費用倒れとは何か|依頼前に見分ける判断材料

若井亮

若井亮

テーマ:一般

弁護士に依頼するかどうかを迷っている方から、「費用倒れになるのが怖い」という言葉をよく聞きます。取り戻したい金額よりも弁護士費用のほうが高くついてしまうのではないか、という心配です。

 ところが、この「費用倒れ」という言葉には、法律上の決まった定義がありません。使う人によって、何と何を比べているかが違っています。そのため、「費用倒れになりますか」という質問に対する答えも、前提の置き方しだいで変わってしまいます。

 この記事では、費用倒れという言葉が指している中身を整理したうえで、依頼する前の段階で自分なりに見当をつけるための判断材料を、順を追ってご説明します。

「費用倒れ」という言葉には決まった定義がない


同じ言葉で三つの違うことが語られている


 実際の相談の場面では、「費用倒れ」は少なくとも次の三つの意味で使われています。

  • 弁護士に依頼した結果、手元に残る金額が、依頼しなかった場合より少なくなった
  • 支払った弁護士費用の総額が、相手から回収できた金額を上回った
  • 金額の大小とは別に、支払った費用に見合うだけの成果が得られなかったと感じた


 一つ目と二つ目は似ているようで違います。たとえば、相手から一円も回収できない見込みだった債権について、弁護士が交渉して五十万円を回収し、費用が六十万円かかったとします。二つ目の意味では費用倒れですが、一つ目の意味では、何もしなければ手元はゼロだったのですから、話が変わってきます。

 三つ目は金銭に換算できない評価が入るため、そもそも事前の計算になじみません。

この記事で使う意味


 以下では、弁護士に依頼した場合に最終的に手元に残る額が、依頼しなかった場合に手元に残る額を下回る状態を費用倒れと呼ぶことにします。三つのうち一つ目の意味です。依頼するかどうかという意思決定に直接つながるのは、この比べ方だからです。

検索して出てくる説明が、そのままでは当てはまらない理由


 「弁護士 費用倒れ」で検索すると、交通事故の記事がずらりと並びます。これは偶然ではありません。交通事故には、相手方の保険会社がすでに提示している金額という出発点があるため、「提示額」と「依頼後の手取り」を引き算するだけで費用倒れかどうかが判定できるからです。

 しかし、交通事故以外の多くの紛争には、この出発点がありません。貸したお金が返ってこない、退去時の敷金を返してもらえない、約束した報酬が支払われない、といった場面で、相手が具体的な金額を提示していることはむしろ稀です。出発点がないところで引き算をしようとすると、無意識のうちに「請求したい金額」を出発点に置いてしまいます。これが、費用倒れの計算を最も狂わせる原因です。

比較の起点をどこに置くかで結論が変わる


請求額を起点にしてはいけない


 百万円を請求したい事案で、費用が三十万円かかると聞くと、「百万円から三十万円を引いて七十万円が残る」と考えたくなります。しかし、これは請求が全額認められ、しかも全額を現実に回収できた場合の計算です。実際には、法的に認められる金額は請求額より小さくなることが多く、認められた金額を相手が支払うかどうかもまた別の問題です。

 請求額は、自分の希望を示した数字にすぎません。費用倒れの判断に使う起点としては、最も当てにならない数字だといえます。

起点になり得る三つの数字


 現実的な起点は、次の三つのいずれかです。

比べる相手こういう場面判定の形
相手からすでに示された金額示談金や解決金の提示を受けている依頼後の手取りが提示額を下回るか
自分で進めた場合に得られそうな額支払督促や少額訴訟で足りそうな事案依頼後の手取りが自力の想定額を下回るか
何もしなかった場合の金額(ゼロ)相手が支払を拒み、交渉も進んでいない費用を払っても手取りがゼロを下回るか


 三行目の場合、依頼して費用がかかっても、いくらかでも回収できて費用を上回れば、費用倒れではありません。逆に一行目の場合は、すでに提示されている金額という高い基準を超えなければならないため、費用倒れの線引きは厳しくなります。同じ弁護士費用でも、起点が違えば結論が反対になるということです。

費用倒れはなぜ起きるのか


結果に連動しない費用が含まれている


 弁護士費用のうち、報酬金は成果に応じて決まりますが、着手金は結果にかかわらず依頼の段階で発生します。実費も、手続を進めた以上は出ていきます。つまり、費用の一部は成果と連動しない固定的な支出です。得られる金額が小さい事案では、この固定部分の比重が相対的に大きくなり、費用倒れが起きやすくなります。

