なぜ相手の名前を聞かれるのか|利益相反チェックの仕組み
弁護士に相談したあと、その日のうちに依頼するかどうかを決められないことは珍しくありません。話は聞いてもらえた、進め方も示された、それでも最後の一歩が出ない。このとき多くの方が探しているのは「決め手」――これさえ確かめられれば決められる、という一つの基準です。
ただ、相談後の判断を分解してみると、決め手は一つではなく、性質の違う複数の軸が同時に働いています。しかも、そのうちのいくつかは弁護士側の情報ではなく、相談する側の条件です。
この記事では、依頼するかどうかを決めるときに使える判断軸を5つに整理し、それぞれ何を測る軸なのか、どこで確かめられるのかを説明します。
決めきれないときは、二つの問いが混ざっていることがあります
「依頼するか」と「この事務所に依頼するか」は別の問い
相談のあとに迷いが残るとき、頭の中では二つの問いが同時に動いていることがあります。一つは「そもそも弁護士に依頼して進めるのか、自分で対応するのか、何もしないのか」という問い。もう一つは「依頼するとして、今日会ったこの事務所に頼むのか」という問いです。
この二つは、判断に使う材料が違います。前者は自分の目的と、依頼した場合としない場合の差で決まります。後者は費用の条件や進め方の設計で決まります。混ざったままだと、費用の話を聞いて「やっぱりやめようか」と考えたり、逆に人柄の印象だけで法的手段を選んでしまったりします。
5つの軸のうち、3つは自分の側の条件
弁護士選びの解説では、専門性・実績・費用・人柄といった弁護士側の属性が並ぶことが多いものです。ただ、実際に相談後の判断を左右するのは、それだけではありません。何を得たいのか、いくらまでなら出せるのか、どこまで自分で関わるつもりがあるのか。この三つが決まると、残る選択肢は自然に絞られていきます。
以下の5つが、この記事で扱う判断軸です。
| 軸 | 何を測る軸か | 主にどこで確かめるか |
|---|---|---|
| ① 目的 | 何が手に入れば終わりといえるか | 自分の中で/相談での問答 |
| ② 見通し | 依頼した場合としない場合で何が変わるか | 相談での説明(口頭) |
| ③ 費用 | いつ、いくら出ていき、戻る見込みはあるか | 見積書・委任契約書 |
| ④ 進め方 | 誰が、どこまで、どう進めるか | 委任契約書・相談での確認 |
| ⑤ 説明 | 説明が前後で一貫しているか | 相談のやり取りそのもの |
③と④は書面で残る軸で、①②⑤は書面になりにくい軸です。この違いは後で効いてきます。
判断軸1|目的――何が手に入れば終わりといえるか
「勝ちたい」は、まだ目的の手前にあります
相談の場でよく出てくるのが「相手に非を認めさせたい」「きちんと決着をつけたい」という言い方です。気持ちとしては自然ですが、これだけでは手続を選べません。手続は、何が実現すれば終わりなのかが決まって初めて設計できるからです。
三つの形に置き換えてみる
- お金の形(いくら受け取りたいのか、いくらまで支払いを抑えたいのか)
- 状態の形(連絡を止めたい、関係を解消したい、記録を残したい)
- 時間の形(いつまでに終わらせたいのか、長引いても構わないのか)
この三つのどれに重みを置くかで、選ぶ手続も、かかる費用も、期間も変わります。たとえば「早く終わらせたい」を優先するなら、金額の面では譲る場面が出てきます。逆に金額を優先するなら、期間は延びやすくなります。両方を同時に最大化する道は、多くの場合ありません。
目的が定まらないこと自体を、相談で扱ってかまいません
「何を望んでいるのか自分でも分からない」という状態は、珍しいことではありません。むしろ、法的にどこまで実現できるのかが分からないから決められない、という順序であることが多いものです。その場合は、目的を決めてから相談するのではなく、取りうる選択肢を聞いたうえで目的を絞るという進め方でかまいません。決められない理由を言葉にして伝えるところから始められます。
判断軸2|見通し――依頼した場合としない場合で何が変わるか
比べる相手は「請求したい金額」ではありません
見通しを聞くとき、つい「いくら取れますか」「勝てますか」と尋ねたくなります。ただ、依頼するかどうかの判断に効くのは、その答えそのものよりも依頼しなかった場合との差です。何もしなければどうなるのか、自分で対応した場合はどこまで進められそうなのか。この二つと並べて初めて、依頼の値打ちが測れます。
相手方から請求を受けている側であれば、増える額ではなく「減らせそうな額」や「避けられそうな事態」が差になります。金銭が動かない事柄であれば、差は金額では表せません。
