年は忘れて考えない
炊(煎)くということ
四ヶ月の間陰干にした当帰を、42℃のお湯で洗い整えて(湯もみ)、乾燥機に入れて8時間ほど経つと表面だけが乾いて中に水分が残る。握ってみるとスポンジ様触感で、まだ中に水分がたくさん残っている。その37時間後ちょうど良い具合に乾燥が仕上がる。梅の花がほころぶ頃、暗い早朝からの作業は寒くて辛いが、それよりも睡眠不足のほうが体に堪える。最初は乾燥機内の湿度を調節するのに手間がかかるからである。その作業は夜通しに亘る。しかしこの作業如何で生薬中の有効成分が決まるので手が抜けない。
生薬の乾燥は、当然ではあるが表面から少しずつ乾いていくのでその有効成分は中へ中へと移動する。(エキス含量を少しでも高めるためなるべく温度を上げ過ぎずに時間をかけてゆっくり乾かす。)切断面の色は中心に行くほど濃くなっていくのでその様子がよく分かる。漢方薬を炊(煎)くということは、生薬の奥のほうに集約された有効成分をより確実に抽出するためである。四ヶ月と45時間かけて閉じ込めた成分を、土瓶の遠赤外線効果を活かし生薬の奥のほうまで熱を加え、あまり激しく沸騰させないように1時間かけてゆっくり取り出していく。浮かび上がる灰汁を何回もおたまで取り除くと味も大変まろやかになる。息子のウィルス性腸炎に黄芩湯が劇的に効いたのは、人の手で心を込めて作り上げた煎じ薬だからであり、はたしてエキス剤ではどうなっていたであろうか。
煎じる過程で複数生薬が土瓶の中で滞留し熱の力を借りて新しい物質が作り出される。生薬の相乗効果によって予想外の効果を発揮する成分となる。そして、その成分が体内に入ると生化学的な拮抗作用によって有効に作用する。例えば「附子は体を温める」というが、生体防御反応に働きかけることにより(附子の毒を外に追い出そうとして)心拍を速め、血流が良くなりその結果体温上衝するのである。「痛み」に対しても、腎血流量が増えることにより余分な水気が除かれた結果、陰証の身体四肢骨節の疼痛を治すのである。また、傷寒論厥陰病の病勢は、危篤の証であり体の新陳代謝は極端に落ち冷え切っている状態であるが、この時登場する通脈四逆湯の主役は附子と乾姜で、胸中を温め起死回生を狙うが、四逆湯と比較してみると附子の量は同じで乾姜を2倍にしている。「厥逆」に臨むこの方は附子・乾姜の相乗効果によって温める効果を倍増していると言える。
煎じ薬は水で煎じるが、私が汎用する当帰四逆加呉茱萸生姜湯は、原典に従って清酒を入れて煎じると、より体が温まりやすいといわれることが多い。妊娠を希望される方はできるだけ頑張っていただいている。銘柄を聞かれるが、「辛口はよく散じ、甘口は中に居て緩やかで」と答え、甘口か、辛口でと言っている。酒煎する薬方は、栝楼薤白白酒湯、栝楼薤白半夏湯、炙甘草湯、芎帰膠艾湯がある。煎じ薬を調合し、お出しすることは、患家とその家族と一緒になって病に立ち向かうという心の繋がりを持つことができる。そのことは料理でも同じで、家族のために心を込めた料理は家族がひとつになりそこに笑いが多くなる。まさに「笑う門には福来る」である。
味(効)を出すための生薬の作り方、見極め方
生薬の作り方
昨年は2回目の芍薬の収穫の年となった。芍薬の収穫は5年置きであるため、10年で2回しかできない。気が長くなる話である。その重要点は、1)良い種の選別 2)生薬の育つ環境 3)乾燥方法であると考えている。伊豆の山中の寒暖の差がある場所で無農薬有機肥料にて栽培を行い、自らの手で一本一本大切に乾燥して仕上げた。乾燥方法では、芍薬の場合、日本薬局方乾燥減量の規格に合わせるため、赤外線水分計を使い、乾燥機の温度を35℃から50℃に少しずつ上げ24時間、45時間、57時間乾燥したものを測定。結果、18.7%、5.9%、5.6%の水分量となり合計57時間のものを採用した。(規格は% 以下)1750Kgのドロ付き芍薬を、800Kgの原料芍薬と、950kgの苗やドロに分けその後20日をかけて乾燥芍薬に作り上げる。年末から始めてその作業は4ヶ月を要した。
当帰の葉が生い茂る夏の暑い日、その葉っぱを買い物袋一杯もぎ取りそのままお風呂に入れて入浴してみたところ、体がぽかぽかして一晩熱くて眠れなかった。皮膚も滑々して髭剃りが3日間大変楽であった。もし取れたての生薬で漢方薬をつくりその場で服用できたらどれほど有効であるのかと胸が躍ったことを思い出す。味(効)を出すための生薬の作り方は、純粋な有効複合成分を生薬の中で増やす環境を作って上げられるか、そしていかに生薬のもっている薬力を損なわないように加工し、有効成分を壊さない様に効率よく体内に入れることが出来るかである。雑草との共存、生薬の干し方、そして煎じ方、酒煎、酒服、丸薬、散薬・・・1つ1つ大切な意味が隠されている。効かせる為にはやはり基本が大切である。
