生産性を上げる、戦略的人事考課 【商人舎magazine12月号】原稿
居抜き物件、他社物件への出店を成功させる基本の考え方で、まず大切なのは、良質な居抜き物件の情報をいち早くキャッチできる体制をつくることだ。不動産会社などとの関係強化はもちろん、銀行や同業他社とのつながり、地元の信用金庫や商工会議所などとのネットワークも有効である。撤退情報や閉店予定の店舗情報は、意外とクローズドな情報の中にあったりする。
スーパーマーケットの撤退跡の出店は、省エネ設備や什器、ピットや給排水設備、冷媒配管や排煙ダクトなど、条件が合えば、計画から出店までの期間は、大幅に短縮されることになる。
逆に、経年劣化などの問題が多ければ、コストアップと開店までの準備期間は、確実に長くなる。
また、ホームセンター内の出店、または撤退跡に出店する場合は、ピット工事や排煙ダクト新設などや、照明や空調、床の強度調整など、スーパーマーケットの生鮮売場に必要な設備が必要となる。これらの部分は、新設工事のため、ある意味、新店よりコストが掛かる場合もある。
そこで、居抜き出店のメリットとボトルネックについて、建築と設備に分けて整理しておこう。
建築関係(ハコもの)
【メリット】
①工期が短い・初期投資が抑えられる
既存骨格・外壁・屋根を流用できるので、スケルトンから建築するより、おおよそ30〜40%ほど工期短縮できて、投資額は20〜30%は削減が可能だ。
②近隣住民・行政との調整が短縮できる
既存物件は、用途実績があることから、用途変更や騒音・交通動線に対して、近隣対策に要する労力が削減できる。
③都市部の希少立地を確保しやすい
何よりも、豊かな商圏が期待できる都市部は新規物件が出にくい。したがって、退店物件は掘り出しものになる可能性がある。
以上のメリットを踏まえた上で、注意すべき点を挙げておく。これは居抜き出店のボトルネックになり得るからだ。
【ボトルネック(要注意ポイントと考えられる制約条件)】
①耐震・構造劣化
旧耐震基準(1981年以前)だと補強工事が必要になる。柱・梁の中性化による劣化の度合い、床スラブのひび割れをチェックしておく。
②天井高・床荷重の制限
新たに冷凍ケースや大型陳列什器を設置する場合、1200 N/m²(1㎡当たりの100gは1N)以上の対荷重が要求されることが多い。古い物件では荷重が不足することがある。また、補強工事をすると床の段差が生じることも想定しなければならない。
③搬入車両動線・駐車台数の不足
例えば、荷受けバースが狭いため、トラック旋回が取れないといった物流面の制約条件が残ることがある。
④雨漏り・外壁断熱の劣化
特に海岸部・豪雪地帯では断熱材の湿潤・鉄部腐食が潜在化など、新たな改修コストが発生する場合がある。もともとそうした地域をドミナントにしている企業は承知しているだろう。もし飛び地や新たな出店エリアでこうした居抜き物件が出た場合、注意が必要である。
設備関係(インフラ)
メリット
①電気・給排水ルートが既に敷設済み
盤増設だけで済むケースなら、動力契約工事費が大幅に圧縮できる。
②既存の冷凍・空調設備、排煙ダクトなどの転用
まだ年式の新しいインバータ冷凍機や高効率空調が残っていれば、新たな投資は不要だ。更新時に投資をすればよいので、後ろ倒しにできる。
【ボトルネック(要注意ポイントと考えられる制約条件)】
①電気・給排水ルートが既に敷設済み
盤増設だけで済むケースなら、動力契約工事費が大幅に圧縮できる。
②既存の冷凍・空調設備、排煙ダクトなどの転用
まだ年式の新しいインバータ冷凍機や高効率空調が残っていれば、新たな投資は不要だ。更新時に投資をすればよいので、後ろ倒しにできる。
[太字]【ボトルネック(考えられる制約条件)】[/太字]
①電気容量不足
最近、導入が進むセルフレジ、AIカメラなどの省力にかかわるデジタル機器、駐車場のEV急速充電器などは発電増となる場合が多い。キュービクル増設に数百万単位の新たな投資が必要となる。
