カスタマーハラスメント対策が企業の義務に―2026年10月、企業に求められる対応とは ―
正当なクレームとカスタマーハラスメントの違いとは?
―「要求内容」と「手段・態様」から考えるカスハラの判断基準―
【カスタマーハラスメント対策 連続コラム|第2回】
ホスピタリティ&マナー・ラボ 代表
ホスピタリティコンサルタントの長澤さおりでございます。
前回のコラム(https://mbp-japan.com/okayama/nagasawa-s/column/5234269)では、
2026年10月1日から、すべての事業主にカスタマーハラスメント防止措置が義務づけられること、
そして、お客様を大切にすることと、従業員の安全や尊厳を守ることは両立できるとお伝えしました。
では、実際の現場では、
「どこまでが正当なクレームなのか」
「どこからがカスタマーハラスメントなのか」
「お客様が怒っていたらカスハラなのか」
「こちらにも落ち度がある場合は、どう考えればよいのか」
と、判断に迷うことも少なくありません。
カスタマーハラスメント対策連続コラム第2回では、
正当なクレームとカスタマーハラスメントの違いについて、
「要求内容」と「手段・態様」という二つの視点から考えてまいります。
そもそも「クレーム」とは何でしょうか
クレームという言葉には、
「怒られる」「苦情を言われる」といった否定的な印象があるかもしれません。
けれども、本来クレームは、すべてを迷惑なものとして捉えるべきではありません。
私は研修の中で、クレームを、
「サービスの向上や改善を求めるご要望・ご意見であり、双方が問題解決へと向かう良心的な関係が基本」とお伝えしています。
「注文した商品と違うので交換してほしい」
「予約内容と違うので確認してほしい」
「説明が分かりにくかったので、もう一度説明してほしい」
このようなお申し出は、
商品やサービスの問題を解決してほしいという正当な要求やご意見です。
また、クレームの背景には、お客様が期待していたものと、実際に感じたものとのギャップがあります。
期待を上回れば満足や感動につながり、
期待を下回れば不満につながる。
その不満が大きくなれば、クレームとして表れることがあります。
だからこそ、「クレームを言われた=カスハラ」と判断するのではなく、
まずはお客様が何に不満を感じ、何を求めていらっしゃるのかを見ることが大切です。
ANA時代に学んだ「クレームは宝物」という考え方
私がANAの客室乗務員として勤務していた頃、
クレームについて学ぶ中で、今でも大切にしている考え方があります。
それは、「クレームは宝物」という考え方です。
当時、このように教わりました。
「クレームを伝えてくださるお客様が1人いれば、
その背景には、同じような不満を感じながらも声に出さないお客様が約30人いらっしゃる。
そして、その方々がご家族やご友人、知人など周囲の人に体験を話すことで、
マイナスの印象が約200人へ広がっていく可能性がある。」と。
企業にとって本当に怖いのは、
不満を感じたお客様すべてが、その思いを伝えてくださるわけではないことです。
「もう利用しなければいい」
「言っても仕方がない」
と、何も言わずに去っていってしまい、二度とご利用いただけないお客様がいらっしゃることなのです。
声を上げてくださったお客様には、まだ私たちからお詫びをしたり、事情をご説明したり、
問題解決に向けてフォローしたりする機会があります。
一方、何も言わずに去ってしまったお客様には、その機会さえありません。
そして、お客様から寄せられるご要望やご意見の中には、
私たち自身では気づかなかった商品やサービス、接遇、仕組みの問題や、改善へのヒントが隠れていることがあります。
だからこそ、お客様が伝えてくださった正当なクレームを、単なる「苦情」として邪険に扱うのではなく、
改善のきっかけを与えてくださる大切な「宝物」
として受け止めることが大切なのです。
クレームを邪険に扱わない。一方で、社会通念上許容される範囲を超えた言動までは受け入れない。
そのためにも、正当なクレームとカスタマーハラスメントを見極めることが必要です。
「クレーム」と「カスタマーハラスメント」は何が違うのか
正当なクレームは、商品・サービス・応対などについての意見や要求であり、
基本的には双方が問題の解決や改善へ向かうものです。
一方、カスタマーハラスメントでは、
要求内容やその手段・態様が社会通念上許容される範囲を超え、
従業員の就業環境を害することが問題となります。
大切なのは、「厳しいことを言われたかどうか」だけで判断しないことです。
正当なクレームでも、お客様が強い不満を感じていれば、
口調が厳しくなることはあります。
「怒っている」「声が大きい」という印象だけでカスハラと決めつけるのではなく、
言動の内容や程度、目的などを見て判断する必要があります。
線引きの基本は「要求内容」と「手段・態様」
正当なクレームとカスタマーハラスメントを見極める際は、
二つに分けて考えると整理しやすくなります。
一つ目は「要求内容に妥当性があるか」
商品やサービスに問題があり、
その問題に見合った説明、修理、交換、返金、謝罪などを求めているのであれば、要求には一定の妥当性があります。
一方、
「商品代金の何十倍もの慰謝料を支払え」
「担当者を解雇し、その証明書を見せろ」
など、発生した問題との釣り合いを著しく欠く要求や、
商品・サービスとは関係のない要求は、妥当性が認められない可能性があります。
二つ目は「要求する手段・態様が相当か」
要求内容に妥当性があっても、その伝え方が何でも許されるわけではありません。
例えば、「壊れた商品を交換してほしい」という要求自体は正当でも、
