弁護人を頼むタイミング|捜査段階で差がつく理由
性風俗店とのトラブルで警察から連絡が来たとき、聞かれるのは話の内容だけとはかぎりません。「口の中を綿棒でこすらせてほしい」「指紋を採らせてほしい」と、身体から資料を採ることを求められる場面があります。その場で判断を迫られ、断ってよいのか、断ると不利になるのかが分からないまま応じてしまった、という相談は少なくありません。
この記事では、そうした求めが法律上どう位置づけられているのかを整理します。求められるものの種類によって扱いが違うこと、そして承諾を前提に行われる手続と令状に基づく手続とで何が変わるのかが中心です。
なお、証拠を消す方法や発覚を避ける方法は扱いません。どう答えるのが適切かは事案ごとに変わるため、応じることも断ることも一律にお勧めする趣旨ではない点を、先にお伝えしておきます。
「身体から採る」と言われても、中身はひとつではない
身体から資料を採ると言っても、実際に求められるものはさまざまです。そして、それぞれ法律上の扱いが違います。まずは全体を並べてみます。
| 求められるもの | 主な目的 | 令状がなくてもできると条文に書かれているか |
|---|---|---|
| 指紋・足型の採取、写真撮影、身長・体重の測定 | 本人を特定するための記録の作成 | 身体の拘束を受けている被疑者について、裸にしない限り令状は不要と定められている |
| 口の中の粘膜(口腔内細胞) | DNA型を調べ、ほかの資料と照合すること | そのような定めは見当たらない |
| 血液 | アルコールや薬物の検査、DNA型の鑑定 | そのような定めは見当たらない |
| 尿 | 薬物の検査 | そのような定めは見当たらない |
| 身体の傷やあざの確認・撮影 | けがの有無や程度を記録すること | そのような定めは見当たらない |
同じ「協力してほしい」という言い方でも、条文上の位置づけはこのように分かれています。この違いが、断ったときに何が起きるかの違いにもつながります。
指紋と写真だけは、ほかと扱いが違う
刑事訴訟法218条は、身体の拘束を受けている被疑者について、裸にしない限り、指紋や足型の採取、身長・体重の測定、写真撮影は令状によることを要しないと定めています。逮捕された後にこれらが行われるのは、この規定によるものです。
注意したいのは、ここに挙げられているものが限られている点です。口の中の粘膜を採ることは、この規定には含まれていません。逮捕の手続の一部として当然に行われるもの、という位置づけにはなっていないということです。
口の中の粘膜の採取は、承諾を前提に行われている
DNA型を調べるための資料としては、口の中の粘膜を綿棒でこすって採る方法が広く用いられています。この採取は、実務上、本人の承諾を得たうえで任意提出を受けるという形で行われています。
刑事訴訟法197条1項は、捜査については必要な取調べができるとしつつ、強制の処分は法律に特別の定めがある場合でなければできないと定めています。本人が承諾しているのであれば強制の処分にはあたらない、という整理です。
承諾を得ないまま採ることを違法とした裁判例がある
では、承諾を得ずに採るとどうなるのでしょうか。この点について、東京高等裁判所の平成28年8月23日の裁判例があります。
警察官が、DNA型検査の資料を得る目的を伝えないまま紙コップでお茶を勧め、捨てられるものと考えた本人が置いていったコップを回収して、付着した唾液を採取したという事案です。裁判所は、DNAを含む唾液を捜査機関にむやみに採取されない利益は、強制処分を要求して保護すべき重要な利益であるとしてこの手続を違法と判断し、鑑定書の証拠能力を否定しました。
身体を押さえつけたわけでも、けがをさせたわけでもない事案です。それでも違法とされた点に、この資料の扱いの重さが表れています。
断ること自体を罰する規定は見当たらない
任意の採取である以上、応じる義務を定めた規定も、断ったこと自体を処罰する規定も、条文上は見当たりません。
