新幹線 こまちにて 上り編 ~春~

長野淳子

長野淳子

テーマ:暮らしの中で

春の出会い

私は、月に何度か上京するため、新幹線を利用します。
乗るたびに毎回ドキドキしながら席に着き 「今日は当たり」 「今日ははずれ」 とつぶやきます。

3月も間もなく終わりというその日は、さすがに混んでいて、珍しく私は通路側の席でした。
仙台から乗り込んだ時には、すでに窓際の席には、若い女性が座っていました。

二十歳になるかならぬかの彼女は、今どきにしては珍しいほど飾り気のない服装で、
膝の前には大きなスーツケースが、そして膝の上の大きなリュックを大事そうに抱えています。

足をちじめて窮屈そうにしているので、リュックを上の棚に乗せたらいいのに、
スーツケースをデッキの専用スペースに置いたらいいのにと、私は思いました。

いつものおせっかいな私なら、きっとそうアドバイスしたと思うのですが、
なぜか、その日の私は何も言えませんでした。

それは彼女に、人を寄せ付けない、ピーンと張りつめた緊張感のようなものを感じたからです。

彼女は、参考書のような本を、抱えたリュックの上に広げて、静かに読んでいます。
そして、時折届くメールに、その都度丁寧に返事を打っているようでした。

その内に私は、いつものように、ウトウトしてしまいました。

しばらくして 「次は上野、上野です」 と言う車内アナウンスに目を覚ますと、
彼女は、降りる準備を始めていました。

「大学に進学?」 と、思わず声をかけてしまいました。
彼女は、一瞬驚いたように目を見張った後、少し笑って 「はい」 と答えました。

ほとんど化粧っ気のない顔に、ストレートの髪を無造作に束ねた彼女は、
「どちらから?」 と尋ねる私に、「岩手です」 と答えました。

彼女の顔に少し赤みがさして、さっきまで全身にまとっていた緊張感が、
す~っとほどけていくのがわかりました。
もっと早く声を掛ければよかったなと思っている内に、新幹線は上野駅のホームに滑り込みました。

リュックを背負うために立ち上がった彼女に、私も立ち上がって通路を開けながら、
「すてきな学生生活でありますように。行ってらっしゃい!!」 というと
彼女は 「ありがとうございます」 といって、笑顔を見せてくれました。

そして大きくひとつ深呼吸をすると、スーツケースを押して降りていきました。
そして、ホームに降りると、私の方を向いてぺこりとお辞儀をしました。

出会いと別れの言葉が行き交う春

「おめでとう」 「ありがとう」 「さようなら」 「がんばれ」 そんな言葉が行きかう季節。
春の息吹に背中を押されて、歩み出す時である。

「天声人語」 に載っていたそんな言葉を思い出しながら、
列車で偶然隣り合わせた、名前も知らない彼女の新生活に、幸多かれと祈りました。

そして、「今日はあたり」 と、小さくつぶやきました。


「新幹線の車中にて」 (はずれ編) http://www.stage-up.info/person/cat1/post-82.php
「新幹線の車中にて」 (上り編) その2 http://www.stage-up.info/person/cat1/-2-3.php
「新幹線の車中にて」 (下り編) その2 http://www.stage-up.info/person/cat1/-2-2.php
「新幹線の車中にて」 (下り編) http://www.stage-up.info/person/cat1/post-68.php
「新幹線の車中にて」 (上り編) http://www.stage-up.info/person/cat1/post-67.php

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