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高松市の「屋島」(標高292メートル)で、7世紀後半に日本の防御拠点として築かれた古代山城の一つ「屋嶋城」の城門(高さ6m、長さ50m)の復元が進んでいます。市が2015年度完成を目指し整備中の遺構で、城門の石積みが大量に残っていたことから、築城当時の姿が精巧に再現される見通しです。
「日本書紀」によると、「屋嶋城」は「白村江の戦い」(663年)に敗れた「天智天皇」が外国の侵攻に備え、667年に築いたとされていますが、長く遺構が確認されず、〈幻の城〉とも呼ばれていました。
「屋島」は名前のとおり,古代において島でした。「屋島」は瀬戸内海の中でも備讃瀬戸の東限に位置し,畿内に抜ける海上ルートにおける要所で、特に、「唐」「新羅」の大船団を迎え撃つには非常に重要な場所だったようです。
「屋嶋城」の城壁は山上を全長7kmに渡ってめぐらしていたと考えられていますが,そのほとんどは断崖絶壁で、人工的に城壁が築かれていたのはそのうちの約1割程度で、自然地形を最大限に活用した古代山城です。「屋島」は北嶺と南嶺と呼ばれる二つの山から構成されていますが、城壁などの遺構は南嶺のみで確認されています。また、北嶺と南嶺の間の西側には大きな谷があり、標高100m付近に山上の城壁とは別に城壁が築かれています。
《讀賣新聞13.05.10夕刊》
タウ・プロジェクトマネジメンツ一級建築士事務所