見通しが言い切られないのには理由があります
弁護士には、依頼者に有利な結果になると請け合ってはならないという職務上の取決めがあります。見込みが乏しいのにあるように見せて受任することも禁じられています。つまり、見通しが幅をもって語られるのは、慎重さの表れであると同時に、取決めに沿った説明でもあるということです。
逆に、初回の相談で結果が言い切られた場合、その言い切りを判断材料の中心に置くのは慎重に考えたほうがよい場面があります。判断材料にしたいのは結論の強さではなく、そう考える理由の中身です。
見通しを聞くときに確かめたい三点
- どんな前提のもとでの見通しなのか(証拠がそろっている前提か、相手が争わない前提か)
- 幅のうち、悪いほうに転んだ場合はどうなるのか
- 前提が崩れたときに、方針を切り替える余地はあるのか
判断軸3|費用――総額よりも「いつ出ていくか」
決めるために必要なのは三つです
費用の情報として必要なのは、総額の見込みだけではありません。何に対する費用か、いつ支払うのか、どういう場面で増えるのか。この三つがそろうと、手元の資金繰りと照らし合わせられるようになります。着手時に出ていくお金と、終わったときに出ていくお金は性質が違い、後者は結果から支払える場合もあります。
見積書は、申し出て初めて作られることがあります
弁護士には、依頼しようとする人から申し出があったときに報酬の見積書を作るよう努める、という取決めがあります。裏を返すと、こちらから求めなければ書面が出てこないこともあります。口頭の説明だけで持ち帰ると、細部があいまいなまま比較することになりがちです。費用の内訳や見積書の読み方は、それ自体で一つのテーマになりますので、別の記事に譲ります。
「払えるか」と「割に合うか」は別の問いです
この二つは混同されやすいところです。手元の資金が足りないという問題には、支払い方を変える、範囲を絞る、公的な制度を検討するといった道があります。一方、費用が結果に見合わないという問題は、支払い方を工夫しても解消しません。どちらの問題なのかを分けておくと、次に相談すべきことが変わります。
判断軸4|進め方――誰が、どこまで、どう進めるか
どこまで頼むかは、選べる場合があります
依頼というと「最初から最後まで全部任せる」形を思い浮かべがちですが、書面を一通作るところまで、交渉までで裁判は含めない、といった区切り方ができる場合もあります。範囲が変われば費用も変わります。範囲は委任契約書に書かれる事項ですので、決める前に文字で確かめられる軸です。
担当と窓口を確かめておく
相談を担当した弁護士がそのまま事件を担当するとは限りません。複数の弁護士が関わる場合や、日常の連絡は事務職員が窓口になる場合もあります。どちらが良い悪いという話ではなく、自分が誰とやり取りすることになるのかを知っておくと、進行中の齟齬が減ります。
報告と連絡の頻度
弁護士には、必要に応じて事件の経過を報告し、依頼者と協議しながら進めるという取決めがあります。とはいえ、どのくらいの頻度で、どの手段で連絡が来るのかは事務所や事案によって幅があります。自宅への郵便を避けたいなど、連絡方法に希望がある場合も、依頼を決める前に伝えておけます。
依頼しても、手元に残る作業があります
資料の収集、事実関係の確認、方針の選択。これらは代わってもらえない部分です。仕事や家庭の事情で動きにくい時期がある場合、その点も含めて進め方を相談しておくと、後の負担が読めるようになります。
判断軸5|説明――前後で一貫しているか
人柄ではなく、説明の中身を見る
「話しやすかったか」「感じがよかったか」は、印象としては強く残ります。ただ、印象は同じ人に対しても日によって変わりますし、こちらの緊張の度合いにも左右されます。より動きにくい材料として使えるのは、説明の一貫性です。
確かめたい三つ
- こちらに不利な事情についても説明があったか。良い面だけが語られていないか
- 話の前半と後半で、言っていることが変わっていないか。変わったのであれば理由が示されたか
- 結論だけでなく、そう考える根拠(どの事実、どの資料に基づくのか)が示されたか
弁護士には、依頼者に不利益となる事項についても説明するという取決めがあります。不利な話が出てくるのは、後ろ向きな対応ではなく、判断材料をそろえるための説明である場合が多いといえます。
他の弁護士と比べる形にしないほうが進めやすい
二人目、三人目に会う場合でも、「前の先生の説明はどうでしたか」と評価を求める形にすると、話が本題から離れがちです。同じ材料を渡して同じ問いを立て、どこで答えが分かれたのかを自分で見るほうが、判断には役立ちます。
