大人ピアノ指導法:「見えないものを売る」ビジネスとは
中高年ソルフェージュにおける「高い・低い調音」の大切さ
今回は、代表的な中高年ソルフェージュの二つ目の要素である
「高い・低い調音」
についてお話ししたいと思います。
この「高い・低い調音」とは、
聴こえてきた音が「高い音」なのか「低い音」なのかを聴き分け、
それを書き留めていく学習です。
子どものレッスンでは、
こうした取り組みを特別に意識しないことも多いのですが、
中高年の方にとっては、とても大切な意味を持っています。
なぜなら、年齢を重ねるにつれて、
高い音は少しずつ聴き取りにくくなっていくからです。
若いころには何気なく耳に入っていた音が、
年齢とともに「少しきついな」「なんだか聞き取りづらいな」と
感じられることがあります。
これは声帯の変化だけでなく、
耳そのものにも関係しています。
人の耳は、年齢とともに
聴こえやすい音域が少しずつ下がっていくのです。
人間の声は、生まれたばかりのころは
それほど大きな差がありません。
けれど成長するにつれて、
男性と女性で声の高さに違いが出てきます。
ところが、
年齢を重ねて耳の聴こえ方が変化してくると、
その高低の違いも以前ほどはっきり感じられなくなることがあります。
電話口で「もしもし」と言われたときに、
「あれ、男性かしら、女性かしら」と
迷うような経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
それもまた、
音の高低の認識が変わってきている一つの表れかもしれません。
私はこの「高い・低い調音」には、
単なる音楽学習以上の意味があると感じています。
それは、
自分が今どのくらい音を認識できているのかを
知る機会になるからです。
受講生の皆さまは、
普段なかなかその不安を言葉にはされません。
けれど以前、
ある方がとても率直にこうお話しくださいました。
「自分では大丈夫だと思っている。
認知症にはなっていないと思っている。
けれど本当は不安で仕方がない。
だから新聞を読んだり、できることをしている。
でも家族は私に気を遣って、
ゆっくり話してくれたり、わかりやすく話してくれたりする。
自分が同年代の人と比べて
どのくらいできているのか、
それがわからない。
その不安を抱えながら毎日過ごしているんです」
そして、その方は私にこう尋ねられました。
「そのしんどさがわかりますか?」
その言葉を聞いたとき、
私は胸が詰まる思いがしました。
言葉では言い表せないほどの不安や孤独を、
皆さまは抱えておられるのだと、改めて気づかされたのです。
だからこそ、
この「高い・低い調音」は大切なのです。
音を聴いて書き留める。
それだけのことのようでいて、
自分の状態を知る手がかりになります。
たとえば、
隣の方がすらすら書いているのに
、自分の鉛筆がなかなか進まない。
そうしたときに、
「これは少し意識して予防に取り組もう」と
思うきっかけになるかもしれません。
一方で、「ここに通っているから、
こうしたことがまだできるんだ」
「続けることで改善していけるんだ」と
実感できれば、それが継続する力にもなります。
そういった意味でも、
ぜひこの取り組みをレッスンに
取り入れていただきたいと思っています。
「高い・低い調音」の実際の進め方
ここからは、
実際のレッスンでどのように
行うとよいのかをお伝えします。
レベルは1・2・3とありますが、
実際の講座では1回の授業で2問程度が限界と
お考えください。
3問出すと、
受講生の皆さまはかなり疲れてしまいます。
ですから、
2問くらいがちょうどよいでしょう。
用意するものは、
白い紙または大学ノート、キャンパスノートで十分です。
「音符を書くのだから」と
五線譜を用意される方もいらっしゃいますが、
中高年の方には必ずしも向いているとは限りません。
市販の五線譜は線の間隔が狭く、
「目がくらくらする」と言われることがありますし、
子ども用の大きな五線譜は逆に書きにくい場合があります。
特にこの「高い・低い調音」については、
大学ノートのような見やすい紙のほうが適していると感じます。
レベル1:2音を識別する
レベル1は、
2つの音の高低を識別する練習です。
真ん中に一本、縦の線を引きます。
そして最初の部分に、五線はなくても構いませんので、
目印としてト音記号を書いておきます。
講師が音を出し、
それを聴いて受講生が高いか低いかを書き取ります。
たとえば、
4拍子で1小節分だけを扱うこともできますが、
