会社のデータによると、価格転嫁ができている中小企業は2024年2月時点で75.0%に上昇しているものの、「価格転嫁が全くできない」と回答した企業が12.7%存在します。大企業と比較して中小企業は「労務費の価格転嫁率」が依然として低い水準にとどまっているのが現状です 。

 原材料費の高騰に加え、人件費という固定費まで膨らめば営業利益は圧迫されます 。
さらに、2020年以降のコロナ禍で実行された「実質無利子・無担保融資(ゼロゼロ融資)」の返済が本格化している企業にとっては、人件費の増加が資金繰りの破綻に直結しかねない状況となっています。

労務の視点:属人化の限界とエンゲージメントの低下

 一方で、労務の視点から見ると、コスト上昇を恐れて賃上げや環境整備を怠った企業には、厳しい現実が待ち受けています。
 人手が足りないために、優秀な従業員に業務が集中し、結果として「総実労働時間は減少傾向にある(2025年前年比1.4%減)」というマクロデータとは裏腹に 、特定のキーマンだけが長時間労働に追われるという「業務の属人化」が恒常化している企業もあります 。

 属人化が進んだ職場では、以下のような労務リスクが発生します。
業務停止リスク
 キーマンが突然離職
安全衛生リスク
 業務過多によるメンタルヘルス不調や労働災害の発生
離職リスク
 「頑張っても給与(実質賃金)が上がらない」ことによる、組織全体のエンゲージメントの著しい低下

 また、政府が推奨する「同一労働同一賃金」への対応の遅れや、いわゆる「年収の壁」問題によるパートタイマーの就業調整(労働時間抑制)も、現場のシフト管理や従業員のモチベーション低下に拍車をかけています。労働環境が整備されていない職場からは、まず「能力の高い従業員」から順番に流出していくという事実を認識する必要があります 。

財務×労務の負のループ

 これら財務と労務の課題は、個別に存在するのではなく、密接に絡み合って「負のループ」となります。
その構造を整理したのが以下です 。

ステージ財務面への影響労務面への影響
1.発生要因原材料費・エネルギー価格の高騰によるコスト増労働力の需給逼迫による深刻な人手不足
2.一次影響無計画な「防衛的賃上げ」によるキャッシュフロー圧迫賃上げ原資不足による採用競争力の低下
3.二次影響資金繰り悪化に伴う「省力化・IT投資」の見送り既存社員への業務集中と業務の属人化
4.最終収益力の低下、最悪の場合は人手不足による倒産リスク過重労働による離職、従業員のエンゲージメントの低下

 この負のループを断ち切るためには、財務単体でのコストカットや、労務単体での形だけの制度変更では不十分です 。「財務の安定」が「労務への投資」を支え、「労務環境の改善」が「生産性向上(財務の改善)」となって返ってくる
、正の循環へと構造自体を組み替えなければなりません 。

まとめ

 第2部では、人手不足と物価高が中小企業の財務と労務へ与えるリスクについて整理しました。
稼ぐ力が伴わない賃上げはキャッシュフローを悪化させ、逆に賃上げを拒めば属人化と離職による組織崩壊を招くという、どちらにせよ重大なリスクに繋がる事に多くの経営者が頭を悩ませています 。
 しかし、このピンチは、これまでの「古い経営体質」から脱却するための最大のチャンスでもあります。

 次回は、この山積する課題への対策について考察します。
「価格転嫁交渉」「属人化からの脱却(省力化・IT投資)」「リスキリングと人事評価制度」といった、明日から実践すべき対策について整理します。

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江崎充豊
専門家

江崎充豊(社会保険労務士)

マネジスタ湘南社労士事務所

現役銀行員としての財務分析力、社労士としての労務知識を融合させ企業を支援。資金調達や事業計画、人事労務体制整備からデジタルツール導入まで、経営者が本業に集中できる環境作りをアシストする。

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