なぜ数字が経営判断に使われないのか 【第3部】人件費を財務とつなげて考える
はじめに
第1部では、令和8年度の地域別最低賃金改定において、全国加重平均が55円引き上げられ1,176円になる概要と、その背景について解説しました。
時給55円の引上げは、人件費を大きく押し上げます。さらに、給料の総額が増えることで、会社が負担する「法定福利費(社会保険料等)」も連動して増加します。
第2部では、時給55円引上げが損益計算書(P/L)や資金繰りに与える財務インパクトを試算例を用いて解説します。
人件費と「法定福利費」のシミュレーション
1.時給引上げに伴う「直接的な人件費」の試算
時給で働くパート・アルバイトを10名(1人あたり月間120時間勤務)雇用している企業を例に考えてみます。
1人あたりの月間増加額:55円 × 120時間 = 6,600円
10人分の年間増加額:6,600円 × 10人 × 12ヶ月 = 792,000円
パート10名の規模であっても、年間で約80万円の直接的な人件費増となります。
これが50名規模であれば年間約400万円のコスト増です。
2.人件費以外にも増える「会社負担の法定福利費」
賃金引上げのインパクトは給与だけにとどまりません。
事業主が負担する社会保険料(健康保険・厚生年金)や労働保険料(雇用保険・労災保険)も、支払う給与に比例して増加します。
| 負担項目 | 概算負担率(会社負担分) | 備考 |
|---|---|---|
| 社会保険料(健康保険・厚生年金) | 約 15.0% | 折半負担 |
| 雇用保険料・労災保険料 | 約 1.0〜1.5% | 業種により異なる |
| 合計 | 約 16.0〜16.5% | 給与増による実質負担増 |
給与総額が年間約79万円増加する場合、会社負担の社会保険料等(約16%と仮定)は約13万円増加します。
結果として、企業の実質的な年間コスト負担増は約92万円となります。
「時給引上げ額 × 1.16」程度で実質負担を計算しておく必要があります。
損益計算書(P/L)への影響
1.営業利益を確保するために必要な「売上高」の試算
年間約92万円のコスト増加を吸収し、従来と同等の営業利益を維持するためには、どれくらいの売上増が必要でしょうか。ここでは、営業利益率から逆算して計算します。
利益率 20% の企業の場合:必要増収額 = 92万円 ÷ 20% = 約460万円
利益率 15% の企業の場合:必要増収額 = 92万円 ÷ 15% = 約613万円
単に人件費が92万円増えるだけでなく、それを補うためには利益率に応じて数百万円単位の増収、あるいは同等のコスト削減が必要になります。
2.「人件費比率」と「労働分配率」
企業の安全性を測る指標として「労働分配率(付加価値額に占める人件費の割合)」があります。厚生労働省の資料によれば、資本金1,000万円未満の中小企業の労働分配率は81.5%と非常に高い水準にあります。
利益率の低い企業が賃上げによって人件費比率がさらに上昇すると、以下のような懸念が金融機関から示されます。
- 営業キャッシュフローの悪化により、既存借入の返済原資が圧迫される。
- 利益率低下により「返済力の低下」とみなされ、今後の資金調達に影響する。
- 結果として、融資条件の悪化、最悪の場合は融資謝絶につながる。
まとめ
最低賃金が55円上昇することは、法定福利費の増加や利益確保のための増収策(経費削減策)、そして銀行の与信評価にまで影響を及ぼす可能性があります。
【今回のポイント】
- コスト増は「賃上げ額 × 約1.16(法定福利費考慮)」で試算する
- パート10名の時給55円増は、会社負担で年間約92万円の影響
- 利益率20%の場合、人件費増を補うには年間約460万円の売上増が必要
第3部では、最低賃金引上げによって「社内の賃金バランスの崩壊(逆転現象)」と「年収の壁による就労調整」への労務対策を解説します。
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