恋人から暴力を受けた|暴行罪・傷害罪と慰謝料請求
風俗店でのトラブルが起きたあと、店の担当者や相手方、あるいは警察や検察から、聞き慣れない言葉が次々に出てきます。「示談」「不起訴」「宥恕(ゆうじょ)」「清算条項」――どれも意味を取り違えたまま判断すると、あとから取り返しがつきにくい場面につながることがあります。
特に多いのが、意味が分からない言葉が書かれた書面に、その場で署名してしまうケースです。書面は署名した瞬間から効力を持ちますが、「意味を知らなかった」という理由だけで簡単に覆せるものではありません。
この記事では、風俗トラブルの現場で実際に飛び交う言葉を、客側の立場から整理します。専門用語の丸暗記は必要ありません。大事なのは、その言葉が「刑事の話」なのか「お金の話」なのかを見分けられるようになることです。
1. まず押さえたい前提|用語は2つのレイヤーに分かれている
風俗トラブルの言葉が混乱しやすい最大の理由は、まったく性質の違う2つの手続きが同時並行で進むからです。
| 刑事のレイヤー | 民事のレイヤー | |
|---|---|---|
| 誰が動くか | 警察・検察官・裁判所(国) | 相手方本人、店、それぞれの代理人 |
| 何が決まるか | 処罰するかどうか | 誰がいくら払うか |
| よく出る言葉 | 被害届、送検、起訴・不起訴、勾留、略式命令、前科 | 慰謝料、損害賠償、違約金、内容証明、清算条項 |
| 終わり方 | 検察官の終局処分、判決 | 示談(合意)、訴訟の判決・和解 |
「示談」と「宥恕」は、この2つのレイヤーをつなぐ位置にあります。示談そのものは民事の合意ですが、その内容が刑事処分の判断材料として扱われる――だからこそ、両方の意味を知っておく必要があります。
そして、片方が終わってももう片方が自動的に終わるわけではありません。この点を誤解したまま「もう払ったのだから終わり」と考えてしまうことが、風俗トラブルでは非常に多く見られます。
2. 中心となる4つの言葉
示談(じだん)
当事者どうしが互いに譲り合って、争いをやめる約束をすることです。法律上は民法695条の「和解」という契約にあたります。
ポイントは3つあります。
- 示談は刑事手続きの一部ではなく、あくまで民事の契約です。示談したから警察の捜査が止まる、という仕組みではありません。
- 誰と示談するかで意味がまったく変わります。相手方本人と示談したのか、店と話をつけただけなのかは、法的にはまるで別のことです(後述)。
- 請求された金額が、そのまま支払義務のある金額ではありません。示談は合意であり、提示額は相手の主張にすぎません。
示談書には一般に、謝罪、示談金の額と支払方法、宥恕、清算条項、接触禁止、口外禁止といった条項が盛り込まれます。
不起訴(ふきそ)
検察官が「裁判にかけない」と決めることです。裁判所ではなく、検察官が下す処分(終局処分)です。
不起訴には主に3つの類型があります。
| 類型 | 意味 |
|---|---|
| 嫌疑なし | 犯罪の事実がなかった、犯人でないことが明らかな場合 |
| 嫌疑不十分 | 疑いは残るが、有罪の立証ができるだけの証拠がそろわない場合 |
| 起訴猶予 | 事実は認められるが、諸事情を考慮して訴追しないと判断する場合 |
起訴猶予については刑事訴訟法248条が、犯人の性格・年齢・境遇、犯罪の軽重や情状、犯罪後の情況を踏まえて公訴を提起しないことができる、と定めています。示談が影響しやすいのは、主にこの起訴猶予のルートです。
逆に、「やっていない」「同意はあった」と事実そのものを争う事案では、目指す方向が嫌疑不十分のルートになり、示談を軸に組み立てる話とは方針が変わります。
なお、不起訴は「無罪判決」とは違います。有罪判決が確定していないので前科にはなりませんが、捜査の対象になったという記録(前歴)は残ります。
宥恕(ゆうじょ)
「許す」という意味の法律用語です。示談書では「被害者は加害者を宥恕し、刑事処罰を求めない」といった形で書かれます。
被害者の処罰感情は、検察官が処分を決めるときの重要な判断材料のひとつです。そのため、示談が成立していても宥恕にあたる文言がまったくない示談書では、刑事面での意味合いが弱くなりやすい、というのが実務上の一般的な理解です。
ただし、ここには2つの注意点があります。
第一に、宥恕の文言があれば結論が決まる、というものではありません。事案の重さ、態様、常習性など他の事情もあわせて総合的に判断されます。この点は、実務家の側からも指摘されてきたところです。
第二に、「宥恕」は日常語ではないため、相手が意味を理解しないまま署名すると、後から「意味が分かっていなかった」と争われる余地を残します。近年は「厳しい処罰までは求めません」といった平易な表現を用いる例も増えています。
