働き方:従業員体験を向上させる:ファシリテーション事例の考察
このコラムは、ビジネスパーソンの方々を対象に書いています。
VUCA(ヴーカ)。
VUCAとは、Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguityの頭文字です。
不安定で、不確実で、複雑で、不明確といったところでしょうか。
コロナ禍になり、不安定性、不確実性、複雑性、不明確性は増していると感じます。先が見通しにくくなっています。
このような環境の下、アジャイルという言葉を最近良く見聞きするようになっています。
アジャイル、英語のagileで「機敏な」という意味の形容詞です。
アジャイルはソフトウェア開発で使われている開発方法の1つです。ソフトウェア開発で使われている方法を、ソフトウェア開発以外でも見聞きするようになっています。例えば、働き方、経営、組織文化。
このコラムはアジャイルな働き方をするために必要なスキルと研鑽について書きます。
私は今までにアジャイルな働き方に関して、下の5本のコラムを書いています。
- 『働き方:アジャイルな働き方とは?:今理解すべき3つの視点』
- 『働き方:コロナ禍の対応:アジャイルな働き方が注目されている理由を考える』
- 『働き方:アジャイルな働き方を定着させる:頻繁に振り返りを実施しよう』
- 『働き方:コロナ後のアジャイルな働き方:どこからでも働けるようにするために』
- 『組織力強化:アジャイルな会社とは:イノベーションを実現するために』
はじめに、アジャイルな組織・会社でアジャイルに協働するとは、どのようなものなのか、具体的なイメージを持っていただくことを目的として、アジャイルに協働するための要件を洗い出します。
次に、そのようなチームの協働(アジャイルな働き方)をするためには、どのようなスキルが必要になるのかを考えます。具体的にはソフトスキルが必要であることを説明します。
最後に、ソフトスキルを実務で使えるレベルに引き上げる近道について考えます。
このコラムは、下記の3つの章で構成します。15分程度で読める量です。
私は、ファシリテーションを核としたコンサルティング業を営んでいる個人事業主です。屋号を BTFコンサルティングといいます。BTF は Business Transformation with Facilitation の頭文字をとりました。トランスフォーマーという映画をご存知の方がいらっしゃると思います。クルマがロボットに変身したり、ロボットがクルマに変身したりする映画です。トランスフォーメーション(transformation)とは変身させることです。ビジネス・トランスフォーメーションとはビジネスを変身させてしまうことです。ビジネス変革とも言われています。「ファシリテーションを活用してビジネス変革を実現して欲しい、そのお手伝いをしたい」と考え、この屋号にしました。
ファシリテーション(Facilitation)。「人と人が議論し合意形成をする。この活動が容易にできるように支援し、うまく合意形成できるようにする。」これを実現するためにはどうしたら良いのかという課題を科学的に考え、試行錯誤を繰り返しながら作りあげられた手法、これがファシリテーションです。ファシリテーションをする人をファシリテーター(facilitator)と言います。
1. アジャイルな組織でアジャイルに協働する様子
冒頭にリストしたアジャイル関係のコラムの中で、私は比喩的にアジャイルとは自転車で悪路を走ることと表現しました。
上の画像は悪路を自転車で走っている様子です。画像の出所は、Google画像(クリエイティブ・コモンズ ライセンス)です。
いつ何が起こるかわかりません。石を踏んでバランスを失い転んでしまうかもしれません。転んだら骨折してしまうかもしれません。鋭く尖ったものを踏んでパンクするかもしれません。危険が伴っています。
