管理職の「バカか?」発言はパワハラか/会社が確認すべき判断基準と実務対応人事トラブル相談室⑧】

桐生英美

桐生英美

テーマ:人事トラブル

管理職の「バカか?」発言はパワハラか|会社が確認すべき判断基


たとえば、製造業の現場で、納期ミスが続いた部下に対し、現場リーダーが周囲の社員の前で、

「お前、バカか。何回言ったら分かるんだ」

と発言したとします。

現場リーダー本人には、
「強く指導しただけ」
「納期ミスを繰り返していたので、注意する必要があった」
という認識があるかもしれません。

一方で、言われた部下が相談窓口に、
「暴言を受けた」
「周囲の前で侮辱された」
と相談してきた場合、会社はどのように判断すべきでしょうか。

このような相談は、実務上とても悩ましいものです。

会社としては、
「一度の発言でパワハラになるのか」
「指導と暴言の境界線はどこか」
「本人に悪気がなければ問題ないのか」
と迷うことがあります。

結論から言えば、「バカ」という言葉は、会社の指導場面では原則として使うべきではありません。

なぜなら、業務上の改善点を示す言葉ではなく、相手の人格や能力を否定する表現として受け取られやすいからです。

もちろん、パワハラに該当するかどうかは、言葉だけで機械的に決まるわけではありません。
発言の状況、頻度、関係性、業務上の必要性、周囲への影響などを総合的に確認する必要があります。

ただし、企業の実務としては、
「例外的に許される場合があるか」
を探すのではなく、
「人格否定と受け取られる言葉を、職場の指導で使わせない」
という運用にすることが大切です。

パワハラの基本的な考え方


職場のパワーハラスメントは、厚生労働省の指針では、次の3つの要素をすべて満たすものと整理されています。

1. 優越的な関係を背景とした言動
2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
3. 労働者の就業環境が害されるもの

また、客観的に見て、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワーハラスメントには該当しないとされています。([厚生労働省][1])

そのため、管理職が部下に注意すること自体が、直ちにパワハラになるわけではありません。

たとえば、

「この作業手順は誤っています。次回からは手順書の3番を確認してください」
「納期に遅れる場合は、前日の時点で必ず報告してください」
「同じミスが続いているので、原因を一緒に確認しましょう」

このような指導は、業務上必要な範囲であれば、通常は適正な指導として整理されます。

問題になるのは、指導の中で、人格や能力そのものを否定する言葉が使われる場合です。

なぜ「バカ」は危ないのか


「この作業の進め方が間違っている」
これは、業務上の行動に対する指摘です。

一方で、
「お前はバカか」
という言葉は、行動ではなく、相手の人格や能力そのものを否定する表現として受け取られやすくなります。

本来、指導で伝えるべきなのは、次の3点です。

* 何が問題だったのか
* なぜ改善が必要なのか
* 次にどう行動すればよいのか

ところが、「バカ」という言葉には、この3点が含まれていません。

ミスの原因も分からない。
改善方法も示されていない。
次に何をすればよいかも伝わらない。

それどころか、言われた側には、
「自分そのものを否定された」
「周囲の前で恥をかかされた」
という印象が残ることがあります。

つまり、「バカ」は指導の言葉ではなく、感情的な非難として受け止められやすい言葉です。

そのため、状況によっては、厚生労働省が示すパワハラの6類型のうち、
精神的な攻撃、具体的には侮辱やひどい暴言に近いものとして問題になる可能性があります。
政府広報オンラインでも、パワハラの6類型の一つとして「精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言など)」が挙げられています。([政府オンライン][2])

「一度だけなら大丈夫」とは限らない


実務でよくある誤解が、
「一度だけの発言なら問題ないのでは」
というものです。

たしかに、継続的に暴言が繰り返されている事案と、一度だけ強い言葉が出た事案では、評価が異なることがあります。

しかし、一度だけであっても、次のような事情があると、会社としては慎重に対応する必要があります。

* 周囲の社員の前で発言された
* 相手の人格や能力を否定する言葉だった
* 発言後に謝罪やフォローがなかった
* その社員が強い精神的苦痛を訴えている
* 過去にも同じ管理職から強い言葉を受けていた
* 職場で同様の言動が常態化している