さらに風俗トラブルで重要なのが、不同意わいせつ罪(刑法176条)や不同意性交等罪(同177条)は2017年の法改正で非親告罪になっているという点です。被害者の告訴がなくても起訴できる建て付けですから、示談が成立し宥恕が得られても、それだけで自動的に不起訴になるわけではありません。示談は「有力な判断材料のひとつ」という位置づけで理解しておくのが正確です。
清算条項(せいさんじょうこう)
「この件については、示談書に書かれたもの以外に、お互い何の債権債務もないことを確認する」という条項です。蒸し返しを防ぐために置かれます。
民法696条は、和解が成立すると、後から違う証拠が出てきても和解の内容が優先される(確定効)と定めています。清算条項はこの効力を明確にするものです。
ただし、「これを入れれば追加請求のリスクがなくなる」と言い切れるものではありません。効力が及ぶ範囲には限りがあるからです。
- 人的な範囲――効力が及ぶのは、原則としてその示談の当事者とその承継人です。署名していない人からの請求までは止められません。
- 事項的な範囲――取り決めた事項についてのみ及びます。「本件」が何を指すのかが曖昧だと、範囲をめぐって争いになる余地が残ります。
- 例外的に覆り得る場合――最高裁昭和43年3月15日判決は、損害の全体を把握しがたい状況で早急に少額の賠償金で示談した事案について、放棄したといえるのは示談当時に予想していた損害の賠償請求権に限られる、という考え方を示しています。ほかに、錯誤(民法95条)や詐欺・強迫(同96条)による取消し、公序良俗違反(同90条)が問題になることもあります。
つまり清算条項は強力だが万能ではない、というのが正確な理解です。
3. 刑事のレイヤーで出てくる言葉(ミニ辞典)
| 用語 | 意味 | 風俗トラブルでの補足 |
|---|---|---|
| 被害届 | 被害を受けた事実を警察に申告する書面 | 法律上「取り下げ」の手続きは定められていません |
| 告訴 | 被害申告に加え、処罰を求める意思表示 | 取消しができるのは起訴前まで(刑事訴訟法237条1項) |
| 非親告罪 | 告訴がなくても起訴できる犯罪 | 性犯罪は2017年改正で非親告罪化 |
| 在宅事件/身柄事件 | 身体拘束されないまま捜査が進む事件/逮捕・勾留されている事件 | 在宅でも捜査は進みます |
| 勾留 | 逮捕に続く身体拘束 | 逮捕から最長72時間+勾留原則10日+延長最長10日=最長23日 |
| 送致 | 警察から検察官へ事件を送ること | 送致=起訴ではありません |
| 被疑者/被告人 | 起訴前の呼び方/起訴後の呼び方 | 呼び方が変われば手続きの段階も変わります |
| 起訴 | 検察官が裁判を求めること | 正式裁判の請求と、略式命令の請求があります |
| 略式命令(略式起訴) | 公判を開かず書面審理で100万円以下の罰金・科料を科す手続き(刑事訴訟法461条) | 本人の同意が前提。罰金刑の定めがない罪(176条・177条など)では使えません |
| 執行猶予 | 言い渡された刑の執行を一定期間猶予すること | 猶予でも有罪判決であることに変わりはありません |
| 前科/前歴 | 有罪判決が確定した記録/捜査の対象になった記録 | 罰金でも前科です。不起訴なら前科は付きませんが前歴は残ります |
| 公訴時効 | 起訴できる期間の制限 | 不同意わいせつ罪は12年、不同意性交等罪は15年 |
4. 民事・お金のレイヤーで出てくる言葉(ミニ辞典)
| 用語 | 意味 | 風俗トラブルでの補足 |
|---|---|---|
| 損害賠償 | 違法な行為で生じた損害の埋め合わせ(民法709条) | 治療費・検査費・休業分などを含みます |
| 慰謝料 | 精神的苦痛に対する賠償(民法710条) | 示談金の中心になることが多い部分です |
| 違約金 | 約束違反があったときに払う取り決めのお金 | 店が言う「罰金」の実質はこれにあたることが多いです |
| 内容証明郵便 | いつ・誰が・どんな文面を送ったかを郵便局が証明する制度 | 証明されるのは差出しの事実と文面で、請求内容の正しさではありません |
| 代理人 | 本人に代わって交渉する立場の人 | 店は、当然に相手方本人の代理人ではありません |
| 非弁行為 | 弁護士でない者が報酬目的で法律事務を扱うこと(弁護士法72条) | 店が報酬目的で本人に代わり示談交渉をすれば問題になり得ます |
| 任意弁済 | 争わずに自分の意思で支払うこと | いったん支払った金額の回収は、一般に容易ではありません |
| 債務不存在確認訴訟 | 「支払義務はない」ことを裁判所に確認してもらう手続き | 請求が止まらないときの選択肢のひとつです |