転んでしまって、骨折ほどではないけれど、傷の応急処置が必要になったとしましょう。応急処置に時間を要し、結果日没までに目的とするゴールにたどり着けそうにないので、急遽コース変更する必要が出てくる場合もあるかもしれません。それでも、ゴールにはたどり着きます。
アジャイルと比べられる考え方にウォーターフォールがあります。
上の画像は日光の華厳の滝です。画像の出所は、Google画像(クリエイティブ・コモンズ ライセンス)です。
滝の水は上から下に流れます。一旦落ち始めたら途中でやめることはできません。軌道修正することはできません。
一旦計画を立てたならば、計画通りに実施する。やめるとか軌道修正するとかは考えない。計画通りに実施することだけを考える。
これでもなんとかなった時代がありました。
冒頭VUCAを引き合いに出した通り、今はそんなやり方では立ち行きません。
自転車で怪我をしても骨折しても「気合で当初の計画したコースでゴールまでたどり着け」と言われてもムリです。ですよね。
『組織力強化:アジャイルな会社とは:イノベーションを実現するために』 というコラム中で、アジャイルなアプローチでは、大きくて複雑な問題を1つずつ解決可能な大きさに壊しました。この中から、今時点で最も価値のあるものを選んで、それに集中する、と書きました。
1つずつ解決可能な大きさに壊す。今時点で最も価値あるものを選ぶ。
この基本にあるものは、顧客体験価値であるべきです。顧客に体験の価値を感じてもらえる最小の大きさ。そうした小さいものの集まりから、一番顧客体験価値が高いものを選ぶべきです。これはチームで話し合って決めます。チームメンバーが投票をして決めるというやり方もあるでしょうし、投票の結果を踏まえてクイックに議論するというやり方もあるでしょう。もし、顧客の意見を訊くことが可能ならば、顧客の意見は選択に大きな影響を与えるはずです。
チームで話し合う必要がある、ということです。
そして、顧客に体験の価値を感じてもらえる最小の大きさの機能やサービスを作ることにチームで集中します。
チームにはスキルレベルの高い人もいるでしょうし、低い人もいるでしょう。RACI(レイシー) というフレームワークを使って、チームとして時に助け合いながら、互いを補完し合いながら協働します。例えば、スキルレベルが低い人には、頼りになる人をアドバイザーにつけたりします。
チームで有機的に協働する必要がある、ということです。
うまくいかないこともあるでしょう。毎朝のスタンドアップ・ミーティングで確認しチームで打ち手を考えます。スタンドアップ・ミーティングとは、スポーツチームがピンチに遭遇した時に、集まってどうするのか作戦を立てる会議のようなものです。タイムアウトをとって作戦を立てたりしますよね。例えていうと、そんな感じです。典型的な例は「昨日何をしたか、今日何をするか、そして仕事の進行を阻害する何かがあるか?」を話し合います。各人、平均1分間程度で言います。人数や困りごとの内容にもよりますが、10分以内に終わることを目標にします。
会議でダラダラ何が言いたいのかわからない人に遭遇したことはありますか?
そういう人がいると、持ち時間1分程度を簡単に突き抜けてしまいます。
簡潔にわかりやすく伝える必要がある、ということです。
チームは複数の部門から集まった人たちで構成されることがあります。顧客の代表とも言える人にも入ってもらって共創することもあるでしょう。様々な組織文化の中で生きている人たち、様々な年齢層の人たちとチームを組む必要がある場合がある、ということです。このようなケースは稀ではなく、むしろ当たり前のケースだろうと私は考えます。
アジャイルの世界で使われる言葉で、スプリントというものがあります。
スプリントとは、チームが一定量の作業を完了させる際の短く区切られた期間のことです。一定量の作業とは、製品やサービスを利用する顧客にとって何か意味のある機能などを創り出す最小の量と考えてください。顧客に体験の価値を感じてもらえる最小の大きさと言い換えることもできます。
このスプリントの期間の終了時点で、チームで振り返りを行います。
