イスラム教の死生観とお墓

能島孝志

能島孝志


イスラム教徒にとって、
アラーは唯一絶対の神であり、世界の創造神であり、
いつでも世界を造りかえることができると信じてきました。

すなわち神が怒りの最後の審判を下した時が、
この世の終末ということになり、すべての者が裁かれることになります。

したがってイスラム教の教えでは、
人の死は人生の終りではなく、アラーよる審判を待つ状態に入ることになります。

人々の関心は、アラーの裁きによって自分が天国へ行くことになるのか、
地獄へ行くことになるのか?ということに向けられています。

裁きは、一人ずつアラーの前に呼び出され、
現世での行ないについて尋問を受けます。

そして、天国行きか地獄行きかは、
その人間のこの世での生き方・信仰への忠誠と貢献により決定されるのです。

イスラム教において死は最後の日ではなく一時的な別れであって、
死者はアラーの審判の日に再び蘇ると信じられています。

そのため、イスラムでは埋葬は全て土葬で行われます。
また、墓石の形はそれぞれの地域によって様々ですが、
お墓は全て聖地メッカの方向を向いており、
遺体の頭もメッカに向くように埋葬されます。

遺体は最後の審判を受けるときに必要となるため、
火葬の習慣はありません。遺体が焼かれてしまうことは、
審判を受ける前に地獄に堕ちることと考えており、火葬を徹底して嫌います。

“火で焼かれる”ということは、“地獄に堕ちる”ということを意味するのです。

ここ最近では、アフガニスタンの大統領選に伴い
旧勢力タリバンによる投票所等の襲撃により、多くの死傷者が出ています。

また、ジハード(聖戦)と称する自爆テロが
世界各地で頻繁に行われていますが、ジハードはイスラム世界では、
信仰ののための戦いで、ジハードのために亡くなった人は、
最後の審判の時には天国に行くことができると信じられています。

そのために、自分自身の生命を犠牲にしてまで自爆テロに身を殉ずることが出来るのでしょう。
自爆テロは、“無駄死に”ではなくイスラム教に基づく明確な死後の見返りがあるのです。

コーラン(イスラム教の聖典)では自殺は許されていませんが、
テロリストは、ジハードという崇高な信仰的行為によって死んだ場合は、
これには相当しないと考えているようです。

宗教の信仰は自由で、それぞれの教義や解釈は異なりますが、
不特定多数の無差別殺人を容認する神は存在しないように思うのですが…。

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能島孝志(1級お墓ディレクター)

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