| 消滅時効 | 一定期間の経過で権利が行使できなくなる制度 | 不法行為は損害と加害者を知った時から3年、行為時から20年(民法724条) |
5. 風俗トラブルで特に意味がズレやすい3つの言葉
ここからが、一般的な刑事事件の解説では触れられにくい部分です。
①「罰金」――刑罰なのか、店との約束なのか
**刑罰としての罰金は、裁判所(略式命令を含む)でなければ科せません。**私人である店や個人が、誰かに罰金という刑罰を科すことはできません。
にもかかわらず、風俗の現場では「規約違反だから罰金100万円」といった言い方がされることがあります。この「罰金」の実質は、店との約束にもとづく違約金の請求であり、刑罰とはまったく別のものです。
したがって、支払義務があるかどうかは、
- そもそも事前にそのような合意があったか
- 金額が過大すぎないか(公序良俗=民法90条)
- 強く迫られて署名したものではないか(強迫=民法96条)
- 店に実際に損害が生じているか
といった観点から検討することになります。「罰金」という言葉の響きに引きずられて、支払義務が確定しているかのように受け取らないことが大切です。
②「示談」――誰と示談したのか
店に支払っても、相手方本人との清算が成立したことにはなりません。
示談は当事者間の契約です。店と交わした書面の当事者が「店」である以上、清算条項の効力も店との間にしか及びません。あとから本人が独自に賠償を求めてきた場合、それは「蒸し返し」ですらなく、別の当事者からの新たな請求ということになります。
また、風俗の場面では相手方が源氏名でしか分からないことも多く、そもそも「誰と示談するのか」の特定自体が実務上の課題になります。示談書を確認するときは、当事者欄に誰の名前が書かれているかを最初に見てください。
なお、店が報酬を得る目的で従業員本人に代わって示談交渉を行うことは、弁護士法72条が禁じる非弁行為の問題を生じ得ます。2026年2月には、風俗店の店長らが客との示談交渉をめぐって弁護士法違反の疑いで逮捕されたと報じられた例もあります。
③「取り下げ」――何を取り下げるのか
「被害届を取り下げてもらえば終わる」と説明されることがありますが、正確ではありません。
- **被害届には、法律上の取下げ手続きが定められていません。**実務上「取下書」を提出することはありますが、それによって捜査が当然に終了するものではありません。
- 告訴の取消しは起訴前に限られます(刑事訴訟法237条1項)。しかも性犯罪は非親告罪ですから、取り消しても起訴できないわけではありません。
- 示談書に「告訴しない」と書いても、捜査機関を拘束するものではありません。
つまり、取下げは「効果が期待できる材料のひとつ」であって、スイッチのように事件を止めるものではない、という理解が実態に近いといえます。
6. 意味の分からない言葉にサインしないための3つの確認
用語をすべて覚える必要はありません。書面を差し出されたとき、次の3点を確認するだけでも、判断の質は大きく変わります。
(1)誰と誰の書面か
当事者欄を見てください。相手は本人か、店か、代理人か。代理人であれば、誰の代理人かが書かれているはずです。
(2)何について、いくらを、いつまでに、どんな根拠で求めているのか
この4点が特定されていない請求は、そもそも中身を検討できません。口頭で言われたことではなく、書面に書かれた文言を確認します。
(3)分からない言葉があれば、その場では署名しない
「今日中に」「ここで決めてもらわないと」と迫られる場面ほど、いったん持ち帰る意味があります。**その場で払わない・その場でサインしない・身分証や携帯を預けない。**これは相手から逃げるためではなく、正しく責任の範囲を確定させるための行動です。
同時に、やり取りの記録(メッセージ、通話履歴、書面の写真)を自分から消さないでください。自分に不利に見える記録も、後から経緯を説明するための材料になります。
まとめ
- 風俗トラブルの用語は、刑事のレイヤーと民事(お金)のレイヤーに分けて捉えると整理しやすくなります。
- 示談は民事の契約、不起訴は検察官の処分、宥恕は許すという意思表示、清算条項は蒸し返しを防ぐ取り決めです。
- 性犯罪は非親告罪であるため、示談や宥恕があっても自動的に不起訴になるわけではありません。一方で、判断材料としての重みは小さくありません。
- 清算条項も万能ではなく、署名していない相手からの請求までは止められません。
- 店が使う「罰金」は刑罰ではなく違約金の俗称であり、支払義務の有無は別途検討する必要があります。
言葉の意味が分からないまま署名や支払いをしてしまうと、後から修正するのに大きな労力がかかります。逆に言えば、その場で結論を出さないだけで守れるものは少なくありません。判断に迷う書面が手元にある段階で、弁護士に確認することをおすすめします。