何が良かったのか(うまくいった理由は何か)、何が良くなかったのか(うまくいかなかった理由は何か)、次はどうするべきか(次チャレンジすること)を振り返ります。振り返りの目的は、振り返りながらチームで学習して、次のスプリントは今回より良いものにすることです。この学習を蓄積させることで、チームの力を強くすることです。
うまくいかなかった時に叱責してしまうと、チームがうまく噛み合わなくなってしまう危険性があります。チームでの協働をうまく実施する必要がある、ということです。
この章では、アジャイルな組織でアジャイルに協働する様子を具体的に見ながら「◯◯をする必要がある」という、アジャイルに協働するための要件を洗い出しました。
次章では、これらの要件を解決するために必要なスキルを考えます。
2. アジャイルな組織でアジャイルに協働するために必要なスキルとは
1章では、「◯◯をする必要がある」というアジャイルに協働するための要件を洗い出しました。下記が洗い出されました。
- チームで話し合う必要がある
- チームで有機的に協働する必要がある
- 簡潔にわかりやすく伝える必要がある
- 様々な組織文化の中で生きている人たち、様々な年齢層の人たちとチームを組む必要がある
- チームでの協働をうまく実施する必要がある
この章では、これらの要件を解決するためのスキルを考えます。
具体的には、下記のスキルを考えます。
- チームで話し合うために必要なスキル
- チームで有機的に協働するために必要なスキル
- 簡潔にわかりやすく伝えるために必要なスキル
- 様々な文化の中で生きている人たち、様々な年齢層の人たちとチームを組むために必要なスキル
- チームでの協働をうまく実施するために必要なスキル
チームで話し合うために必要なスキル
上の画像はラグビーでスクラムを組んでいる様子です。画像の出所は、Google画像(クリエイティブ・コモンズ ライセンス)です。
そもそも、チームで話し合うということはチームで協働するということです。
スポーツのチームの場合、いろいろな役割の人たちでチームを組みます。例えば上図のラグビーの場合、走るのが速い人。ボールを蹴るのが上手な人。パワーのある人。相手からボールを奪い取るのが上手な人。ゲームをコントロールする司令塔となる人。等々。
多様な人々でチームを構成する方が、一様な人々で構成するのに比べて、チーム力が強くなります。走るのが速い人だけを集めても強いラグビーチームは作れません。一方、多様な人たちがチームとして機能するためには、チームビルディングが必要です。
私は、協働する場を作る、と表現しています。人が集められただけの段階では、まだチームになっていません。チームビルディングをどうするのか、最初に案を持ってその案を試し、試行をこまめに振り返りながら、次の打ち手を考える。こうしたことを根気よく丁寧に実施する必要があると思います。
チームで話し合う時に必要なスキルはファシリテーションです。
ファシリテーションとは、冒頭説明したとおり「人と人が議論し合意形成をする。この活動が容易にできるように支援し、うまく合意形成できるようにする。」これを実現するためにはどうしたら良いのかという課題を科学的に考え、試行錯誤を繰り返しながら作りあげられた手法です。
1章では、大きくて複雑な問題を1つずつ解決可能な大きさに壊し、小さな塊の中から今時点で最も価値のあるものを選ぶ、ということをチームで決めると書きました。投票だけで決めるのか、投票の結果を踏まえて議論するのか、議論するならその議論はどのようなプロセスで行われるのか、どんなフレームワークを活用するのか、等々を事前に準備することが大切です。これはファシリテーターの仕事です。
何も準備せずに議論を始めることは乱暴すぎます。バスツアーでミステリーツアーというのがあります。参加経験者に聞くと「どこに向かっているのか・どこに連れていかれるのかが分からない」ので面白いそうです。一方、ミステリー会議はよくありません。ツアーならツアー会社から旅程表をもらいますよね。
あなたの会議は、会議の流れを事前に準備して、会議の冒頭で参加者の合意を確認していますか?