この点については、弁護士会からの勧告も出ています。日本弁護士連合会は平成29年4月20日に、大阪弁護士会は令和2年2月25日に、それぞれ警察庁長官などに対して勧告を行いました。そこで示された考え方は、おおむね次のとおりです。
- 具体的な捜査に必要でないのに、データベースを充実させること自体を目的としてDNA型の資料を採ることは、任意であっても許されない。
- 必要性が認められる場合でも、採取は原則として令状によるべきであり、任意の採取は、採取の意味や利用・保存の方法を書面で十分に説明し、本人が理解したうえで書面による承諾が得られた場合にのみ、例外的に許される。
- 令状主義の精神を没却するような人権侵害が認められる場合には、そうして集められた情報を保管する正当性は認められず、速やかに抹消すべきである。
警察庁も令和4年に、資料を採る必要性を個別の事案に即して組織的に検討するよう求める通達を出しています。採取が当然に行われるものとは位置づけられていない、ということです。
それでも「断れば何も起きない」わけではない
断ることができるという話と、断れば話がそこで終わるという話は、別のものです。実際には、次のような展開が考えられます。
- 説明や説得がその場で続く。
- 必要性があると判断されれば、令状の請求に進む。
- 採取が行われないまま、ほかの捜査が進む。
「断れば令状が出る」とも、「断ればそれで終わる」とも言い切れません。事件の内容、照合できる資料があるかどうか、身体の拘束を受けているかどうかによって、その後の進み方は変わります。
令状が出た場合には、扱いが変わる
強制的に身体から資料を採る場合には、令状が必要になります。DNA型の資料については、身体検査令状と鑑定処分許可状を併せて用いる、という整理が実務では取られています。鑑定そのものは、捜査機関が専門家に嘱託して行われます(刑事訴訟法223条1項)。
身体検査を拒んだ場合の規定が置かれている
ここが、任意の段階と大きく違う点です。刑事訴訟法は、正当な理由なく身体の検査を拒んだ場合について、次の規定を置いています。
- 10万円以下の過料に処し、あわせて拒んだことで生じた費用の賠償を命ずることができる(137条)。
- 10万円以下の罰金または拘留に処する(138条)。
- 過料や刑を科しても効果がないと認めるときは、そのまま身体の検査を行うことができる(139条)。
これらは、222条1項によって捜査機関が行う身体検査にも準用されます。つまり、任意の段階では断ることを罰する規定が見当たらない一方で、令状が出た後の身体検査については、拒んだ場合の規定が用意されているということです。
もっとも、令状は求めれば出るというものではありません。DNA型の資料は、照合する相手方の資料があってはじめて意味を持ちます。照合の対象がない事件では、採取の必要性が認められにくいという指摘もあります。
風俗のトラブルで、DNA型は何と照合されるのか
被害の申告があった事件では、申告した側の身体や衣類、現場に残された資料からDNA型が調べられ、それと照合するために本人からの採取が求められる、という流れになります。
一致しても、裏づけられるのは接触があったことまで
ここが、風俗のトラブルでは特に大切な点です。本番トラブルとして問題になる事件では、接触があったこと自体は争わず、同意があったかどうかが争点になることが少なくありません。
この場合、DNA型が一致したとしても、それによって裏づけられるのは接触があったという事実までです。同意があったかどうかは、当日のやり取り、店とのやり取りの記録、その後の言動など、別の証拠から判断されます。DNA型の一致が、そのまま結論を決めるわけではありません。
逆に、身に覚えのない事件で疑いをかけられている場合には、一致しないことが意味を持つ場面もあります。同じ手続でも、事案によって持つ意味が変わります。
事件の立証に直結しない類型でも求められることがある
盗撮のように、DNA型が事件そのものの立証に結びつきにくい類型でも、採取を求められることがあります。ほかの事件との照合という説明がされることもあります。求められている理由が今回の事件のためなのか、それ以外のためなのかは、確認しておいてよい点です。
