【第3部】労働供給制約社会を生き抜く~令和8年度厚労省予算案から読み解く、中小企業の変革の羅針盤
はじめに
第2部では、単なる賃上げがキャッシュフローを圧迫し、債務償還年数や損益分岐点売上高などに与える影響について解説しました。
しかし、苦しい資金繰りの中で決断した賃上げであっても、それだけで社員の定着率が上がるわけではありません。東京商工リサーチのデータでも、従業員の退職に起因する人手不足倒産が前年同月比72.7%増と増加している事実が示されています。
第3部では、評価や業務改善を伴わない賃上げが引き起こす現場の混乱と離職リスクについて掘り下げます。
給与改定だけで離職を防げない3つの構造的要因
単に給与額を引き上げるだけでは、従業員の定着率向上には結びつきません。
現場で生じている不満の背景には、給与額そのものよりも組織の仕組みや労働環境が原因のケースもあります。大きく分けて以下の3点です。
1.評価基準の不透明さによるモチベーション低下
貢献や成果がどのように給与に反映されているかが曖昧な場合、いくら基本給が底上げされても社員の納得感は得られません。
特に貢献度の高い優秀な社員ほど「成果を出しても適切に評価されない」と感じ、早期離職につながります。
2.業務効率化なき賃上げによる労働環境の放置、悪化
人件費が増加すると、経営側は無意識に従来以上の成果を求めてしまいがちです。
業務プロセスを見直さずにより多くの成果を求める結果、時間外労働や業務負担が増大し、「給与は上がった分、労働環境が悪くなった」と社員は感じます。
3.役割や責任に応じた手当・等級制度の形骸化
賃金規程が実態に合っておらず、責任の重い業務を担う社員と一般社員との待遇差が不透明になっているケースです。責任に見合う評価が得られない状況は、現場の不満を増幅させます。
単なるベースアップが引き起こす労務リスク
他社の動向や最低賃金の引き上げに合わせて一律の基本給引き上げを行うだけでは、現場に新たな歪みが起きる原因となります。
能力や成果にかかわらず一律で給与を引き上げた場合、真面目に成果を出している中堅社員やキーマンから見れば「努力してもしなくても待遇が変わらない」という不公平感が生まれます。これが組織全体の士気を低下させ、最終的には優秀な人材から順に競合他社へ流出していくという悪循環を招きます。
厚生労働省が実施している各種の雇用関連調査でも、離職理由の上位には「給与への不満」だけでなく「労働時間や過重労働への不満」「評価基準の不透明さ」が常に挙げられています。
賃金の引き上げだけを解決策にしようとするアプローチは、かえって本質的な労務リスクを見落とすことになります。
定着率を高める「根拠ある賃上げ」と就業規則の見直し
賃上げを単なるコスト増加で終わらせず、社員の定着と組織の成長につなげるためには、労務環境の再構築が不可欠です。具体的には、以下のステップで評価と処遇を連動させる仕組みを整えます。
(STEP1)明確な評価指標の設定
役割や目指すべき成果を定量的・定性的に明示し、達成度に応じた評価基準を策定します
(STEP2)業務プロセス再構築による負担軽減
ITツールの導入や業務フローの見直しを行い、業務負荷を削減することで生産性向上と労働環境の改善を両立させます
(STEP3)就業規則および賃金規程の改定
評価がどのように昇給や賞与に反映されるかを明確にし周知することで、社員が納得感を持って働ける環境を作ります
まとめ
苦しい環境下で賃上げしたとしても、評価や業務改善を伴わなければ離職防止にはつながりません。
【今回のポイント】
- 給料の上昇だけでは「業務負担」や「評価への不満」による離職を防ぐことはできない
- 一律のベースアップは優秀な人材の不公平感を高め、キーマンの離職を招くリスクがある
- 評価制度の明確化と業務プロセスの効率化をセットで進めることが重要
- 就業規則や賃金規程を整備し、納得感のある賃金体系を構築することが組織の定着につながる
第4部では、人件費増加を吸収する「財務・労務の対策」として、生産性向上・価格転嫁・公的支援を組み合わせた三位一体の対策を解説します。
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