議論の場合は、その時間をどう使うのか、どうやって目標に到達するのかという議論のプロセス(議論の旅程表のようなもの)を事前に設計して、議論の冒頭でチームメンバーと合意することが必要です。
アジャイルに働く場では、人と人とが話すことが多くなります。対面か非対面かは関係ありません。ファシリテーターはチームにファシリテーション ・マインドを育む必要があります。ファシリテーション ・マインドを持っていた方が、一対一のファシリテーターがいない話し合いの時でも、うまく話し合いができるようになるからです。また、話し合いがうまく行くことは、チームビルディングにも貢献します。
チームで有機的に協働するために必要なスキル
有機的な協働の必要性を否定する人はいないと思います。他方、どうすれば良いのか方法論を持っている人は多くはないのではないかと思います。
1章では、RACI(レイシー) というフレームワークを出しました。ここでは、有機的に協働するための方法の一例として RACI を説明します。
チームは多様な人の集まりです。スキルも多様。経験値も多様でしょう。チームにはスキルレベルの高い人もいるでしょうし、低い人もいるはずです。
RACI は、役割と責任を見える化するものです。R、A、C、I 各々の役割と責任は下記です。
- R:実行責任者 (RはResponsibleの頭文字):当該 To Do 項目を実行することに責任を持つ人(複数人可)
- A:説明責任者 (AはAccountableの頭文字):当該 To Do 項目について内容や進捗・状況を組織内外に説明することに責任を持つ人(通常ひとり)
- C:相談される人 (CはConsultedの頭文字):当該 To Do 項目の実行を支援する役割を担う(円滑に実行されるよう相談を受け助言する人(複数人可)
- I:報告を受ける人 (IはInformedの頭文字):当該 To Do 項目の進捗・状況について報告を受ける役割を担う人(複数人可)
R と A は誰かを必ず任命します。兼任可です。
C と I は誰も任命されなくてもOKです。この2つも兼任可です。
新人の例を考えてみましょう。
新人を R(実施責任者)にして、その仕事に詳しい専門家を C(相談される人)にして、チームリーダーを A(説明責任者)にする、ということが有効かもしれません。専門家に相談しながら、アドバイスをもらいながら、OJT的に実施します。そして、進捗状況や課題などをチームリーダーに報告します。もし、チームリーダーも相談に乗ったりアドバイスをしたい、ということであれば、チームリーダーには A(説明責任者)に加えて C(相談される人)の役割も持ちます。
ベテラン社員の例を考えてみます。
例えば業務の専門家であり、特定の業務についてとても詳しい人だとします。さらに、つい深掘りしてしまい求められているもの以上のものを作りがちで、スケジュールが遅れる傾向がある人だとします。このような場合、ベテラン社員を R(実施責任者)にして、スケジュール管理の観点でアドバイスをするプロジェクト・マネージャーを C(相談される人)にし、チームリーダーを A(説明責任者)にする、ということが有効かもしれません。仕事を実施する能力は高いので、スケジュールの観点で相談できる人・アドバイスしてくれる人を付ければ、問題なく実施されるようになるでしょう。
この RACI を話し合う場にもファシリテーターが入るべきです。
何も武器を持たずに闇雲に有機的に協働することを模索するのでなく、議論にあった武器(フレームワーク)を活用して話し合いを進める方が、より濃い協働になります。
これも、チームビルディングに貢献します。
簡潔にわかりやすく伝えるために必要なスキル
簡潔にわかりやすく伝えることが必要な場面として、1章では毎朝のスタンドアップを例に出しました。
他にも、わかりやすく伝える必要がある場面はたくさんあります。
エレベーターピッチ。
エレベーターピッチとは、エレベーターに乗っているくらいの短時間で伝えるべきことを的確に伝えることです。
会議。
会議でも、長い時間話しているのだけれども、今一つ何が言いたいのかはっきりしない人は多くいます。
私は PREP(プレップ)というフレームワークを推奨しています。