 なお、それぞれの費用の性質については別の記事で詳しく扱っているため、ここでは立ち入りません。

手続が進むほど積み上がる


 交渉で終わるのか、調停に進むのか、訴訟になるのか、判決後に強制執行まで必要になるのか。手続の段階が増えるごとに、弁護士費用も裁判所に納める費用も追加されていきます。依頼した時点では費用倒れにならない計算だったとしても、相手が争う姿勢を崩さず手続が長引けば、途中で計算が逆転することがあります。

 したがって、費用の見当をつけるときは、「交渉で終わった場合」だけでなく、最も手続が長引いた場合の総額も併せて聞いておくことが役に立ちます。

弁護士費用は、原則として相手に請求できない


 費用倒れという現象が構造的に生じるのは、弁護士費用を相手に転嫁できないからです。訴訟に勝った場合に敗訴した側が負担する「訴訟費用」には、収入印紙代や郵便料などが含まれますが、弁護士費用は含まれません。

 例外的に、交通事故や不貞行為のような不法行為に基づく損害賠償請求の訴訟では、認められた金額の一割程度が弁護士費用相当額として損害に加算される扱いが実務上定着しています。ただし、これは訴訟にした場合の話であり、交渉や調停で解決した場合には通常乗りません。また、不当な請求を受けて防御した側が、その防御に要した弁護士費用を相手に請求することは、裁判を受ける権利との関係から、かなり限られた場合にしか認められていません。

見立ては三つの掛け算でできている


 費用倒れになるかどうかの見立ては、次の三つを掛け合わせたものです。

  1. 法的に認められる見込みのある金額はいくらか
  2. そのうち、相手から現実に回収できる見込みはどの程度か
  3. そこに到達するまでに、どの手続を経て、いくらの費用と、どれだけの期間がかかるか


 多くの方は一つ目については慎重に考えます。しかし、二つ目を実質的に「全額回収できる」と置いたまま計算してしまいがちです。ここが、依頼前の見立てで最も狂いやすいところです。

最も見落とされやすいのは「回収できるか」


判決を得ることと、お金を受け取ることは別の工程


 裁判で勝っても、裁判所が相手の財産を探して届けてくれるわけではありません。判決は、強制執行をするための資格を得たにすぎません。実際に回収するには、相手のどの財産を差し押さえるかを、こちら側が特定して申し立てる必要があります。相手に財産がなければ、判決は紙のまま残ります。

相手の財産を調べる制度と、その限界


 現在は、判決などの債務名義があれば、裁判所を通じて相手の財産に関する情報を取得する制度が用意されています。登記所から不動産の情報を得る手続、金融機関から預貯金などの情報を得る手続がこれにあたります。

 ただし、勤務先の情報を市町村や年金機構から取得できる手続については、対象となる債権が養育費などの扶養に関する請求権と、人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権に限られています。貸金や売掛金、精神的損害の慰謝料といった一般の債権では、この手続を使って勤務先を突き止めることはできません。給与の差押えが回収の中心になる事案では、この違いが結果を大きく左右します。

 また、不動産や預貯金の情報取得手続は、原則として申立ての前三年以内に財産開示手続を実施していることが前提になります。これらの手続にはそれぞれ費用と時間がかかりますから、回収の見込みが薄い事案では、その分がそのまま費用倒れの幅を広げることになります。

依頼前に自分で確認できること


 専門的な調査に入る前でも、次のような点は自分で整理できます。相談の際にこれらを伝えられると、見通しの精度が上がります。

  • 相手の氏名・住所・連絡先を現在も把握しているか
  • 相手が勤めている会社や、営んでいる事業を知っているか
  • 相手が不動産を所有している様子があるか
  • 相手が取引に使っている金融機関に心当たりがあるか
  • 相手にすでに他の借金や滞納がある様子はないか


 相手の所在が分からない、資産の手がかりが何もない、という状態であれば、法的にどれだけ正しくても、回収まで到達する見込みは下がります。そこを織り込まずに費用の見当をつけると、後から計算が合わなくなります。

