古都のしきたり
今から17年前、一介のサラーリーマンであった田中耕一さんが42歳の若さで
ノーベル化学賞を受賞した。
一夜にして時の人となったが、それまでの田中さんは挫折の連続であった。
生まれて1カ月後に実母を病気で失い、叔父の家の養子となる。
大学受験の時に戸籍簿謄本を見て、初めてその事実を知る。
その影響もあってか? 悶々とした大学生生活を送り教養課程で単位をと取れず
留年となる。
卒業時は、第一希望のソニーの入社試験を受けるが不合格。
その後担当教授の応援もあって、何とか島津製作所に入社することができた。
社会人になってからも、お見合い20回以上の末今の夫人との結婚にこぎつける。
また、田中さんはノーベル化学賞受賞者の中で唯一、博士号を持たない学士である。
(※ノーベル賞受賞後は、母校である東北大学の名誉博士の称号は贈られている)
いま田中さんは、「1敵の血液から病気を早期に発見できること」に日々苦悩の
連続を送っている。
すでにアルツハイマー病は、この方法で発見できるそうである。
そんな日々苦悩する田中さんが、頭と心をリセットする場所がある。
郷里・富山市にある呉羽山展望台である。
そこから望む立山連峰の姿に、勇気づけられるそうである。
(写真はNHKスペシャルより)
筆者も専志津訪ねてみたが、その雄大な景色は感動そのものである。
一度訪ねられることをお勧めする。
(写真は筆者訪問時の呉羽山展望台)
ちなみに、田中耕一さんは日本人初の2度目のノーベル賞受賞最有力候補であることを
最後に付記しておく。