採ったものと記録は、その後どうなるのか
採取された資料から得られたDNA型は、DNA型記録取扱規則(平成17年国家公安委員会規則第15号)に基づいて記録が作成され、データベースに登録されて検索に用いられます。
同規則7条1項は、記録に係る者が死亡したとき、または保管する必要がなくなったときには、記録を抹消しなければならないと定めています。ただ、どのような場合が「保管する必要がなくなったとき」にあたるのかは、条文からは読み取りにくいところです。
抹消を命じた裁判例
この点について、名古屋地方裁判所は令和4年1月18日に、無罪が確定した男性のDNA型、指紋、顔写真の抹消を国に命じる判決を出しました。名古屋高等裁判所も令和6年8月30日にこの判断を維持し、上告されずに確定しています。その後、実際にデータが抹消されたことが確認されたと報じられました。
もっとも、これは無罪が確定した事案についての判断です。不起訴で終わった場合や、起訴猶予になった場合の扱いまでがこの裁判で決まったわけではありません。採取に応じるかどうかを考えるときは、記録がその後も残り得るという前提で見ておくことになります。
返事をする前に確認しておきたい5点
- 何のために採るのか。今回の事件のために採るのか、ほかの事件との照合のために採るのか。
- 書面での説明があるか。承諾書や任意提出書に、何がどう書かれているか。
- 採った資料と記録が、その後どのように保管され、どういう場合に抹消されるのか。
- 断った場合にどうなると説明されているか。令状を請求する予定があるのか。
- その場で答えず、弁護士に相談してから返事をしたいと伝えられるか。
これらは、その場で聞いても差し支えのないことです。答えを保留したいときは、その旨をはっきり伝えたうえで、いつまでに返事をするかを決めておくと、やり取りがあいまいにならずに済みます。
その場で避けたほうがよいこと
- 身体で抵抗したり、相手の身体に手をかけたりすること。公務執行妨害(刑法95条1項)として、別の問題になり得る。
- 事実と違う説明をすること。後から訂正するのが難しくなる。
- 中身を読まないまま、承諾書や任意提出書に署名すること。
- 連絡を絶ったり、呼び出しに応じないまま放置したりすること。身体の拘束の必要性を判断する場面で、不利に働くことがある。
- その場のやり取りを何も残さないまま帰ること。日時、担当者、何を求められ、どう答えたかを、後でメモにしておく。
早い段階で弁護士に相談する意味
身体からの資料採取を求められる場面は、答えを考える時間が短いのが実情です。求められているものが何にあたるのか、令状があるのかないのか、断った場合に何が想定されるのかを、その場で整理するのは簡単ではありません。
弁護士に依頼すれば、返事を保留したい旨を代わりに伝えたり、採取後の見通しを含めて方針を立てたりすることができます。早く相談したからといって望む結果が約束されるわけではありませんが、選べる余地が残っているうちに整理できるという意味はあります。
当事務所では初回無料相談を24時間受け付けています。夜間や早朝についても、状況により対応しています。
まとめ
- 「身体から採る」と言われても中身はさまざまで、法律上の扱いは種類ごとに違う。
- 指紋・足型の採取、身長体重の測定、写真撮影は、身体の拘束を受けている被疑者について、裸にしない限り令状によることを要しないと定められている。口の中の粘膜はここに含まれていない。
- DNA型の資料の採取は、実務上、本人の承諾を得た任意提出の形で行われており、承諾を得ずに採ることを違法とし、鑑定書の証拠能力を否定した裁判例もある。
- 任意の段階では断ることを罰する規定は見当たらないが、令状が出た後の身体検査については、拒んだ場合の過料や罰金、そのまま検査を行うことができる旨の規定がある。
- DNA型が一致しても裏づけられるのは接触があったことまでで、同意があったかどうかは別の証拠から判断される。