この物差しが使えない場面もある


請求される側に回っているとき


 自分が請求を受けている側の場合、依頼しても手元にお金が入ってくることはありません。得られるのは「支払わずに済んだ額」「減らせた額」という形の利益です。この場合、弁護士費用は純粋な持ち出しになります。

 それでも依頼が選ばれるのは、請求をそのまま受け入れた場合の負担と比べる、という別の引き算が成り立つからです。二百万円を請求されている事案で、三十万円の費用をかけて五十万円まで減らせたのであれば、支出は増えていても差引きでは負担が軽くなっています。物差しが逆向きになるだけで、考え方の筋道は同じです。

お金が動かない事件


 子どもの親権をどうするか、つきまといをやめさせられるか、ネット上の投稿を削除できるか、建物を明け渡してもらえるか。こうした事件では、そもそも金額に換算する対象がありません。費用倒れという概念は、金銭の回収を目的とする事件にしか使えない物差しです。

 この種の事件で費用の妥当性を考えるときは、「いくら戻るか」ではなく、「その状態を放置した場合に、この先どれだけの負担が続くか」と比べることになります。

金額に表れない要素


 相手と直接やり取りを続ける精神的な負担、手続に費やす時間、仕事を休む必要があるかどうか。これらは金額に置き換えにくいものの、実際には無視できない要素です。また、時効が近づいている、相手が財産を処分しそうだといった事情がある場合、動かないこと自体に損失が生じます。

 費用倒れの計算は、こうした要素を切り落とした上での計算だという前提は、押さえておいてよいと思います。

依頼前に見分ける材料は「見積書」と「見通し」


見積書は申し出れば作成を求められる


 弁護士の報酬に関する日本弁護士連合会の会規では、依頼しようとする方から申出があったときは、その内容に応じた報酬見積書の作成と交付に努めることとされています。依頼者の側から申し出てよいものだということです。金額の見当がつかないまま考え込むより、相談の場で見積りを求めたほうが、判断材料は早く揃います。

見通しは「保証」としては示されない


 一方で、費用倒れの判断に必要なもう一つの材料である「見通し」については、注意すべき決まりがあります。弁護士職務基本規程は、受任にあたって事件の見通し・処理の方法・報酬及び費用について適切な説明をしなければならないと定めると同時に、依頼者に有利な結果となることを請け合ったり保証したりしてはならないと定めています。

 つまり、見通しは幅のある形でしか示されません。「勝てます」「必ず回収できます」という言い切りを期待して聞くと、かえって判断を誤ります。「うまくいった場合はこの程度、想定より悪い場合はこの程度」という幅で示されたなら、それは規程どおりの説明です。

 同じ規程は、期待する結果が得られる見込みがないのに、見込みがあるように装って事件を受任してはならないとも定めています。見込みが乏しい事案について、その点を伝えずに受任することは、この規程に反します。費用倒れの可能性がある事案で、弁護士がその可能性を率直に伝えるのは、依頼を遠ざけるためではなく、こうした規律に沿った説明だと受け取っていただければと思います。

相談のときに確認しておきたいこと


  1. 今の段階で、法的に認められる見込みの金額はどのくらいの幅か
  2. 相手から現実に回収できる見込みをどう見ているか
  3. 交渉で終わった場合と、訴訟・執行まで進んだ場合で、費用の総額はどう変わるか
  4. 追加の着手金が発生するのはどの段階か
  5. 報酬金は、認められた金額を基準にするのか、現実に回収できた金額を基準にするのか
  6. 実費はおおよそいくらを見込み、どの時点で預けるのか
  7. 途中で見通しが変わった場合、どの時点で相談してもらえるのか


 五番目は特に重要です。報酬金の基準を「認められた金額」に置く契約の場合、相手から回収できなくても報酬金が発生し得ます。この一点だけで、費用倒れの計算は大きく変わります。

費用倒れを避ける方向は「安くする」ことではない


 費用を値切る方向ではなく、依頼の設計そのものを変える方向で考えたほうが、現実的な選択肢が見つかります。大きく四つの方向があります。

方向具体的な形向いている場面
依頼の範囲を絞る通知書の作成・送付だけを依頼し、その後は自分で進める相手が支払意思を失っていないと見込まれる場合
手続を選ぶ支払督促、少額訴訟、民事調停などを検討する請求額が小さく、事実関係に大きな争いがない場合
払い方を変える弁護士費用特約の有無を確認する、分割や公的な立替制度を検討する見込みはあるが、手元資金が足りない場合
請求しない選択も含めて考える関係の清算や再発防止を優先する着地を検討する回収の見込みが乏しく、負担のほうが重い場合