PREP は自分の考えを相手に分かりやすく伝えるためのフレームワークです。プレゼンテーションや説明で、論理的に説得力のある話の構成を考えるフレームワークです。
PREPは、Point(結論)、Reason(理由)、Example(具体例)、Point(結論)の4つの頭文字で、PREP の順に簡潔に話します。
例をあげます。
- 結論(Point):生産性を高めるためにアプリでの電子マニュアルを導入すべき。
- 理由(Reason):現状、紙媒体のマニュアルを使用しているが、メンテナンス不足による問題が起きている。また、作成および管理業務に人的コストがかかっている。
- 具体例(Example):飲食店の調理マニュアルは毎月新しいメニューに更新する必要があり、作成、印刷、配布が面倒。アプリなら低コストで短時間に更新・配信可。
- 結論(Point):電子データでマニュアルを管理できるのは便利。生産性を高めるためにアプリでの電子マニュアルを導入すべき。
会議にファシリテーターがいれば、グラウンドルールを作ります。
ここでいうグラウンドルールとは、自分たちのチームで話し合いをする時に守るべき基本原則です。
例えば、グラウンドルールの1つに「PREP を活用して簡潔にわかりやすく伝えよう」を入れます。
もし、ダラダラ話している人がいたら、ファシリテーターがこのグラウンドルールを指して「PREP でお願いします」などと促します。このようにして、簡潔にわかりやすく伝える習慣をチームに育成します。
様々な文化の中で生きている人たち、様々な年齢層の人たちとチームを組むために必要なスキル
この節の初めに、様々な文化の中で生きている人たち、様々な年齢層の人たちとチームを組むためのキーポイントとして、コンテクストについて触れようと思います。
私はセミナーを開催しています。参加者の方々にコンテクストをご存知か否かを尋ねますと、ご存知ない方が多くいらっしゃいます。ですから、言葉の定義から入りたいと思います。
【コンテクスト(Context)】
コミュニケーションの基盤である言語・共通の知識・体験・価値観・ロジック・嗜好性など。
【ハイコンテクスト(High Context)】
コンテクストの共有性が高い。
伝える努力やスキルがなくても、お互いに相手の意図を察しあうことで、なんとなく通じてしまう環境。しかし、その環境が整わないと一転してコミュニケーションが滞ってしまう。お互いに話の糸口も見つけられず、会話も弾まず、相手の言わんとしていることが掴めなくなってしまう。
【ローコンテクスト(Low Context)】
言語によりコミュニケーションを図ろうとする。(見方を変えればコンテクストに頼った意思疎通が不得意とも言える) そのため、言語に対し高い価値と積極的な姿勢を示し、コミュニケーションに関する諸能力 (論理的思考力、表現力、説明能力、ディベート力、説得力、交渉力) が重要視される。
同じ部門の人の場合、特に同じ年代層であれば、ハイコンテクストなやりとりが可能かもしれません。
一方、1章に書いたように、複数の部門から集まったチームであれば、ハイコンテクストなコミュニケーションをしようと試みても、組織文化も異なるのでコンテクストの共有性が低く、コミュニケーションが滞ってしまうことがあります。
さらに年代層が異なれば、コンテクストの共有性は低くなって当たり前でしょう。
顧客もチームに入る場合は、コンテクストの共有性を期待する方が危険です。
アジャイルな働き方をするチームは多様な人たちから構成されています。
「伝える努力やスキルがなくても、お互いに相手の意図を察しあうことで、なんとなく通じてしまう環境」は期待できません。
ローコンテクストにならざるを得ない、と私は考えます。
ローコンテクストにしよう、と掛け声をかけるだけではうまくいかないでしょう。なぜなら、既に体に染み付いているものは、意識しないとそう簡単に変えることはできないからです。
前の節で説明したように、ファシリテーターがいれば、グラウンドルール(自分たちのチームで話し合いをする時に守るべき基本原則)を作ります。
例えば、グラウンドルールの1つに「ローコンテクストにしよう」を入れます。
もし、ハイコンテクストな話をしている人がいたら、ファシリテーターがこのグラウンドルールを指して「ローコンテクストでお願いします」などと促します。
