言葉にしなくても届く:非言語がつなげる感覚のつながり
先日、
見ず知らずの方から、
Facebookでメッセージが届きました。
「鎌田様のご投稿に魅了されました」
……ありがとうございます。
朝から、
文章力の株価が勝手に上がりました。
さらに。
「私の理想は、まさに鎌田様のような視点による文章化です」
……もう一回、
ありがとうございます。
今日はなんだか、
自己肯定感がよく育ちそうです。
そして、
「もし宜しければ、お友だちに加えていただけませんでしょうか?」
ええ、もちろんです♪
もちのろんです!
そう思って、
続きを読みました。
すると。
現在、入院療養中。
これまで、
子どもたちの未来に関わる委員や、
地域のこれからに関わる委員を務め、
人と人、地域と人の架け橋を担う役割だったそうです。
そうやって、
長く活動されてきた方でした。
ところが、
現在は治療のため、
これまでの活動をすべて辞任。
ここまで読んで、
「そうだったんですね……」
と思いました。
ところが。
その先に書いてあった言葉が、
「一年後の復活を目指し、絶賛病床にてゴロゴロと治療中です」
……ゴロゴロ。
なんでしょう。
この言葉の生命力。
病床なのに、
「ゴロゴロ」と書かれると、
急に猫が見えてきます。
そして、さらに続く。
「戻りました折には、是非とも我が街のことにもお力お借りしたく」
……もう、
退院後を通り越して、
人生・第二章の打ち合わせに突入。
未来のアポ取り判断が秒。
病床から、人生・第二章の打ち合わせ開始。
( ̄▽ ̄;)
病床より、ピンクのパジャマのほうが落ち着かない。
そして翌日。
その方の投稿を拝読。
また、面白い話が書いてある。
黒い服が好きなのに、
「入院生活を明るくしよう」
と思って、
ピンクのパジャマを購入。
ところが。
全身ピンク。
どうにも落ち着かない。
……わかります。
好きな色と、
着たい色は別問題。
そして、
そこからの展開。
Def Leppard。
Skid Row。
Ozzy Osbourne。
……私の好きなmusicianの名前が、
次々と出てくる。
さらに。
Bon JoviのTシャツを病室に召喚。
そして、「Bad Medicine」を口ずさむ。
病室の一角だけ、完全にロックフェス。
そして私もBon Jovi LOVE。
カラオケで熱唱します。
最近のお気に入りは、
「Roller Coaster」。
話が合う予感しかありません。
まだ会ってないのに、もう次の企てが始まっている。
考えてみたら。
私たちは、まだ一度も会っていません。
昨日まで、見ず知らず。
とはいえ、もう一年後の話をしています。
「鎌田さん。我が街のこと、一緒にやりません?」
……はい。
やりましょう。
一年後、連絡をください。
私はきっと、
「はいはい。
病床から人生・第二章の予約を入れてた方ですね♪」
と返します。
そのときは、
Bon Joviも歌いましょう。
病室ではなく、
ちゃんとカラオケで。
オフ会の実現を、
今から心待ちにしています。
今は、ゴロゴロしててください。
入院している。
これまで続けてきた活動も、
いったん全部手放す。
そんな時期に、
「一年後の企て」を話している。
そして、
「戻ったら、これをやりましょう」と、もう次の予定を入れている。
なんだか、
いいなと思いました。
無理に前向きにならなくてもいい。
元気なふりもしなくていい。
今は、ゴロゴロしていていい。
今は、絶賛ゴロゴロ業務中で大丈夫です。
ピンクが落ち着かなければ黒Tで。
Bad Medicineでも
歌っていてください。
そして一年後。
元気になったら、
我が街の話をしましょう。
そのときは、
「お待たせしました」ではなく。
「予約、ちゃんと入ってますよ。」
でお迎えします。
見ず知らずだった方。
気づけば、
もう仲間です。
Team鎌田。
病床からの加入も、
受け付けております。
一年後。
我が街の話をしましょう。
Bon Joviも歌いましょう。
その席、空けて待っています。
(๑•̀ㅂ•́)و✧