生薬の見極め方
生薬加工の切り方(小口切、斜切、角切など)によって、成分の抽出率が違うのかと疑問を持ったことがある。漢方薬を作り加工するといってもなかなか出来るものではなくほとんどが問屋さん頼みになるが、良否の鑑別を知っておくことはとても大切である。芍薬は「冬に根をとって粗皮を去らず、日光にて乾燥したものを生乾と申します。所謂赤芍であって、太さ指のやうに能く肥つて硬く、外皮淡紅色を帯び内部白色を、呈せる長い棒状をなしてある味の苦く渋いものがよろしい。細いものや、短く折れたものや、内部の褐色に変じたもの及び虫食ひのあるものはいけませぬ。白芍と申すものは冬に根を採り直ちに粗皮を除いて、沸湯の中に投げ入れて煮沸すると、湯が黒色を呈するやうになります。それを引き揚げて乾燥したものでありますから効力は弱くなつてあります。」と言っている。
大棗 皺紋の少ない内部黄白色の核の小さな、果肉の多い丸いもの。【圓様(まるでよう)】
硬く皺の多い果肉の少ないもの、長いもの【長様(ながでよう)】は良くない。(圓様は、天津大棗に当たるが、今は少なく日本での流通はない。長様は河北、河南産をいう)
桂皮 皮の厚い重みのある裏の紫赤色の油分の多いもの。味は辛く甘い香気の少々激しい品が良い。裏面の黒味を帯びたものや、朽ちて辛味の抜けたものは劣品。皮が薄くても色合のよい辛味の強いのは用いてよい。
生姜 肥大に発育してある、内部の白い味の至って辛い香気のよい新しい母根(古根)が良い。暗黒色を帯びたものや、瘠せて細いものや、若根(わかね)や、しなびたものはいけない。1片を二分五厘(0.9375g=約1g)とする。
【1厘=0.0375、1分=0.375g、1匁(もんめ)=約3.75g、1両37.5g、1斤600g(斤=16両) ※漢書律歴志によると漢の時代の1両は今の2.5匁(約10g)としていた。薬物を測るときは、八百屋が測る1両の10分の1と、名医別録が言っている。尾台榕堂も類聚方広義1両=2.5分とある。】
甘草 太さは鞭位で、皮が薄くて赤味を帯びその破折面が鮮黄色で質の堅いしまっている長くて真直な極めて甘いものがよい。これは南京甘草と呼ぶもので、根の肥大な、皮部の粗い、内部淡黄色を呈するものは福州甘草。大抵根の大小にかかわらず、味の甘い内部の黒く朽ちないものや、茶褐色に変じていないものを選ばなければならない。然し色相がよくても余り細いものはいけない。亦その直径一寸位の太さで、よくしまってある、横断面の紋理の鮮やかなものは李時珍が紛草と称えもの。(南京甘草は、西北甘草にあたり、福州甘草は、絶滅の危機にある東北甘草にあたる)
煎じ薬でよく効いた3つの症例
不妊症で、子宮外妊娠で左の卵管を切除した方が左の卵巣から排卵した卵(専門医によるエコーで確認)で自然妊娠(6ヶ月服用)された症例があり、それを読まれたお客様が2月に同じように妊娠され、来月9月にご出産予定である。
症例1 不妊症歴2年 29歳 女性 身長162㎝ 体重48kg
体質: 中肉中背、イライラしやすい、よく笑う、やや手足の冷え、お風呂は短い、足のむくみ、大便1日1回、頭痛、唇の乾燥(冬)、首肩凝りストレスによる胃痛、ガスが良く出る、腰痛、生理痛、生理不順(40-45日周期)、酸味、甘味、塩辛いものを好む、睡眠時間6時間、運動は特になし、当帰芍薬散(ツムラ)服用中。
既往歴: 子宮外妊娠で左卵管切除 急性胃炎、蕁麻疹
家族歴:甲状腺腫(母親)
舌診:湿潤して微白苔、舌深静脈やや怒張
経過
当帰建中湯(自家製芍薬7.2g、自家製当帰5.0g、ベトナムNo1桂枝3.6g、国産古生姜3枚、河南大棗3.6g、内蒙古甘草2.4g)服用後30日便の出がスムーズになり、頭痛、生理痛、腰痛が改善、同薬方で40日後自然妊娠した(8週2日)。病院より左で排卵したのは間違えないとのことで、右の卵管采がキャッチして着床した。
症例2 不眠 うつ 37歳 女性 身長150㎝ 体重48kg