範囲を絞るという発想


 弁護士への依頼は、最初から訴訟まで全部を任せる形だけではありません。弁護士名義の通知書を送るところまでを依頼し、相手が支払に応じればそこで終わる、という形もあります。支払う意思はあるものの後回しにされている、という事案では、この段階で動くことがあります。

手続の選択で費用が変わる


 六十万円以下の金銭の支払を求める場合には、簡易裁判所の少額訴訟という手続があります。原則として一回の期日で審理を終えて即日判決が言い渡される制度で、本人でも利用しやすいように設計されています。ただし、同じ簡易裁判所で同じ年に十回までという制限があり、相手方が通常の訴訟手続で審理するよう求めれば通常訴訟に移ります。証拠もその場で取り調べられるものに限られるため、事実関係に大きな争いがある事案には向きません。

 支払督促や民事調停も、訴訟に比べて裁判所に納める手数料が抑えられています。どの手続が事案に合うかは、争いの有無や相手の対応によって変わりますから、この点も相談の際に確認しておくとよいと思います。

払い方の工夫は、費用倒れとは別の問題


 分割払いや公的な立替制度は、費用を用意できるかという資金繰りの問題を解決するものであって、割に合うかどうかという問題を解決するものではありません。この二つは混同されがちですが、別の話として切り分けて考える必要があります。立替制度の場合、返済は後から生じますから、総額としての負担は変わりません。

「着手金無料」「完全成功報酬」をどう読むか


 費用倒れを心配して調べていると、着手金無料や完全成功報酬をうたう表示に行き当たることがあります。これらは、依頼の入口で支払う金額を抑える仕組みではありますが、費用倒れそのものをなくす仕組みではありません。読むときの視点を三つ挙げます。

  • 着手金がない分、報酬金の割合が高めに設定されていることがある
  • 実費や日当は、成果と関係なく発生することがある
  • 回収できなければ手元に残らないという構造自体は変わらない


 三つ目が要点です。着手金がゼロであっても、報酬金の基準が「認められた金額」に置かれていれば、回収できないまま報酬が発生する可能性が残ります。表示の言葉ではなく、報酬金が何を基準に計算されるのかを確認することが、実質的な確認になります。

 なお、交通事故の分野で見かける「依頼者の負担ゼロ」という表示は、多くの場合、自動車保険に付帯する弁護士費用特約の効果によるものです。特約の有無は保険証券で確認でき、火災保険や自転車保険、クレジットカードに付帯していることもあります。

「費用倒れになる可能性があります」と言われたとき


 相談の結果、費用倒れの可能性を指摘されることがあります。これは断りの言葉ではなく、判断材料の提示です。受け取ったあとに考えることは、次の三つに整理できます。

 一つは、どの前提が費用倒れの原因になっているのかを確かめることです。認められる金額が小さいからなのか、回収の見込みが薄いからなのか、手続が長引く見込みだからなのかによって、打つ手が変わります。

 二つ目は、範囲を絞った依頼や、別の手続で対応できないかを尋ねることです。全部を任せる前提では割に合わなくても、一部であれば成り立つ場合があります。

 三つ目は、金銭以外の目的があるかどうかを自分の中で確かめることです。関係を清算したい、同じことを繰り返させたくない、記録を残しておきたい。そうした目的があるなら、金額の引き算だけで結論を出す必要はありません。その場合でも、どこまでの費用なら納得できるかという線を先に決めておくと、途中で迷いにくくなります。

おわりに


 費用倒れは、費用の高さそのものから生じるというより、比較の起点と回収の見込みを置き違えたときに生じると言えます。請求したい金額ではなく、依頼しなかった場合に手元に残る金額を起点に置くこと。認められる金額と現実に回収できる金額を分けて考えること。この二つを押さえるだけでも、見当の精度は変わってきます。

 そして、その見当をつけるために必要な材料は、見積書と、幅のある見通しという形で、相談の段階で受け取ることができます。依頼するかどうかを決める前に、費用の総額と回収の見込みを両方たずねてみてください。当事務所でも、ご相談の段階で、見込みが乏しい場合にはその旨を含めてお伝えしています。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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