【第3部】2026年度「年収の壁」~影響を踏まえた企業の対策
はじめに
第2部では、価格転嫁ができない中での賃上げがキャッシュフローを圧迫するリスクや、労働環境の整備を怠ることで生じる属人化と優秀な人材の離職という、中小企業が直面する財務・労務のダブルパンチについて整理しました。
今回は、中小企業がこの危機を乗り越えて持続可能な成長を実現するための対策について整理します。
「財務基盤の強化」と「労務環境の整備」を同時に行い、従業員が最大のパフォーマンスを発揮できる組織へと生まれ変わるための対策を考察します。
財務対策:「構造的な価格転嫁」の実現と攻めの資金調達
賃上げの原資を確保するために、まず着手すべきは「適切な価格転嫁」です。
政府は骨太方針2024において「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の周知徹底や、独占禁止法・中小受託取引適正化法の執行強化を明記しています 。
まずは自社の取引・決算データを一括管理し、コスト構造を可視化することが先決です 。原材料費だけでなく、「人件費の上昇分」を数値化して取引先と交渉するためのフォーマットを作成することが重要です 。
また、単なる延命のための資金繰りではなく、生産性を向上させるための「先行投資」としての資金調達(各種補助金の活用、伴走型支援融資など)を検討することが重要です。
現状の数字が厳しくても、「生産性向上に向けた明確な投資計画と経営改善計画」を持つ企業に対しては、金融機関は融資や条件変更の相談に応じてくれると思います。
労務対策:「属人化からの脱却」と業務の標準化・効率化
人手が足りないからといって、やみくもに人を増やそうとする採用活動は、現在の採用市場を考えると効率的とは言えません。今いる従業員が最大のパフォーマンスを発揮できるよう、「属人化からの脱却」を図ることが最優先です。
具体的には、以下の3つのステップで業務の「標準化」を進めることが重要です。
| ステップ | 実施内容 |
|---|---|
| 1.業務の洗い出しと可視化 | 誰が、何の業務を、どのくらいの時間をかけて行っているかを棚卸し |
| 2.マニュアル化と多能工化 | 特定のキーマンしかできない業務を標準化し、他のスタッフでも対応できるように教育(多能工化) |
| 3.IT・自動化投資(デジタル化) | クラウド型勤怠管理・給与計算システム、省力化機械導入などにより、付加価値を生まないノンコア業務(事務作業など)を削減 |
業務が効率化されれば、JILPTのレポートが示す「総実労働時間の減少」を自社でも健全な形で実現でき、従業員のワークライフバランスが向上します 。
これは結果として、求職者に対する強力なアピールポイント(採用力の強化)にも繋がります 。
財務×労務のシナジー:「リスキリング」と「ジョブ型・成果連動人事」の導入
従業員のエンゲージメントを高め、生産性向上を定着させるために必要なのが、人材への投資、すなわち「リスキリング」と「人事評価制度の改定」の連動です 。
政府も教育訓練給付の給付率を最大80%へ引き上げるなど、全世代のリスキリング支援を拡充しています。業務のデジタル化や標準化に伴い、従業員に新たなスキル(ITスキルや、付加価値の高い提案営業スキルなど)を習得してもらう環境を整えることが重要です 。
そして、身につけたスキルや生産性向上への貢献度を正当に評価し、それを「賃金」として還元する仕組み(ジョブ型人事の活用、成果連動型の評価制度)を構築します 。
これらの一体改革アプローチをステップごとにまとめたのが以下の表です 。
| ステップ | 財務面でのアクション | 労務面でのアクション |
|---|---|---|
| 1.基礎固め | 取引・決算データの一括管理によるコスト構造の可視化 | 既存業務の棚卸し、属人的なコア業務の洗い出し |
| 2.原資確保と効率化 | 労務費転嫁指針に基づく「適切な価格転嫁交渉」 | 業務マニュアルの作成、ITツール導入によるノンコア業務削減 |
| 3.人財投資と還元 | 「先行投資」としての省力化投資・教育投資の実行 | 政府支援を活用したリスキリングの推進 |
| 4.成果の定着 | 生産性向上によるキャッシュフローの原資創出 | 「ジョブ型人事指針」に基づく評価・賃金還元制度の導入 |
「スキルが上がり、業務が効率化(労務)」⇒「生産性が向上し、利益が増える(財務)」⇒「増えた利益を原資としてさらに賃上げ・投資を行う(財務×労務)」
という、理想的な正の循環を創り出すことこそが、目指すべき方向性です 。
まとめ
3回にわたるコラムを通じて、現在の動向から、中小企業が直面する財務・労務の課題、およびその対策までを整理してきました 。
「これまでのやり方」に固執し、場当たり的な賃上げや、気合いと根性に頼った人手不足の解消を続けていては、いずれ財務的にも労務的にも限界が訪れます 。
企業に求められているのは、「変わらなければならない」という危機感を持ちつつも、自社の業務プロセスを根本から見直し、従業員と共に成長していくという変革への強い意志です 。
財務基盤の安定と、従業員がいきいきと働ける労務環境の整備は、どちらが欠けても成り立ちません 。また、一気に変えることもできません。
自社の未来のために、まずはできる一歩から変革を始めてみてはいかがでしょうか。
マネジスタ湘南社労士事務所は財務、労務に関する相談を承ります。
お困りごとがございましたらお気軽にご相談ください。



