顔の表情、体の表情
「できない」→「できる」意識コントロール
うまくできないことがあるのは
体が出来る状態になっていないから・・
それはこのコラムでは良く書いている。
そして「できる」状態に整えていくが、
昨日、生徒さん達が懸命にレッスンしているのを見て、ふと思ったことがある。
ある程度はそれで格段に「できる」状態に近づく。
よくなれば人はそれ以上に「できる」ことを目指す。
一定の所から伸び悩むのは、意識が部分に分散し
意識がつながらないからだ。
体の中心で自分の体とその空間を見る、感じることを習慣づけていかないと
全体としての自分を感じることもできなければ
自然に流れのリズムが体の動きを導き出してくれることもない。
必死になるあまり、「全体」の流れからはずれてしまう。
今できない「これ」を必死で意識することよりも
自分の中心から客観的に見、流れを起こしていくと
部分に集中していた時には感じられなかった流れが感じられる。
生徒さん達に、それをしてもらった。
腰に意識を置いてもらい、上に上がってしまう意識を床に下ろしていく。
そして背中で見る。
(部分で見る)
(中心で見る)
多くは言わなかったが、言いたいことを感じてくれた。
上の写真はそれまでやっていた時の状態。
下の写真は中心を感じて背中で前を見ている。
そこからどうする、こうすると言わなくても
自分が意識しようとしていたところに流れが動いている。
これですべてがいい訳ではない。
全体の意識の流れを感じて、より高めていく準備が出来ただけのことだ。
もちろんそれまで、さんざん試行錯誤されているからだが
頭で必死に考えている時は、中心でものを見られなくなる。
部分に引き回されるのではなく
自分の中心からことを起こしていく。
体も心も自分のもので、それをコントロールするのは自分でしかない。
それを育てられるのも自分自身である。