②給排水・グリーストラップ容量不足
惣菜売場にキッチンを拡大、増設する場合、排水勾配・油脂分離槽を作り直す必要がある。
③空調ゾーニングが合わない
居抜き出店の場合、“生鮮強化型”としてアピールする場合が多いだろう。設備を変更すると湿度要求が変わって結露・カビの発生可能性がある。ダクト改修コストを見込む必要がある。見落とされがち。
④消防・防災法令の改訂対応
スプリンクラー設置義務や非常放送系のデジタル化など、改築時に遡及適用される部分がある。
レイアウト計画(売場・バックヤード)
【メリット】
①基本動線が出来上がっている
エントランス位置やメインアイルが既にある。大幅な変更を必要としない分、出店する際のレイアウト検討が早い。
②顧客の“記憶資産”を活かせる
旧店を知る顧客には、動線やカテゴリー配置の連想で購買ハードルが下がる。そして、新しい店には期待値が高い。
【ボトルネック(考えられる制約条件】
①柱・躯体ピッチが合わずMDの自由度が低い
例えば、ワイドスペース提案(デリ・ベーカリーの劇場化など)が柱間寸法で制限される。これを活かす工夫が必要だ。既存店のレイアウトや内装パターンを流用するだけでは不足するかもしれない。
②バックヤード面積過多/不足
仮に旧店がバックヤード優先型の場合、客導線縮小と商品ストック過多で坪効率が落ちるパターン場合もある。
③天井吊りサインやデジタルサイネージ取り付け位置が限定
軒高不足で視認性が悪いと、ビジュアルMDを強化するための、再投資を必要とする場合がある。
④物流一貫動線を組みにくい
EC対応への備えは必須となる。ピックアップ拠点やダークストア併設を考慮しなければならない。搬入→加工→出荷までの動線設計をイメージすると、人時ロスが発生する可能性がある。
実務面でのチェックポイント
居抜き物件への出店は、投資効率の高い店舗を実現できる数少ないチャンスであることは間違いない。新規出店では、建築投資コストが高くなっていることと、候補物件自体が少なくなっていることを考えれば、非常に魅力的に見える。
しかし、経年劣化の問題や物理的な制約など、躯体自体の物理面の調査を確実に実行することが重要な作業となる。また、商圏の調査や店舗の撤退理由などソフト面の調査を事前に、そして、確実に行う必要がある。ここを怠って出店を急ぐと、開店後に大きな代償を払うことにもなりかねない。
物件の実地調査で、什器や設備の状態、電気・水道・空調などインフラの劣化具合をしっかり確認する必要がある。初期費用を抑えられるとはいえ、補修費が想定以上になることもある。十分に経験を積んだ専門家の協力を得て、可能な限り修繕・改装にかかるコストの詳細を見積もることが求められる。
次の項目がチェックポイントとなる。
①解体前の構造・設備インスペクション
・X線レーダーで躯体配筋調査
・サーモカメラで漏水・断熱欠損を事前把握
②コストシミュレーション
・“表面リフォーム案”と“フルスケルトン案”の二段階見積もりを取って、隠れコストをあぶり出す。
③行政・インフラ事業者ヒアリング
・電力会社・消防署・保健所の事前協議で法令遡及項目を確定。
④レイアウト概念設計フェーズでIT導入も同時プラン
・セルフレジ配線、AIカメラ位置、WIFIルータ等を先に落とし込むことで、二重配線のムダを防止。
⑤リーシング契約の特約チェック
・退店時における原状回復義務や設備所有権の帰属を明確化し、退出・設備更新リスクを抑える。
想定外への問題対応と情報収集体制
居抜き物件は「時間と初期投資を削減できる即戦力」である一方、「古い規格と見えない劣化が将来の足かせ」になる両刃の剣でもある。
以上のメリットとデメリットを出店の意思決定前に“見える化”しておくこと。実務面でのチェックポイントをクリアしておくこと。
着工後では後戻りコストが発生して、想定以上の出店コストになる場合がある。
