大人ピアノ指導法:流行らない「ピアノ教室」その原因とは?
「引っ越しマーク」がない楽譜は、初心者にどのように感じられるのでしょうか
楽譜をぱらぱらと見たとき、丸印が多い楽譜と、少ない楽譜があります。
この丸印を、楽々ピアノでは**「お引っ越しマーク」**と呼んでいます。
これは、指の移動がある場所を示す印です。
ですから、楽譜を見たときに丸印が多ければ、「この曲は指移動が多いのだな」「少し難易度が高いのだな」ということが、ひと目でわかるようになります。
このお引っ越しマークには、単なる記号以上の意味があります。
それは、中高年の方が安心して楽譜に向かえるようにするための、大切な配慮なのです。
「できなかった後」ではなく「その前に伝える」ことが大切です
このお引っ越しマークを考えた背景には、私自身の経験があります。
もともと私は、ピアノが得意な子どもではありませんでした。レッスンでは先生から「ここを気をつけてください」と丸をつけられることがよくありました。もちろん、それは正しいご指導なのですが、丸をたくさんいただくと、やはり少し気持ちが沈むものです。
「またここを注意された」
「私はできていないのだな」
そんなふうに感じてしまうのです。
中高年の方を指導するようになったとき、私はこのことをよく思い出しました。
そして、子どもと同じように「間違えたあとで注意する」だけでは、何か違うのではないかと感じるようになったのです。
そこで大切だと気づいたのが、私が勝手に名づけた
「段差がございます」の法則です。
たとえば、小さな子どもが歩いていて段差につまずいたとします。転んだあとに、「気をつけなさい」と言うことはあるでしょう。
けれども、大人の方に対してはどうでしょうか。
大人の方が歩いて来られるときには、たいてい「こちらに段差がございます。お気をつけください」
と、先にお伝えするのではないでしょうか。
大人ピアノ指導も、まったく同じです。
その方ができるかできないかに関わらず、先に
「ここに難しいところがありますよ」
「ここで移動がありますよ」
とお伝えしておくことが、とても大切なのです。
お引っ越しマークは「安心して弾くための目印」
お引っ越しマークがあることで、生徒さんは何を見ればよいのかがはっきりします。
つまり、丸印のないところは、そのまま指番号に沿って弾いていけばよい。
そして、丸印が出てきたところだけ、音と指番号を見て、そこへ指を移動すればよい。
そうお伝えすることができます。
これがあると、生徒さんは楽譜のすべてを必死に追いかけなくてよくなります。
何も印がないと、
「このシは4番かな」
「このドは5番かな」
と、すべての音を一つひとつ見ようとしてしまいます。
すると、目も頭も非常に疲れてしまいます。
けれども、お引っ越しマークの意味をきちんとお伝えしておくと、
「ここまではこの位置で弾けばいいのですね」
「この丸のところだけ気をつければいいのですね」
と理解していただけます。
それだけで、楽譜に対する不安は大きく減るのです。
また、少し慣れてきた方にも、このマークは役立ちます。
お上手な方は、音符をすらすらと読んで弾かれますが、その分、指番号が自己流になってしまうことがあります。
そんなときでも、丸印のところだけ確認すれば、指移動の要所をチェックすることができます。
つまり、お引っ越しマークは、初心者のための安心材料であると同時に、少し上達された方にとっても確認の目印になるのです。
中高年指導では「違います」よりも「惜しいですね」
もう一つ、とても大切なことがあります。
それは、生徒さんが音や指番号を間違えたときの声かけです。
たとえば、
「その音、違います」
「そこ、間違っています」
と、そのまま言われたら、ご自身ならどう感じられるでしょうか。
とくに中高年の方、たとえば70歳の男性が、定年後に新しいことを始めて、先生と呼ぶ立場の方からそのように言われたとしたら、正しい指摘であっても、気持ちの上では少しつらく感じられることがあるのです。
もちろん、間違いを正すことは必要です。
けれども、その伝え方には配慮が必要です。
そこでおすすめしたいのが、
「違います」ではなく、「惜しいですね」
という声かけです。
「惜しいですね」
「ここだけ惜しいですね」
「あと少しですね」
このようにお伝えすると、角が立ちにくく、生徒さんも前向きに受け止めやすくなります。
毎回レッスンに来るたびに
「違います、違います、違います」
と言われるのと、
「惜しいですね、ここです」
と言われるのとでは、教室に通う気持ちそのものが変わってきます。
中高年の指導では、正しさだけではなく、どう受け取っていただくかがとても大切です。
だからこそ、言葉選び一つにも、思いやりが必要なのです。
お引っ越しマークは、不安を減らし、自信を育てるための工夫です
引っ越しマークがない楽譜は、初心者にとって、
「どこで何が起こるのかわからない」
「全部を見なければいけない」
「間違えそうで不安」
と感じられることがあります。
だからこそ、お引っ越しマークは大きな意味を持ちます。
それは単なる記号ではなく、
「ここはお気をつけくださいね」
と、先に寄り添ってお伝えするための優しさなのです。
そして、指導においても同じです。
間違えたあとでただ直すのではなく、その前に不安を減らし、つまずきを小さくして差し上げること。
それが、中高年ピアノ指導においてとても大切なことだと、私は感じています。
生徒さんが安心して楽譜を見られること。
安心して鍵盤に向かえること。
そして、「できた」と思える時間を少しずつ増やしていくこと。
そのために、お引っ越しマークも、声かけも、大切な役割を果たしているのです。