あるいは、「今おっしゃった◯◯をもう少し具体的に説明していただけますか?」などと、ローコンテクストに導いたりします。
体に染み付いたものを変えるためには、地道で丁寧なアプローチが求められます。一気に変わることを期待せずに、少しずつ変えていこうとすることが大切だ、と私は考えています。
なお、コンテクストに関しては、『新型コロナウイルス対策:withコロナの会議をどうするべきか』 というコラムを書いています。
チームでの協働をうまく実施するために必要なスキル
この節では、エモーショナル・インテリジェンス(Emotional Intelligence)について触れます。
エモーショナル・インテリジェンスは、感情知能と訳されることがあります。感情知能という表現は私にはしっくりこないし、他にぴったりした日本語が思いつかないので、私はエモーショナル・インテリジェンスとしています。
エモーショナル・インテリジェンスは、一言で言うと、チーム内のメンバーとの関係性の構築、難しい局面での対応、こういったことをうまくできる能力です。
一例をあげます。
プロジェクトマネージャーとメンバーA。
メンバーAはいつも期限内に進捗報告しない。今回も遅れた。プロジェクトマネージャーはイラつき怒りを覚え、メンバーAにキツい反応をして、対決モードになってしまった。
対決モードに入るのではなく、このような場合プロジェクトマネージャーはどうすれば良いのか教えてくれるものが、エモーショナル・インテリジェンスです。
エモーショナル・インテリジェンスは、コロナ禍の中で会社が重視しているスキルのひとつです。
この章では、アジャイルな組織でアジャイルに協働するために必要なスキルを考えました。
次章では、これらのスキルを包含する概念であるソフトスキルについて、実業務で使えるレベルに引き上げる近道を考えます。
3. ソフトスキルを実業務で使えるレベルに引き上げる近道
2章で説明したスキルをリストしましょう。
- チームビルディング
- ファシリテーション
- RACI や PREP などの適切なフレームワークを用いて話し合いをファシリテートするスキル
- ローコンテクストに話し合うスキル(ファシリテーターが支援する)
- エモーショナル・インテリジェンス
これらのスキルを包含する概念としてソフトスキルがあります。
ソフトスキルは対人系のスキルで、ファシリテーション 、コミュニケーション、プレゼンテーション、リーダーシップ、チームビルディング、ネゴシエーション、エモーショナル・インテリジェンスなどのスキルです。
対になるものとして、ハードスキルがあります。
例えば、プロジェクト・マネジメント。
プロジェクト・マネジメントの領域での PMBOK(Project Management Body Of Knowledge)というプロジェクト・マネジメントに必要な知識が体系化され、まとめられたものがあります。なお、BOK(Body Of Knowledge)を日本語にすると「知識体系」です。
ハードスキルは、こういった体系化され文書化されているスキルということができます。技術的なスキルということもできると思います。ソフトウェアの設計開発のスキルはハードスキルです。
体系化されて文書化されているということは、AI が学習する材料が既に存在している・AI に学習させやすい、ということです。例えば、コールセンター分野、医療分野、会計分野などでは、既に AI が進出し初めています。
ソフトスキルは、ハードスキルに比べて体系化されていない・するのが難しい、また文書化されていない・しにくい、と言えると思います。
ソフトスキルとハードスキルを模式的に表した図が下図になります。
ソフトスキルが土台となり、その上にいろいろなハードスキルが立っています。ソフトスキルを茶色にした意図は土の色です。ソフトスキルを身につけ研鑽することは、土壌を耕し肥沃な土壌にすることです。肥沃な土壌に木(ハードスキル)を植えると、ぐんぐん成長し緑の葉を生い茂らせます。ハードスキルを緑色にした意図は葉の色です。
上図でハードスキルにデータサイエンスがあります。今今現在はデータ・サイエンティストは引く手あまた状態です。やがて、一部の一流のデータ・サイエンティストは残るでしょうが、今データ・サイエンティストが人力でやっていることの一部は AI がやることになるでしょう。では「データサイエンスはこれからやる必要がないのか?」というと、そんなことはありません。『ビジネス変革:顧客体験価値にこだわる:具体策を考える』 で紹介したとおり、IBM はシチズン・データ・サイエンティストという名称で、社員全員をデータ・サイエンティストにするということを提唱しています。
