大人ピアノ指導法:脳の活性化に繋げる音楽指導法
中高年の方のピアノ指導において、
「どうすれば励みにつながる採点ができるのですか」というご質問をいただくことがあります。
これは実は、とても大切なテーマです。
ある程度弾けたとき、指導者がどのような言葉をかけるか。
そして、どのように評価を残すか。
そのひとつひとつが、その方の喜びや自信に大きく影響します。
多くの先生方は、演奏のあとに
「お上手ですね」
「お上手に弾いていらっしゃいますね」
と声をかけておられるのではないでしょうか。
もちろん、その言葉が失礼にあたるわけではありません。
角が立つこともありません。
けれども、中高年の方にとって、
それが必ずしも心から嬉しい言葉になるとは限らない、
ということを私たちは知っておく必要があります。
大人のピアノ指導では、
「お上手ですね」よりも、「ありがとうございます」
のほうが、ずっと深く心に届くことがあるのです。
少し想像してみてください。
ご自身が75歳くらいになり、定年退職を迎え、日々の暮らしの中で家事を手伝い、
趣味を持ちながらも、
「何か自分の誇りになるものを持ちたい」
「自分らしく、自信を持てることを始めたい」
という思いで、ピアノ教室に通い始めたとします。
そこで、自分より若い先生の前で一生懸命演奏したあと、
「わあ、お上手ですね」
と言われたときと、
「わあ、ありがとうございます。素敵にお弾きになっていらっしゃいますね」
と言われたとき。
どちらのほうが、心にあたたかく残るでしょうか。
「ありがとうございます」という言葉には、大きなエネルギーがあります。
演奏してくださったことへの感謝。
その時間をともにしてくださったことへの敬意。
その方の挑戦や努力へのまなざし。
そうしたものが、このひと言に込められるのです。
特に、とても素敵に弾かれたときには、私はこんなふうにお伝えすることがあります。
「わあ、ありがとうございます。本当に頭が下がる思いです。」
この言葉は、とても力があります。
心を込めてお伝えすると、その方の表情がぱっと明るくなることが少なくありません。
中高年の方への指導では、
「教える側」と「教わる側」という関係だけではなく、
その方の人生への敬意を忘れないことが、本当に大切なのだと感じています。
さて、もうひとつ大切なのが、採点の方法です。
レッスンでは、曲のところに二重丸や花丸をつけたり、
「ここまでできましたよ」という印をつけたりすることがあると思います。
お子さんの指導では、シールなどもよく使われますね。
では、中高年の皆さまに最も喜ばれる採点方法は何でしょうか。
それは、点数を書くことです。
中でも、とても喜ばれるのが
「100点」です。
ただし、ここにも大切なコツがあります。
「100」をかっちり整えて書くのではなく、さらっと走り書きのように書く。
そして、赤ペンではなく鉛筆で書くことです。
できれば、少し太めで見やすい2Bくらいの鉛筆がよいでしょう。
赤色は、どうしても威圧的に感じられたり、感情を逆なでしたりすることがあります。
また、「直される」「評価される」という印象が強く出やすいものです。
そうではなく、やわらかく、自然に、ぽんと「100」と書く。
これがとても大切です。
さらにおすすめしたいのは、
100点だけでなく、年号・月・日まで書くことです。
たとえば、
2026年5月23日 100点
というように記しておくのです。
すると、こんなお声をいただくことがあります。
「何十年ぶりに100点を取ったかしら」
「先生に100点をもらったのよ」
こちらが驚くほど、本当に喜んでくださるのです。
「そんなことで、そこまで喜んでいただけるのだろうか」と思うかもしれません。
でも、その“そんなこと”が、
その方の励みになり、自信になり、生きがいにつながっていくのです。
しかも、100点を差し上げると、「これで終わり」ではないことも多いのです。
もう一度弾かれる方もいらっしゃいます。
それどころか、何度も挑戦される方も少なくありません。
そして、いくつ100点を取れたかを見ながら、
「これなら、いつでも人前で弾ける」
「誰かに『弾いて』と言われても大丈夫」
という自信につなげていかれるのです。
らくらくピアノの皆さまの中には、
何年たっても同じテキストを大切に持っておられる方がたくさんいらっしゃいます。
あとからページをめくったとき、
「これは、いつの100点だったかしら」
と振り返ることができるように、
日付を書いておくことには大きな意味があります。
一方で、気をつけていただきたいこともあります。
それは、あまりリアルな点数をつけないことです。
以前、私の指導を熱心に見学してくださった先生が、
学ばれたことを一生懸命メモされ、実践しようとしてくださったことがありました。
その熱意は本当にありがたかったのですが、
実際に採点をお願いすると、
「65点」など、かなり具体的な点数を書かれたのです。
けれども、芸術においての点数は、
そもそも何を根拠に数値化するのかがとても難しいものです。
ましてや中高年の方への励ましという意味では、
あまりに現実的な点数は、かえって心をしぼませてしまうことがあります。
ですから、点数をつけるなら、
とても高い点数にする。
あるいは、今日はまだ十分にできなかったという場合でも、
「見ましたよ」という印として、小さく点数や筆跡を残す。
これが大切です。
たとえば、2点、3点でもよいのです。
大事なのは、見たことを形にして残すことです。
何も書かれていないと、
「見てもらえなかった」
「受け止めてもらえなかった」
という印象につながることがあります。
たとえ今日は思うように弾けなかったとしても、そこに小さくでも筆跡が残っていれば、
「先生は見てくださった」という安心につながります。
中高年の方の指導で何より大切なのは、技術だけを見ないことです。
その方の人生、勇気、挑戦、継続、誇り。
そうしたものすべてを受け止めながら、言葉をかけ、評価を残していくこと。
「お上手ですね」ではなく「ありがとうございます」。
赤ペンではなく鉛筆。
現実的な点数ではなく、励みになる印。
そして、日付を添えて、歩みを見える形にすること。
その小さな工夫が、中高年の皆さまの大きな喜びと自信につながっていきます。
私たち指導者は、演奏を教えているだけではありません。
その方の人生に、そっと灯りをともす役割を担っているのだと思います。


