漢方医学の始まり
「グサッ、グサッ、グサッ、スコップを8回突き刺す。後は、力いっぱいスコップの柄を地面に押し付ける。畑の土が30cmほど盛り上がり、その中からは、芍薬の根がまるでたこの足のように姿を現した。5年ぶりの芍薬の根とのご対面である。
芍薬の収穫に立ち会ったのはこれで2回目である。1回目は15年前で、東京麻布、松伯堂医院の中村篤彦先生の畑で堀り上げ、大変苦労した思い出がある。芍薬は約5年間育てて収穫する、少し気が長くなる話だが、収穫の喜びも5年分となる。芍薬は、私たち薬局が一番消費する生薬である。また、私自身、芍薬が入る茶箱の蓋を開けたときの香りが大好きである。」
私たちの薬局は、無農薬・有機肥料で漢方薬を畑から作り始めて20年が経ちます。
どうしてそんな事をするの、とよく聞かれるのですが、理由は二つあります。一つは、漢方薬をゼロから勉強してみたかった、二つ目は、長く体に入るものだから無農薬のほうが良いのに決まっているから、そんな思いでした。薬剤師がやる畑作業などは、プロの方から見れば遊びのように見えるかもしれませんが、真剣に作って来ました。今回から複数回に渡り、芍薬の収穫から加工までの奮闘記をお話させていただきます。それでは、始まりです。
無農薬・有機肥料の畑作りの始まり
「慣れない2トントラックを静岡から千葉の東邦大学まで走らせ、1700Kgの大和芍薬を頂いたのが2003年10月。1袋25kgの芍薬70袋を作業場に入れるのも大変な作業であった。
この芍薬は、12、3年経っているということで、根の太さはなかなかのものである。出刃包丁で何とか2つに切り開くと中は’あんこ’でいっぱいである。あんことは、中心部が腐り黒く鬆になることである。少しでも収量を増やしたいので、このあんこも綺麗にくりぬく。芍薬の表面を軍手で拭きながら、一本一本確認していく。もうすでに母根には来年に向けて鮮やかな赤い芽が出始めている。多いと一株で10本以上はある。赤い芽を3個ずつ残して株を分ける。その後、株分けしたものは畑で畝幅、株間を約1mずつ空けて、植えつけていく。ざっと一袋が終わるのに3時間の仕事だ。
また、作業中、よく胸や腹部に激痛が走る。原因は`あり`である。芍薬の根はよくありが巣を作る。噛まれた後は、直径3cmに腫れ上がり、その後何回となくかゆみに襲われる。幼い頃に足長蜂に刺された時の感覚とよく似ている。このような時は、葛根湯を服用するとよい、と師に教えられた。風邪の始まりの時と同じで体表にある毒を、発汗させてくれるのである。そのことをヒントに、夏のアブ対策、秋のスズメバチ対策として、スタッフ一同エキス剤をポケットに入れるようにしている。
芍薬の加工作業が終わるころは大晦日を数えるまでとなっていた。ドロとあんこを除いた芍薬は、半分に減っていた。それでも総量は800Kg、この量の芍薬の粗皮を剥くのにはどうしたらよいのであろうか。師の知恵を拝借して、明石からたこ洗い機を購入した。お風呂の湯船が、横に回転する機械と思っていただきたい。一回で約50Kgの芍薬と、砂利と砂を入れて芍薬がちょうどつかるぐらいの水を引き、30分回転させる。その動きはダイナミックである。30分後、ふたを開けるとまるで洗剤を入れたように泡でいっぱいになる。その中から顔を出した芍薬は、まるで別人のごとく真っ白であった。赤茶けた芍薬の変貌ぶりは、あたかも血に働く能と、真っ白な筋肉を和らげる働きを兼ね備えていることを教えているようである。」
ひ弱な薬剤師が畑作業をすると、一番大変なのは腰を痛めることです。25Kgの芍薬を積んだり移動したり、当に骨が折れる作業です。ただ良いこともあります。もちろん力がつくのは言うまでありませんが、採りたての薬草をお風呂に入れるとポカポカ温まりぐっすり眠れるのです。当に天の恵みとは、この事を言うのでしょう。芍薬は筋肉を和らげて血行をよくしてくれます。腰痛には芍薬甘草湯、腹痛には小建中湯、頭痛には桂枝湯と全て芍薬が入ります。私はこの芍薬の香りを嗅ぐだけで、気持ちまでゆったりします。全身の緊張を緩めてくれる素晴らしい薬草です。