また、居ぬき出店の場合、現場で思ってもいなかった問題が発生することもある。本稿に説明した内容以外にも建築工事側、設備工事側、店舗側との調整など、現場での経験を多く積むリーダーと、そのリーダーシップが求められる。逆に、社内に各課題解決能力を持たない場合は、専門化のアドバイスを受けることを強くお薦めする。
以上が居抜き出店を勝ち筋にする第一歩である。
「居抜き物件」に対応したレイアウトの考え方
では居抜き出店におけるさまざまなメリットとボトルネックを理解した上で、出店効果を最大化するポイントを挙げておく。
制約条件の中で最良のアイデアを出す能力を持つことは投資効率を確実に高められることになる。
物理的に天井高や入り口、出口、エレベーターやエスカレーター、これらの条件は大きなコストをかけない限り変えることができない。出来るだけここにコストを掛けることは避けたい。また、避難路や通路幅、防火設備など消防条例上のコンプライアンスを,遵守することは必須である。
それらの制約条件をベースにして、販売戦略を可能な限りダイナミックに実現することが求められる。
ここが、レイアウトマンの知識と経験と、そして、なんと言ってもセンスが求められることとなる。
また、細かな作業になるが、制約のある柱間の幅や通路幅の中で、通路幅を最大化するためには、冷蔵ケースや平台のサイズ、時としては別注のサイズを考えることもある。
それによって、表面上は通常の陳列演出とそん色ない売場を実現できる。これらもレイアウトマンの腕に掛かっている。
とくに売場づくりでは、柱が大きなポイントになる。これは柱を「利用する」のか、「隠す」のかという2つのポイントがある。基本的には柱を活かし、売場の中心に持ってくることができれば、かなりダイナミックな陳列演出、プレゼンテーションの場所を作ることができる。
また、隠す場合は、オープンケースや陳列ゴンドラなどの設置により、その存在を取り込み、柱自体が陳列什器の中に取り込まれて存在感を消すことができる。
そして、多段冷蔵ケースやゴンドラの配置によって、主通路の幅、ゴンドラ間の通路幅が変わる。とくにこの各アイルの幅によって、店舗のイメージは大きく変わる。
そして、この制約条件のなかで、自社のMD戦略をつなげるプロセスにおいて、新たなアイデアが生まれることも少なくない。
これら全ての制約条件をいかにプラスにできるかが、レイアウトマンの知識と技術の蓄積の発揮のしどころだ。
他社事例の見方と学び方
筆者から見た居抜き出店事例についての参考点と注意点を挙げておく。
居抜き出店の成功事例では、ロピアやオーケーが挙げられるだろう。また、ドン・キホーテが、総合スーパーをMEGAドンキに転換した例が挙げられる。
各社の売場づくりに関しては、読者の方々が直接現地に赴き、自分の目で確認していただくことをお薦めする。
各制約条件を巧みに利用して、売場を完成させていることを確認していただきたい。それが、今後の自社の新店やリニューアル店舗にも生かせることも多いと思う。
ロピアは、生鮮部門を中心に、ダイナミックな売場をつくり、制約条件に対する対応力が高いと感じる。グロサリー周りでは、柱を利用して視認率と立寄り率を高める陳列演出を行っている。このことは、売場づくりに大いに参考になるはずだ。
オーケーは、都心部での制約条件の多い物件を開拓している経験と、ローコストオペレーションを軸にした、平面図上でも、立面図上でも、ムダのない設計を行っていると感じる。その中で、陳列全体には、売り込み品と品揃え品のメリハリ展開を行い、生産性の高さ(とくに人時売上高)を感じさせる。
ドン・キホーテについては、独特な「圧縮陳列」を武器に、物理的な制約条件はほぼ問題にしていないと思う。逆にその制約条件を自由自在に使いこなして楽しんでいるようにすら感じる。
どちらにしても、目に見えにくいレイアウト技術を基本ベースに、自社のポジショニングとMDの技術の成果を最大化しているように見える。