パワハラ該当性は、言葉だけでなく、状況を総合的に見て判断されます。

したがって、会社としては、
「1回だから問題なし」
「本人に悪気がないから問題なし」
と決めつけるのではなく、事実関係を丁寧に確認する必要があります。

裁判例をどう見るべきか


ハラスメントの相談では、
「裁判例では強い言葉が許されたこともあるのでは」
という話が出ることがあります。

たしかに、裁判例の中には、医療現場などの特殊な状況を踏まえ、強い言葉が直ちに違法とまでは評価されなかったものもあります。

ただし、ここで注意が必要です。

そのような判断は、一般的に、

* 緊急性があったか
* 安全確保の必要性が高かったか
* 高度な専門職への指導だったか
* 発言が一時的だったか
* 継続的な人格攻撃ではなかったか
* その後の関係やフォローはどうだったか

など、具体的事情を踏まえて行われます。

つまり、裁判例に例外的な判断があるとしても、一般企業が日常の指導で人格否定的な言葉を許容してよい、という意味ではありません。

会社としては、例外的なケースを根拠に、
「この程度なら許される」
と考えるのではなく、
人格否定と受け取られる言葉を使わずに指導する方法を整える
ことが現実的です。

会社が確認すべき5つの判断軸


管理職の「バカか?」という発言が問題になった場合、会社は感情的に判断せず、次の5つの軸で事実を整理することをおすすめします。

1. 業務上の必要性があったか


まず、その発言が業務上の必要性に基づくものだったかを確認します。

たとえば、納期ミス、品質不良、安全ルール違反、顧客対応ミスなど、注意すべき業務上の問題があったのか。

ここは重要です。

ただし、業務上の問題があったとしても、人格否定的な言葉が当然に許されるわけではありません。

必要なのは、業務上の問題を指摘することです。
人格を攻撃することではありません。

2. 緊急性があったか


次に、緊急性を確認します。

たとえば、重大事故につながる危険が差し迫っていたのか。
その場で強く制止しなければ、人の安全や会社の重大な利益が害される状況だったのか。

緊急性が高い場面では、通常より強い表現になることがあります。

しかし、その場合でも、人格否定的な表現が当然に許されるわけではありません。

緊急時の制止と、侮辱的な言葉は分けて考える必要があります。

3. どこで、誰の前で言ったのか


同じ言葉でも、1対1の面談で言われた場合と、周囲の社員がいる前で言われた場合では、受け止められ方が変わります。

周囲の前で、
「お前、バカか」
と言われれば、本人は恥をかかされたと感じやすくなります。

公開の場での叱責は、本人の心理的負担を大きくすることがあります。

そのため、会社としては、

* 誰の前で発言したのか
* どのような場面だったのか
* 周囲はどう反応したのか
* 本人はその後どう変化したのか

を確認する必要があります。

4. 継続性があったか


一度だけの発言なのか、同じような発言が繰り返されていたのかも重要です。

たとえば、日常的に、

「バカ」
「使えない」
「何回言っても分からない」
「向いていない」

といった言葉が使われていた場合、職場全体の指導文化に問題がある可能性があります。

管理職本人は、
「いつもの言い方」
と思っているかもしれません。

しかし、部下にとっては、繰り返されるたびに精神的負担が積み重なっていることがあります。

5. 特定の社員に偏っていないか


同じようなミスをした社員が複数いるのに、特定の社員だけが強く叱責されている場合、不公平感や人格攻撃の問題が出やすくなります。

会社としては、

* 同じミスに対して同じように指導しているか
* 特定の社員だけが標的になっていないか
* 上司の好き嫌いや相性で対応が変わっていないか

を確認する必要があります。

ハラスメント相談の背景には、言葉そのものだけでなく、
「なぜ自分だけがこう扱われるのか」
という不公平感があることも少なくありません。

冒頭のケースに当てはめると


冒頭のケースでは、納期ミスが続いていたため、業務上の指導の必要性はあったと考えられます。

しかし、

* 「バカ」という人格否定的に受け取られやすい言葉を使っている
* 周囲に5人いた
* 緊急性が高い場面とは言いにくい
* 発言後のフォローが不明
* 継続性や偏りは追加確認が必要