専門家としてのデータ・サイエンティストには、その専門家としての役割と仕事があるでしょう。
他方、社員(シチズン)としてのシチズン・データ・サイエンティストには、下記の具体策がある、と IBM のレポートは書いています。
- データ・サイエンティストであるかどうかにかかわらず、必要とするすべての社員がデータ活用ツールにアクセスできるようにする。
- すべての社員に、データへのアクセスと、分析・可視化ツールを提供する。また、それらデジタル資産の活用に必要なスキルの開発にも投資する。
- データ活用推進チームを、多様な観点とスキルを持つメンバーで構成した上で、自社の事業領域を網羅できるような位置付けの組織とする。
社員はシチズン・データ・サイエンティストとして仕事ができるように、新しいスキルを学び、そのスキルを向上すべく研鑽することが求められる、と私は考えています。
ひとつ、昔のエピソードを紹介しましょう。
私が新入社員として会社員になったのは、今から40年位前のことです。当時はパソコンが会社に普及し出した黎明期でした。課に1台か2台配布される、そんな時代に会社員になりました。みんな興味津々でした。当時の私から見て大先輩の人たちの中には「こんなの使わないよ。電卓で十分だよ。今までもそうやってきたしね。」と表計算ソフトを拒否していた人もいました。
今はひとり一台パソコンが支給されていると思います。表計算ソフトや文書作成ソフトなど仕事で使うアプリを使わない人はいないと言って良い状況だと思います。
データ・サイエンスも同じようになるのだろうと私は思います。
ビジネスパーソンの常識としてのデータ・サイエンスのセンスというものができてくるのだろうと思います。
他のハードスキルについても、同じように「何も知らない」「何もできない」では済まされなくるだろうと思っています。
さて、ソフトスキルに話を戻しましょう。
この章の冒頭で、ソフトスキルは対人系のスキルで、ファシリテーション 、コミュニケーション、プレゼンテーション、リーダーシップ、チームビルディング、ネゴシエーション、エモーショナル・インテリジェンスなどのスキルだと書きました。
2章で触れていないスキル、コミュニケーション、プレゼンテーション、ネゴシエーション、リーダーシップがアジャイルな働き方とどのように関係するのかを書きます。
コミュニケーション
ビジネスの場でのコミュニケーションは「誰かに何かを伝え理解してもらう」という目的・目標があるはずです。「誰かに何かを伝える」はどのようにするのが効果的なのか戦略を練る必要があります。準備せずに丸腰で挑むのは無謀です。さらに、「何を理解してくれたのか」を確認することは決定的に大切です。あなたはミスコミュニケーションのご経験がありますか?AさんとBさんが話しをしていて、Aさんが伝えた◯◯を、Aさんは伝わったと勝手に解釈し、BさんはAさんは□□と言ったと勝手に解釈してしまう。このようなコントのようなことは、それほど珍しくありません。特にハイコンテクストなコミュニケーションをしている人たちの間では。ソフトスキルのコミュニケーションは、ビジネスパーソンにとって土壌といえるような基礎的なスキルです。
プレゼンテーション
ビジネスの場でのプレゼンテーションは「何かをわかりやすく説明する」という目的・目標を達成するためのものです。2章で、わかりやすく話すためのフレームワークとして PREP を紹介しました。
アジャイルに働いている時、チーム外の誰かに何かを依頼しなければならなくなったと仮定しましょう。説明することが必要です。筋の通ったストーリーで、◯◯を依頼する背景、期待される効果(両者にとってのベネフィットとロス)などを説明して、協力することを約束してもらわなければいけません。
プレゼンテーションとコミュニケーションは一体のもの、と考えることができます。
ネゴシエーション
何かの協力を約束してもらうためにはプレゼンテーションだけでうまくいかない場合は多々あります。ネゴシエーションが必要になる場合があるということです。