ぜひ、ストアコンパリゾンの知識と技術を高める意味でも、時間を掛けて観察してもらいたい。
撤退物件からMDを考える
前ページで、「商圏の調査や店舗の撤退理由などソフト面の調査を事前に、そして、確実に行う必要がある」と申し上げたが、撤退店舗であるということは、そこにお客が存在していて、その情報が収集できるということである。
このことは、新規出店では得られない大きなメリットがある。要するに、撤退店舗の『弱み』を『強み』に変えるという発想ができるということだ。
前述の企業のように、強いポジショニングが確立されている場合は別として、そうでない場合は参考にして考えていただきたい。
以下に、その考え方と幾つかの事例を取り上げる。
(1)なぜ前の店は失敗したのかを“診る”
先ずは、商圏内での聞き取り調査を徹底して行う。
特に、「品揃え」「品質・鮮度」「売場づくり」「価格」「接客」「サービス」など、調査項目を明確にして行い、お客の満足度や購買行動などが聞き取れる。このことは、そのまま出店店舗への要望ということに繋がる。
・商品構成が地域のニーズに合っていなかった
・鮮度・品質が悪く、信頼を失っていた
・価格設定や販促手法が的外れだった
・マンネリで面白さや楽しさを感じなかった
(2)「この店で買いたい」と思わせるMDをつくる
安さだけでなく「価格以上の満足感」を感じさせる商品設計が重要となる。
◆地域密着型のカテゴリーを強化する
・地元野菜・地場魚・地元加工品など、地元らしさを軸にした差別化を図る
・例:「地元農家と毎朝契約」コーナー、「この港で今朝揚がった」鮮魚棚
◆利便性ニーズに応える品揃え
・少量・簡便・即食を重視(高齢化対応、単身世帯対策)
・惣菜コーナーやカット野菜の品揃え強化
◆価値提案型のMD
・「おいしさ保証」付き商品、「専門店品質」の冷凍食品、「一流ホテル仕様」の総菜など
(3)「以前と全く違う!」と思わせる売場づくり
見た目と感情を動かす「魅せる売場」を実現する。
・旧店舗の印象を払拭するために、鮮度感・清潔感・明るさ・活気を全面に出す
・特に青果と鮮魚で“店の表情”をつくる(最初に見られる場所だからこそ)
◆ストーリーで売る
・POP・ビジュアルで「つくり手の顔」「料理提案」「地域の風景」を表現する
・単なる商品陳列ではなく「この商品をなぜ扱っているか」のストーリー発信を行う
(4)価格の「見せ方」を変える
粗利益のマージンミックスに留まらず、営業利益のマージンミックスを戦略的に活用する。戦略部門やカテゴリーを設定して、それを徹底的に強化するために、各部門の粗利益、人件費、その他の経費をコントロールする。特に、FLコスト(原価+人件費)を意識したオペレーション管理を徹底し、生産性を高め戦略部門の品質と価格両面を前面に打ち出すのだ。
・EDLP(毎日安い)+スポット特売(感情に訴える)の組合せで、来店動機を両立させる
・低価格だけで勝負せず、「この価値でこの値段」を打ち出す
(5)リピートを生む売場・商品づくり
・季節ごとに売場テーマを設ける(例:春=新生活、夏=スタミナ、秋=味覚、冬=鍋)
・月替りの「店長のおすすめ」「地元の逸品コーナー」
など、来るたびに発見がある仕掛けを行う。
そして、ロイヤルカスタマー向け商品(高単価・高品質)と節約志向商品との両立による二極対応を行う。
「違い」を明確に伝える販促
「前の店とは全く違う」という印象を持たせるため、チラシ・POP・SNSで積極的に発信する。そして、顔が見える店づくり(店長や担当者のおすすめコメント)で、“人”の信頼感も演出する。
このように、撤退店舗の再生には、「過去と違う」「今の地域ニーズに応える」「買う理由がある」マーチャンダイジングが不可欠である。単なる安売りではなく、“価値”と“体験”でリピーターを生み出すマーチャンダイジングが、店を真に蘇らせる鍵になるのである。