という事情があります。

したがって、会社としては、
「指導だから問題なし」
と処理するのは危険です。

まずは本人、発言したリーダー、周囲にいた社員から事実関係を確認し、必要に応じてリーダーへの注意指導、謝罪やフォロー、管理職研修、再発防止策を検討することになります。

現場で起きやすい3つの誤解


誤解1:「厳しい指導は必要だから、強い言葉も仕方ない」

厳しい指導が必要な場面はあります。

しかし、厳しい指導と人格否定は別です。

たとえば、

「この作業手順は間違っています。今すぐやり直してください」
「納期遅れが続いています。原因と改善策を今日中に報告してください」

これは、厳しい指導です。

一方で、

「バカか」
「使えない」
「お前には無理だ」

これは、行動ではなく、人格や能力そのものを否定する表現になりやすい言葉です。

管理職には、厳しく伝える力だけでなく、正確に伝える力が必要です。

誤解2:「本人に悪気がなければ大丈夫」

ハラスメント対応では、行為者の悪意の有無だけで判断することはできません。

もちろん、悪意があったかどうかは事情の一つです。
しかし、悪気がなかったとしても、言動の内容や影響によっては問題になります。

実務上は、

* どのような言葉だったか
* どのような場面だったか
* 相手にどのような影響があったか
* 業務上必要な範囲だったか
* その後、会社がどう対応したか

を整理する必要があります。

「悪気がなかった」で終わらせると、相談者の不信感が強まり、問題が大きくなることがあります。

誤解3:「一度だけなら会社として対応しなくてよい」

一度だけの発言でも、相談があった以上、会社として放置はできません。

もちろん、すぐに懲戒処分という話ではありません。

しかし、少なくとも、

* 相談内容を記録する
* 事実関係を確認する
* 発言者に事情を聞く
* 必要に応じて注意・指導する
* 再発防止策を検討する

といった対応は必要です。

会社が何もしなければ、相談者は
「会社は問題を軽く扱った」
と感じる可能性があります。

企業が整えるべき4つの実務対応


1. 人格否定につながる言葉を明確に禁止する

まず、会社として、指導の場面で使ってはいけない言葉を明確にすることです。

たとえば、

* バカ
* 使えない
* 向いていない
* 何回言っても分からない
* 辞めた方がいい
* 普通はできる
* お前のせいだ

こうした言葉は、業務上の改善点を示すものではなく、人格や能力を否定する表現として受け取られやすいものです。

就業規則やハラスメント防止規程、研修資料の中で、
「人格否定や侮辱的な表現は使用しない」
と明確にしておくことが大切です。

2. 管理職の判断基準をそろえる

管理職ごとに指導の基準がバラバラだと、職場に不公平感が生まれます。

ある管理職は強い言葉で叱る。
別の管理職は何も言わない。
ある部下には厳しいが、別の部下には甘い。

このような状態では、社員は会社の指導に納得しにくくなります。

管理職には、少なくとも次の考え方を共有しておく必要があります。

* 指導は人格ではなく行動に向ける
* 公開の場で感情的に叱責しない
* 指導の理由と改善方法を伝える
* 同じ事案には同じ基準で対応する
* 指導後のフォローを行う
* 必要に応じて記録を残す