従業員を長時間怒鳴り続ける、
人格を否定する、
机をたたく、
土下座を強要する、
長時間拘束するといった言動は、社会通念上許容される範囲を超える可能性があります。
「何を求めているのか」と「どのような方法で求めているのか」を分けて見る。
これが、正当なクレームとカスタマーハラスメントを線引きする基本です。
ホワイト・グレー・ブラックで考えるカスハラの線引き
現場で判断しやすくするために、
私は「ホワイト」「グレー」「ブラック」という三段階で整理しています。
ホワイト――通常のクレームとして応対する
要求内容と伝え方が、社会通念上許容される範囲内にある状態です。
正当なクレームとして、お客様の話を伺い、問題解決に向けて誠実に応対します。
グレー――一人で抱え込まず、組織で判断する
要求には一定の妥当性があっても、
同じ主張を繰り返す、
言葉が次第に強くなる、
通常の応対時間を超え始めるなど、
許容範囲を超えるおそれが出てきた状態です。
この段階では、「もう少し自分が我慢すれば」と抱え込まず、
上司や責任者と状況を共有することが重要です。
ブラック――安全を優先し、組織として対応する
暴力、脅迫、人格否定、土下座の強要、居座り、退去拒否など、
社会通念上許容される範囲を明らかに超えている状態です。
通常のクレームと同じように扱うのではなく、
従業員や周囲の安全を優先し、組織として対応する必要があります。
ホワイトをグレーに、グレーをブラックにしない
ここで、もう一つ大切な視点があります。
クレームは、最初からグレーやブラックとは限りません。
もともとは正当な「ホワイト」のクレームだったにもかかわらず、
話を十分に聴かない、
ぞんざいな態度を取る、
説明が不十分であるなど、
初期の応対によってお客様の不満や怒りが強まり、グレー化してしまうことがあります。
さらに不満が増幅すれば、ブラックへと深刻化する可能性もあります。
もちろん、カスタマーハラスメントに至った責任を、
応対した従業員へ安易に負わせるべきではありません。
企業側に落ち度がある場合も同じです。
商品不良や説明不足など、企業側に改善すべき点があれば、
その事実について誠実にお詫びし、必要な解決策を提示します。
一方で、企業側に落ち度があることと、
暴言や脅迫、人格否定などの不当な言動を受け入れることは別の問題です。
謝るべきことには誠実にお詫びする。
一方で、社会通念上許容される範囲を超えた言動まで受け入れない。
そのうえで大切にしたいのが、
ホワイトをグレーにしない。グレーをブラックにしない。という視点です。
防ぐことのできる不満の深刻化は、誠実な初期応対によって防ぐ。
そして、許容される範囲を超えた言動には、一人で抱え込まず、組織として対応する。
この二つを分けて考えることが大切です。
カスハラ対策は「判断基準を現場で共有する」ところまで
正当なクレームとカスタマーハラスメントの線引きを理解していても、
実際の現場で判断できなければ、従業員は迷います。
例えば、同じケースに対して、
新人社員は「怖いからすぐに上司へ報告する」。
ベテラン社員は「これくらいなら自分で応対できる」。
管理職は「まだカスハラではない」と考える。
このように、立場や経験によって判断が異なってしまうこともあります。
そこで企業として考えていただきたいのが、
「御社では、誰がその場にいても、一定の基準で判断できるでしょうか」ということです。
どこまでは通常のクレームとして応対するのか。
どの段階で上司や責任者へ報告するのか。
誰が引き継ぐのか。
どこから組織として対応するのか。
カスタマーハラスメント対策は、方針やマニュアルをつくるだけではなく、
その判断基準を現場まで共有し、実際に行動できる状態にすることが重要です。
カスタマーハラスメント対策を「知る」から「できる」へ
ホスピタリティ&マナー・ラボでは、2026年10月の義務化に向けて、
一般従業員向けの「カスタマーハラスメント対策&接遇・クレーム応対研修」と、
管理職・リーダー向けの「カスタマーハラスメント対策・組織対応力向上研修」をご用意しています。
カスタマーハラスメントの定義や知識を学ぶだけではなく、
実際の現場を想定したケーススタディやロールプレイを通して、
「これは正当なクレームなのか」
「どの段階で上司につなぐのか」
「どこから組織として対応するのか」
を考えます。
一般従業員が「いつ、誰につなぐのか」を理解し、
管理職・リーダーが「何を基準に判断し、どう従業員を守るのか」を共有する。
カスタマーハラスメント対策を「知っている」から、現場で「判断できる・行動できる」へ。
そのための共通認識をつくることも、研修の大切な役割だと考えています。
次回は「不満・クレームを深刻化させない接遇」へ
今回は、正当なクレームとカスタマーハラスメントの違いについて、
「要求内容」と「手段・態様」という二つの視点から考えてきました。
正当なクレームには誠実に向き合う。
一方で、社会通念上許容される範囲を超えた言動には、組織として対応する。
そして、その間にあるグレーな状態を一人で抱え込ませない。
この判断基準を組織で共有しておくことが、
お客様の正当な声を大切にしながら、働く人の安全と尊厳を守ることにつながります。
なお、カスタマーハラスメント対策連続コラム第3回では、
「応対」と「対応」は何が違うのか。
そして、不満やクレームを不要に深刻化させないために、接遇がなぜ重要なのか。
について考えてまいります。
研修内容や実績につきましては、ホームページでもご紹介しております。
よろしければぜひご覧ください。
http://www.hospitality-m-l.com/