5つの軸には、状況によって順番があります
5つを均等に見比べようとすると、かえって決まりません。状況によって、先に見るべき軸は変わります。
| 状況 | 先に見る軸 | そこで確かめること |
|---|---|---|
| 期限が迫っている | ② 見通し ④ 進め方 | 期限までに何ができるか、誰がいつ動くか |
| 動く金額が大きくない | ③ 費用 ① 目的 | 費用と結果が見合うか、金銭以外の目的があるか |
| 相手方に代理人がついた | ④ 進め方 ② 見通し | 窓口をどう移すか、何もしない場合に何が起きるか |
| お金以外のことを望んでいる | ① 目的 ⑤ 説明 | 望む状態が法的手続で実現できるのか |
すべての軸が満たされることは、多くありません
費用は納得できるが進め方に不安が残る、説明は丁寧だが見通しが厳しい。実際には、こうしたまだら模様になるのが普通です。5つの軸は採点表ではなく、どこが埋まっていて、どこが空白なのかを見るための道具と考えるほうが使いやすいと思います。
空白があるときの二つの道
一つは、その軸を確かめ直す道です。費用の内訳をもう一度尋ねる、範囲を絞った場合の見積りを出してもらう、担当者を確認する。多くは追加の質問で埋まります。もう一つは、依頼の設計そのものを変える道です。全部を任せるのではなく一部だけ頼む、時期をずらす、といった調整で、空白だった軸が埋まることがあります。
決め手にしにくいもの
- 事務所の大きさ――規模によって体制の作り方は変わりますが、大きさそのものが結果に直結するわけではありません
- 立地――近さは通いやすさに関わりますが、弁護士が活動できる地域に制限はありません
- 口コミやレビュー――事案の中身は書かれていないことが多く、同じ評価が自分に当てはまるとは限りません
- 広告のキャッチフレーズ――事実に反しない限り広く認められているため、事務所間の差が出にくい部分です
- その日の印象――こちらの心身の状態にも左右されます
これらを見ないほうがよい、という意味ではありません。単独では決め手になりにくい、ということです。5つの軸を補う材料として使うと位置づけがはっきりします。
それでも決められないときの三つの理由
- 材料が足りない――費用や進め方など、まだ聞けていない項目がある。この場合は追加で尋ねれば動きます
- 軸どうしがぶつかっている――費用を優先すると期間が延び、期間を優先すると費用が増える。この場合は、どちらを譲るかという自分の選択の問題です
- 目的が決まっていない――①が空白のままだと、残りの4軸は測る基準を持ちません。この場合は判断を急がず、目的を言葉にする作業に戻ります
「今日は決めない」も一つの選択です
相談したその日に依頼する必要はありません。持ち帰って考える、家族と話す、別の事務所にも相談する。いずれも通常の進め方です。他の弁護士に依頼しようとする人を妨げてはならない、という取決めも弁護士側にはあります。
ただし、検討している間も期限は動きません。時効や、相手方の書面に付された回答期限、裁判所からの書類に記載された日付などは、こちらの検討の都合とは無関係に進みます。決めるのを先に延ばす場合は、いつまでに決めるのかも合わせて決めておくと安全です。
決めたあとに動かせること、動かしにくいこと
依頼を決めることは、後戻りのできない選択ではありません。委任は依頼者の側からいつでも解除できるのが原則で、途中で終わった場合の清算方法は委任契約書に書かれる事項とされています。範囲の変更や、進め方の見直しを途中で相談することもできます。
一方で、動かしにくいものもあります。着手金は結果にかかわらず戻らない取扱いが一般的で、途中で依頼先を替えると費用が重なりやすくなります。また、いったん進んだ手続を巻き戻すことは容易ではありません。だからこそ、契約前に確かめられる③費用と④進め方は、文字になっている段階で読んでおく価値があります。
おわりに
「決め手」を一つ探そうとすると、かえって決めにくくなります。目的、見通し、費用、進め方、説明。この5つに分けて、どこが埋まっていてどこが空白なのかを見ると、次に何を尋ねればよいかが具体的になります。そして、空白のまま残った軸があるなら、それは決断力の問題ではなく、まだ聞けていない情報がある、という合図であることが少なくありません。
当事務所でも、相談の場でその日に結論を出していただくことは前提としていません。見通しと費用の考え方をお伝えしたうえで、持ち帰ってご検討いただくことも、他の事務所と比べたうえでご判断いただくこともできます。判断の材料が足りないと感じている段階でも、その点を含めてお尋ねください。