これらを管理職研修で共有しておくと、現場対応のばらつきを減らすことができます。

3. 指導記録・面談記録を残す

ハラスメント相談があったとき、会社が困るのは、
「言った、言わない」
の状態になることです。

管理職としては正当な指導だったと考えていても、記録がなければ、後から説明しにくくなります。

指導した場合には、

* いつ
* 誰に
* 何について
* どのように伝えたか
* 本人がどう受け止めたか
* 次に何を改善することになったか

を簡単に残しておくことが有効です。

記録は、部下を追い詰めるためのものではありません。

会社として、適正な指導だったことを説明するため、また次回以降の支援につなげるためのものです。

4. 「叱り方」ではなく「伝え方」を教育する

ハラスメント研修というと、
「何を言ってはいけないか」
に偏りがちです。

もちろん、禁止すべき言葉を知ることは大切です。

しかし、それだけでは管理職が、
「結局、何も言えない」
と感じてしまうことがあります。

大切なのは、言ってはいけない言葉を教えるだけでなく、
どう伝えればよいか
を教育することです。

たとえば、

「バカか」ではなく、
「この作業手順が守られていません。次回からは確認表のこの項目を確認してください」

「何回言ったら分かるんだ」ではなく、
「同じミスが続いています。原因を一緒に整理しましょう」

「お前には無理だ」ではなく、
「今の進め方では期限に間に合いません。担当範囲を見直しましょう」

このように、人格ではなく行動に焦点を当て、改善方法まで伝えることが重要です。

管理職セルフチェック


管理職の方は、次の点を一度振り返ってみてください。

* 今週、行動ではなく人格を評価する言葉を使っていないか
* 強い言葉を使った後、理由や改善方法を説明したか
* 同じミスをした複数の部下に、同じ基準で対応したか
* 特定の部下だけに強い言葉を繰り返していないか
* 指導内容を後から確認できる形で残しているか
* 公開の場で感情的に叱責していないか
* 指導後に、本人の理解や受け止めを確認しているか

1つでも気になる点がある場合は、管理職個人の問題として終わらせず、会社として指導の仕組みを見直すことをおすすめします。

まとめ|問題は「言葉」だけでなく、指導の仕組みにある


「バカ」という言葉は、会社の指導場面では原則として使うべきではありません。

業務上の改善点を示す言葉ではなく、相手の人格や能力を否定する表現として受け取られやすいからです。

ただし、パワハラに該当するかどうかは、言葉だけで機械的に決まるものではありません。

会社としては、

* 業務上の必要性があったか
* 緊急性があったか
* 周囲の前で言ったのか
* 継続性があったのか
* 特定の社員に偏っていなかったか

といった事情を確認する必要があります。

一方で、実務上もっと大切なのは、
「この発言はパワハラかどうか」
だけを後から判断することではありません。

そもそも管理職が人格否定的な言葉を使わずに、必要な指導を適切に行える仕組みを整えることです。

当事務所では、中小企業の実情に合わせて、

* 管理職向けハラスメント防止研修
* 指導・面談時の「伝え方」研修
* 就業規則・ハラスメント防止規程の整備
* ハラスメント相談が起きたときの初動対応支援
* 指導記録・面談記録の運用設計
* 管理職の対応基準づくり

についてご相談を承っています。

「管理職の言葉遣いに不安がある」
「ハラスメント相談が起きたときの対応を整理したい」
「厳しく指導したいが、パワハラと言われるのが怖い」
「研修や規程整備を見直したい」

このような場合は、問題が大きくなる前に、早めに対応方針を整理しておくことをおすすめします。

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根拠・参考情報

本記事は、以下の法令・行政資料を参考にしています。

* 労働施策総合推進法
職場におけるパワーハラスメント防止措置義務

* 厚生労働省
「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」

* 厚生労働省
「職場におけるハラスメント」

* 政府広報オンライン
「NOパワハラ なくそう、職場のパワーハラスメント」

※本記事は、一般的な人事労務実務の考え方を整理したものです。
実際の判断は、発言内容、業務上の必要性、緊急性、発言の場所、頻度、本人の受け止め、職場環境への影響、会社の規程や過去の対応状況によって異なります。
個別事案では、最新の法令・行政資料を確認したうえで、慎重に対応することが必要です。

[1]: https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf "○ 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に ..."
[2]: https://www.gov-online.go.jp/article/201304/entry-8380.html "NOパワハラ なくそう、職場のパワーハラスメント"

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桐生英美
専門家

桐生英美(社会保険労務士)

日本経営サポート株式会社

民間企業での人事経験25年、社労士登録30年。労基署対応、労務トラブル対応など、現場実務を中心に支援してきました。経営と法令のバランスを考え、実務としてどう整えるかを経営者と伴走する社労士です。

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