第5回 特許制度は創意工夫により人類の幸福を願う制度である
2020年7月5日に熊本県南部を襲った記録的豪雨で1級河川・球磨川が氾濫し、6日朝までに死者計22人、心肺停止18人、行方不明者11人など大きな被害が出た。蒲島郁夫知事は7月5日、報道陣に「ダムによらない治水を12年間でできなかったことが非常に悔やまれる」と語った。球磨川水系では1966年から治水など多目的の国営川辺川ダム計画が進められたが、反対する流域市町村の意向をくんだ蒲島知事は2008年9月に計画反対を表明している。
ダム建設に反対するために環境破壊を論じるのではなく、環境に調和できるようなダムはどのようにすべきか、という点に知恵を使うべきである。
§1 環境破壊の懸念と生命を救えない環境保護の対比
§2 オール・オア・ナッシングの議論からは解決が生まれない
§3 地球温暖化防止には水力発電は重要
§1 環境破壊の懸念と生命を救えない環境保護の対比
球磨川では、1963年から1965年にかけて3年連続で大水害が発生し、1965年7月の水害では、2人が死亡、1025戸が浸水した。ダム計画が発表されたのは1966年であるが、当時、熊本県五木村は村民をあげてダムに反対した。しかし、そのうち容認派と反対派に分かれ、激しく対立した。結局、村民は国や県の説得などで切り崩されていったようである。
2008年9月の人吉市の定例市議会において、当時の市長田中信孝氏は、「計画を白紙撤回すべきだ」との考えを表明した。市長は「ダムの治水効果に疑問を持つ人が多い。想定以上の降雨にダムが対応できないなら、住民の生命・財産を守れない。ダムが水質汚濁や環境悪化の一因になりかねず、球磨川下りやアユに影響する。」と、ダム事業について批判した。
「市民の意見を聴く会」でも 80%を超える市民がダムに否定的な意見を述べた。熊本県の蒲島郁夫知事も川辺川ダム計画の反対を表明した。このときには、五木村の和田拓也村長らは川辺川ダムの早期完成と村民の生活再建を改めて表明した。
地球温暖化による異常気象により、我々の暮らしの不安は高まっている。群馬県八ッ場ダムも民主党政権で工事を中断したが、その後再開され、試験貯水中だった2019年10月の台風19号で治水効果を発揮した。根本的な治水対策はダム以外では困難であろう。
川辺川は国が「日本一の清流」と認めている川であり、球磨川は「日本三大急流」の一つに数えられ、川下りやラフティングに年間約6 人が訪れ、人吉市にとって最大の観光資源である。ダム事業を反対する人は、環境破壊を懸念している。
しかし、大量の雨量による崖崩れ等も環境は破壊であり、水等の水害も環境破壊であろう。ダムが造られることによる環境破壊と人の命が奪われる環境破壊を良く対比して考える必要がある。
§2 オール・オア・ナッシングの議論からは解決が生まれない
川辺川ダムは、計画では、高さ107.5メートルのアーチ式コンクリートダムで、総貯水容量が1億3300万トンである。九州地方のダムの中では宮崎県の一ツ瀬ダム(一ツ瀬川)・鹿児島県の鶴田ダム(川内川)に次ぐ規模の大人造湖を形成するというが、巨大なダムを計画するから問題が発生するのである。
ダム建設による環境問題は、1995年に米国内務省開拓局長官D.P.ビアード(Beard)が、「米国ではダム建設の時代は終わり、ダム撤去が主流になっている。日本でもダム撤去を促進すべきだ」と主張したことに端を発していると思われるが、国際大ダム会議が1999年に行った調査では、カリフォルニア州において42基のダムが建設中とされていた。
更に、2001(平成13)年8月の米国ダム協会年次講演会で、内務省開拓局長は、「「ダムは造らないのか?」と質問されれば、私は「造る」と答える。」と講演しており、ビアード氏の発言とは異なる方向性を示している。1995年当時、米国は予算縮小に追われていた。
ダム建設は河川環境・生態系を根本的に破壊し、川辺川の鮎を死滅させると非難があるが、小さなダムを多数配置し、数によって必要な総貯水容量を確保するようにすればよい。小さなダムであれば、ダムの水位に応じた複数の水路を設けて、鮎が登る道も設定できるであろう。
ダムが巨大になると、水没予定地が増えるが、ダムの総貯水容量を減らせば水没予定地が減少する。更に、水没予定地の住民も、同じ村内の近くに移動が可能となる。
【図1】 環境と調和できるダム建設の研究が必要
当時の田中市長は「ダムの治水効果に疑問を持つ人が多い。想定以上の降雨にダムが対応できないなら、住民の生命・財産を守れない」と述べているが、小さなダムをたくさん造り、計画的に少しずつ放流すれば洪水は防げるはずである。
小さなダムは本流に流れ込む支流にも設け、情報網のネットワークを構成すればよい。ダムの貯水量(水位レベル)をネットワックで結び、IoTとAIを活用して段階的な放流をすれば、洪水にならないように制御できるはずである。
1966年の川辺川ダムの設計においても、鮎漁が盛んになる毎年7月から10月までの間毎秒7トン、それ以外の期間は毎秒4トンの河川維持放流を行い渇水による鮎生育阻害を防ぐとされている。球磨川下りのシーズンである毎年4月から11月10日に掛けては毎秒22トン、それ以外の期間は毎秒18トンを放流して球磨川下りの運行を補助するとされている。
これらの少量の放流も小さなダムをネットワックで結び、AIを活用して制御することにより、球磨川の河川環境を一定に維持できるはずである。特に、球磨川下りの下流側にも小さなダムを設けておけば、球磨川下りの水量の確保は容易になるであろう。
福岡県大野城市の牛頸ダムでは、下流で5月中旬から6月上旬まで ホタルを見ることができるという。ホタルは、綺麗な水が流れる自然のある川にしか住めないことを考えると、人々の努力によって、環境が保つ方法はあるはずである。
反対か賛成かというオール・オア・ナッシングの議論ではなく、環境に調和したダム建設の方法を模索すべきである。
2017年1月15日放送のNHK「おんな城主 直虎」の第2話で龍潭寺二世の南渓瑞聞禅師(南渓和尚)は、「井戸の中に放り込まれては,普通赤子は死んでしまう。それなのになぜ生きていたのか。」と、おとわに問いた。おとわが答えると、「答えは一つとは限らない。まだあるかもしれんぞ。」と指導した。「0と1のどちらか1つの答えしかない」という考え方を改め、多値の論理で考える必要があろう。
§3 地球温暖化防止には水力発電は重要
1995年のビアード氏の発言以来、水力発電が低調になっている。資源エネルギー庁の発表している2017年のデータでは石炭、LNG、石油等の化石燃料の比率が80.9%に対し水力は7.9%である。原子力3.1%、水力以外の再生エネルギー8.1%となっている。しかし、記録的豪雨は地球の温暖化が大きな要因であることに十分な注意が必要であり、発電に化石燃料を用いることは止めなくてはならない。
既にこのコラムの第6回で指摘したように原子力発電は「フェイルセーフ」ではない未完成な技術であり、未完成な技術は使うべきではない。残るのは、太陽光や風力等の自然の力である。
水力も自然の力であり、環境と調和した水力発電の方法を研究し、水力発電を大いに活用すべきである。
弁理士鈴木壯兵衞(工学博士 IEEE Life member)でした。
そうべえ国際特許事務所は、「独創とは必然の先見」という創作活動のご相談にも積極的にお手伝いします。
http://www.soh-vehe.jp