労務リスクの財務インパクト ~事例に見る「見える費用」と「見えない費用」~
はじめに
第2部では、「しょくばらぼ」の概要と、情報の非開示や適切に反映しないことが、企業のキャッシュフローを悪化させ、現場の属人化を増加させるリスクについてお伝えしました。
現状維持を選び、情報開示や労働環境改善に取り組まないことは経営に重大な影響を与えます。
最終部となる第3部では、労働環境を改善し、企業の生産性を向上させるための対策について考察します。
改善に向けた3つの対策
「手引」が推奨する、ミスマッチを防ぐ「段階的な情報提供」の実
「最初からすべてのデータをウェブ上に晒すのはリスクがある」と躊躇する企業も多いと思います。しかし、厚生労働省の「求職者等への職場情報提供に当たっての手引」を読み解くと、単にすべての情報を開示ことを求めているわけではありません。
求職者のプロセスに合わせ、戦略的・段階的に情報を提供することを推奨しています。
| 採用ステップ | 開示・提供すべき情報の内容 | 期待できる効果・狙い |
|---|---|---|
| 【ステップ1】応募段階(求人票・自社HP・しょくばらぼ) | 会社全体の「平均値」、法令で義務付けられている基本項目、企業のビジョンや目指す方向性 | まずは自社の存在を正しく認知させ、企業の目指す姿勢に共感する母集団を形成 |
| 【ステップ2】選考段階(面接・カジュアル面談など) | 「配属予定の部署単位」の就労実態、実際のリアルな働き方や課題、職場見学やメンバーとの意見交換 | 応募者が選考への影響を恐れて質問できない本音を汲み取り、個別提供することで「不都合なギャップ」を極限まで下げる |
選考の進捗に合わせて情報を深めていくことで、入社後のミスマッチを徹底的に防ぎ、採用費という「先行投資」の回収率(ROI)を最大化させることができます。
低調な項目こそ「改善に向けたプロセス」をセットで誠実に開示
もし自社の残業時間が多く、有休取得率が低かったとしても、悲観する必要はありません。
手引(第3版)には、「実績値が低調な項目であっても、その背景や改善に向けた現在の具体的な取組内容を併せて説明することが有効である」という重要な方針が明記されています。
| 低調なデータの開示手法 | 具体的な表現例 | 求職者に与える心理的効果 |
|---|---|---|
| × 悪い開示例 | 残業時間:月平均45時間(数値だけをそのまま放置、または隠蔽する) | 「ブラック企業かもしれない」と敬遠され、応募が来ない |
| ◎ 良い開示例 | 残業時間:月平均45時間【背景と取組】「現在、繁忙期の業務過多が課題ですが、解消に向けITツールを導入中で、来期は〇時間削減を目指しています」 | 「課題を直視して変わろうとする、誠実で信頼できる企業」と共感を得やすい |
過去の実績は変えることはできません。
それを適切に開示しないことは、採用できたとしても現実とのギャップを生み早期離職に繋がるリスクがあります。
但し、課題とセットで行う「プロセス開示」は、求職者の信頼を勝ち取る武器になります。
財務の視点:採用ミスマッチの損失を「属人化脱却」と「リスキリング」への先行投資へ
採用ミスマッチによる早期離職は、採用費と育成コストをそのままドブに捨てる、最も非効率な財務的損失です。この無駄なサンクコスト(埋没費用)を発生させるくらいなら、その資金を現場の「属人化からの脱却」のためのシステム投資、および従業員の「リスキリング(学び直し)」へと回すべきです。
| 投資対象 | 具体的なアクション | 財務・労務へのリターン(効果) |
|---|---|---|
| ① 属人化からの脱却(システム・仕組み投資) | 業務のデジタル化・マニュアル化を図り、「特定の社員しかできない業務」を無くす | 業務のデジタル化・マニュアル化を図り、「特定の社員しかできない業務」を無くす |
| ② リスキリング(人への投資) | 効率化によって捻出した時間を使い、従業員に新たなスキルを習得 | 従業員の生産性が引き上がり、さらなる残業削減や有休取得率の向上へ |
構造改革を推進する際、「みんなの労働ナビ」等でも案内されている国の助成金制度(人材開発支援助成金や働き方改革推進支援助成金など)の活用を検討します。
これにより、企業のキャッシュアウトを最小限に抑えながら社内の生産性を引き上げられます。
生産性が向上すれば、結果として残業が減り、有休取得率が上がります。
その改善された実績が「しょくばらぼ」に掲載され、さらに優秀な人材を引き寄せる、という、持続可能な「成長の好循環(正のループ)」が回り始めます。
まとめ
国が進める労働市場の見える化は、現状維持を続ける企業にとっては、自社の弱みが露呈し、人材が流出するきっかけとなります。しかし、自社の数値を直視し、適切な情報開示と業務効率化への投資に舵を切る企業にとっては、生産性が向上し、優秀な人材を獲得できるきっかけにもなります。
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