短すぎるため、
実際には2小節から4小節程度を
まとめて提示するほうがよいでしょう。
最初に全体を通して弾き、
その後で「では1小節目をもう一度弾きますね」と
区切って進めると、受講生の皆さまも取り組みやすくなります。
ここで一つ大切な注意点があります。
出題する音の高さです。
一見すると、
ト音記号の真ん中のドと、
その上のドあたりで出題したくなりますが、
中高年の方には
その音域はすでに聴き取りにくいことがあります。
そのため、
出題は1オクターブ低くするほうが
望ましいのです。
つまり、
ヘ音記号のドと、真ん中のドを使うような形です。
その音域であれば、
無理なく聴き取りやすく、安心して取り組んでいただけます。
また、音だけが続くほうが
比較的取り組みやすい傾向があります。
休符が入ると、
たとえば「ド、ウン、ド、ウン」といった形になり、
「あれ?」と戸惑いやすくなるため、
最初は様子を見ながら調整していくことが大切です。
レベル2:2音+リズムの変化を入れる
レベル2では、
音は引き続き2音ですが、
今度は8分音符の動きを加えます。
先ほどは4分音符だけでしたが、
ここでは「タタ」という速い音の動きが入ってきます。
これが入ることで、
一気に難しさが増します。
なぜかというと、
レベル1では高いか低いかを点で示す程度でよかったものが、
レベル2ではそれに加えて、
音の長さやつながりも意識して書く必要が出てくるからです。
つまり、単に高低を聴き分けるだけではなく、
「タン」なのか
「タタ」なのか
というリズムの認識も必要になります。
この段階では、
受講生の皆さまに書き方を丁寧に示して差し上げることが大切です。
縦線の書き方、
8分音符をどうつなぐかなどを、
視覚的にわかりやすく伝えていくことで、不安が和らぎます。
「タタ、タタ」と2つずつまとめて考えられるようになると、
ぐっと書きやすくなります。
高い位置でも低い位置でも、
同じように「二つで一組」と捉えられるように導くとよいでしょう。
レベル3:3音を使った実践的な課題
レベル3は、
3音を使う課題です。
通常の講座では、このレベルが最も使いやすいと感じています。
使う音は、たとえば
ド・ソ・ドの3音です。
低いドはヘ音記号側のド、
高いドは真ん中のド、
そしてその間にソを置く形です。
この3音を使って、
さまざまな組み合わせで問題を作っていきます。
たとえば、
「ド、ソ、ド、ソ、ド、ソ、ド」
あるいは
「ド、ウン、ソ、ウン、ド、ド、ド、ウン」
といった形です。
4小節程度で出題することが多く、
最初に全体を提示し、
その後必要に応じて小節ごとに弾き直していきます。
ここで興味深いのは、
理解の早い方は説明の段階で
「ああ、そういうことね」とすぐに把握され、
書き取りも比較的スムーズだということです。
一方で、
何度説明しても毎回同じところで確認が必要な方は、
やはり書き取りの進み方もゆるやかになります。
ですから、
この課題は単に音楽の力を見るだけでなく、
その方の認識の状態や理解の様子を知る上でも、
一つの目安になると感じています。
授業では、レベル1・2・3の中から、
その日の様子に合わせて
2題ほど出題するのがおすすめです。
講師が気をつけたい声かけ
最後に、
出題の際に
講師の先生方にぜひ意識していただきたいことがあります。
それは、待ちすぎないことです。
受講生の皆さまが書いておられるのを見て、
「どうですか?」「わかりましたか?」と
声をかけたくなることがあります。
けれど、そうして待つ時間があるなら、
むしろもう一度弾いて差し上げるほうが
ずっと親切です。
「もう一回いきますね」
「鉛筆が動いていますね。では、もう一度弾きますね」
「消しゴムが活躍していますね。では、もう一度まいりますね」
そんなふうに、
やさしく自然に進めていくのです。
「わかりますか?」という言葉は、
ときに相手にプレッシャーを与えてしまいます。
少し上から言われているように感じて、
しんどくなる方もいらっしゃいます。
だからこそ、問い詰めるのではなく、
音を何度でも示し、安心して取り組める場をつくること
が何より大切です。
受講生の皆さまが
間違えることを恐れず、
消しゴムを使いながらでも笑顔で参加できる。
そんなあたたかな時間の中でこそ、
この「高い・低い調音」は
本当の意味を持ってくるのだと思います。
音を聴き、書き、確かめる。
その積み重ねが、
音楽の学びになるだけでなく、
自分自身への自信や安心にもつながっていくのです。