ネゴシエーションとプレゼンテーションとコミュニケーションは一体のもの、と考えることもできます。
リーダーシップ
リーダーシップとは、チームで問題解決という目標に向かって協働し、解決という目標達成を成し遂げる力です。目標を達成するよう働きかける力とも言えます。リーダーとは役割や職責であり、具体的には主任、課長、部長などです。リーダーシップは、リーダーの職責を担う人だけに求められる能力ではありません。チームの目標を達成するために活動する一人ひとりに必要な力なのです。ひとりでも多くのチームメンバーがリーダーシップを持っていることは、チーム力を向上させることにつながります。
以上述べたように、アジャイルな働き方を土台で支えるものはソフトスキルです。最近、米国ではパワースキルという人も出てきています。
では、ソフトスキルを身につけ研鑽するための近道、というテーマに移りましょう。
スキルを学び、実務を通して研鑽する。一人で頑張るという選択肢もあるでしょう。
私は、この選択肢は近道ではないと思います。時間がかかってしまいます。
最初に、私がお勧めしたいのは、同志のソフトスキル研鑽コミュニティーをつくる事です。
ここで必要となるのは、そういったコミュニティーをつくって活動することに対しての上司の許可です。例えば、勤務時間の数%を、学び研鑽の時間に割り当てるといった上司の決断が必要になります。
私はこうしたコミュニティーをつくって活動した事があります。ファシリテーションなどのソフトスキルを含むコンサルティング技法を学び研鑽する場をリードしました。部門内の多くの人たちと関わり、成長したいという気持ちを共有しスキルを研鑽する体験は、コミュニティーメンバーから高い満足度をもらう事ができました。
さて、実際に研鑽する場は、日々の仕事の場です。仕事の場を練習場にするという事です。
うまくいくこともあるでしょうし、うまく行かないこともあるでしょう。一人で考え悩むよりも、コミュニティーの仲間と意見を交わしながら成長していく形の方が挫折する危険性が少ないと思います。時として、やる気や熱意・熱量が少なくなる事があったとしても、仲間から分けてもらえるかもしれません。
ソフトスキル研鑽コミュニティーを作って運営することが、何かの理由で無理な場合もあるでしょう。
次のお勧めは、あなた個人にメンターやコーチをつけることです。
私は、ソフトスキルのスキルレベルを上げることは、スポーツのスキルレベルを上げることにとても似ている、と考えています。
まず、セミナーや研修に参加して基本を学ぶことは大切なことです。でも、それは基礎的な知識があるレベルです。実務で使えるレベルではありません。実務で使えるレベルになるためには、練習や実戦が必要です。
スポーツの場合は指導者が大切ですよね。
ソフトスキルも同じです。コーチをつけるという選択肢があります。
勉強も同じです。効率よく理解したり試験の点数を上げるために、予備校や塾に通ったり家庭教師をつけたりしますよね。
基本一対一の対話により、個人の成長をサポートするメンターとメンティというやり方もあります。
指導する側の人をメンター(mentor)といい、指導される側の人をメンティ(mentee)といいます。
一対一でも良いし、一体多でも良い関係に、コーチとコーチィというやり方もあります。
コーチ(coach)は、目標まで連れて行ってくれる人です。
コーチィ(coachee)は、目標を持ってコーチと共に目標到達に向けて走り続ける人です。
チームに対するコーチの場合は、一体多です。
メンターやコーチをつけて、あなたがメンティやコーチィとなって、必要な時に必要な助言を得て、学び研鑽できる環境を持つことは、効率よくスキルレベルを上げるための近道です。
スキルを身につけよう上手くなろう、と練習や実戦(OJT)している時に、どうしたら良いのか迷うことはよくあることです。
迷った時に、解決するための策(いくつかの選択肢)を教えてくれること、自分で解決できるまで伴走してくれること、こういったことを伴走型で支援してくれるメンターやコーチを獲得することは、ソフトスキルを身につけ、実務で使えるレベルまで研鑽するための近道だ、と私は考えます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。