体質: やせ方、気が沈む、思い悩む、人に気を使う、寒がり、手足の冷え、喘息、食後眠い、不眠(熟睡できない、途中覚醒、多夢)、低血圧(90,50)、大便1日1回、小便1日5-6回、夜間3回、頭痛、めまい、立ちくらみ、唇の乾き、アレルギー性鼻炎、胃弱、腹冷(冷え腹で下痢)生理不順(月2回のときあり)、睡眠時間8時間、運動マラソン、睡眠剤、抗打うつ剤朝1種類、寝る前4種類(ロゼレム、パキシル、デパス、ほか1種)服用中。サプリメントは5種類服用中。以前エキス剤漢方薬服用(肩こり、冷え)で効果なし。
既往歴: 子宮外妊娠で左卵管切除 急性胃炎、蕁麻疹
家族歴:C型肝炎(母親)
舌診:湿潤して微白苔、舌深静脈怒張なし
経過
半年前から病院で薬を処方されてのみ続けているが一向によくならず、薬は少しずつ増えていて、夜は2時間ごとに目が覚める。本人の希望もあり、抑肝散を60日間服用。一時は眠れるようになったが再び2-3回起きるようになった。過敏性大腸炎で便秘、お腹の張り、腹痛が始まり、小建中湯(自家製芍薬7.2g、ベトナムNo1桂枝3.6g、国産古生姜3枚、河南大棗3.6g、内蒙古甘草2.4g)に変更。15日後腹満、便秘、不眠が劇的に改善。笑顔が出始めた。30日後には病院の漢方薬はすべて中止となり、75日後の3月に至って良好。今月より量を減らしていく予定。
建中湯は、私的使用頻度が多く太陰虚証の薬方のわりに、証が合えば劇的に変化する。上記の2例がそれであるが、その成分の主役が「膠飴・芍薬」である。この二味の薬徴は、建中湯の主証とも言うべき「腹中急痛」を治す為、生薬にはこだわらなければならない。勿論、膠飴はもち米を使わなければならないし、芍薬を自家製にこだわる理由がここにある。その他「手足煩熱」「心中悸して煩する」「虚労」「咽口乾燥」があり、私は、短距離型で、五感に敏感、鼻血が出やすい、乗り物酔が多い、動悸しやすいを目標に処方している。
症例3 頻尿(午後) 子宮内膜症 24歳 女性 身長161㎝ 体重50kg
体質: やせ方、神経質、イライラ、気が沈む、不安感 思い悩む、人に気を使う、悲しむ、手足の冷え、疲れやすい、あくび、食後眠い、低血圧、大便1日1回、小便1日5-6回、残尿感、頭重、めまい、立ちくらみ、腹冷(冷え腹で下痢)生理不順、生理痛、ニキビ、睡眠7時間、肉食 果物
舌診:湿潤して白苔、舌深静脈怒張中程度
経過
桂枝茯苓丸加薏苡仁(ベトナムNo1桂枝4g、北鮮茯苓4g、安徽牡丹皮4g、陜西桃仁4g、自家製芍薬4g、タイ薏苡仁20g)服用10日で、半年間の頻尿が改善。にきびがきれいになってきた。めまい、立ちくらみは少し改善、疲れが良い。現在も継続中。
まとめ
東アジアにおける伝統医学の国際標準として、中医学が妥当であるかを検証する技術委員会(TC249)が国際標準化機構(ISO)のなかで立ち上がったそうだ。これが認められれば日本漢方は亜流とされ衰退の道をたどるようになる。規格外は将来必要性が少なくなるため、生薬自体も今以上に品質が低下する。これではまずいということで、日本伝統医学を標準化する動きが出ているが、日本伝統医学自体が統一されていないので漢方薬に関しては148処方について証の根拠、腹診、舌診などの標準化を目指しているとのこと。また、不安定な自然な生薬を用いるため、成分がどうしても安定しない。薬の安定さをアピールするためにエキス剤で日本の漢方薬の国際標準化を目指す動きもある。当に、日本伝統漢方の危機であり、漢方薬局の危機でもある。ただ、明治維新の医療改正で息の根を止められそうになった漢方医学が、少数の素晴らしき漢方医、伝統薬の継承者、漢方薬局によって大切に守られ今ここにある。漢方薬が三千年に渡り絶えることなく継承されてきたのは、よく効くからであって理解不明の標準化システムや、マネイジメントが優れていた訳ではない。繰り返すが理由はシンプルで、「効果があるから」でしかない。西洋医学では長きに渡って治らないものが劇的に変化させてしまう場合があるから続くのである。私たちはこの基本に返り、煎じ薬を大切にし、患家に集中していかなければいけない。1日1人漢方薬の魅力を伝えていくことである。将来世界から日本漢方を求められるようになるかもしれない。今日本が持っている技術力のように。これが真の国際標準化ではなかろうか。
参考文献:漢方第三の医学 (田畑隆一郎著 源草社)
よくわかる金匱要略(田畑隆一郎著 源草社)
漢法フロンティア (田畑隆一郎著 源草社)
「和漢薬の良否鑑別法及調製方 一色直太郎著」
傷寒論の薬物の分量について 桑木崇秀著
薬事日報(2011,9,26)「漢方の標準化へ基盤整備を推進」