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コラム

中村獅童さんが朗読!第1回『母の日参り』手紙コンクール 金賞受賞作品/母の日は「お墓参りの日」

イベント

2018年5月22日 / 2018年5月27日更新

ご存じですか? 「母の日」のはじまり 

毎年、5月の第2日曜日は「母の日」です。


母親への日頃の感謝を表す日として親しまれていますが、
この記念日、実は20世紀の初めにアメリカで生まれたものなのです。

当時フィラデルフィアに住む、母親想いの女性、
アンナ・ジャービスという人がきっかけでした。




彼女の母親は南北戦争中に傷ついた南北両軍の兵士たちを、
救援・看護し続けた献身の人であり、1905年5月に他界しました。

アンナは敬愛してやまない亡き母を偲ぶ日々の中で、
世の母親に感謝を表す記念日づくりを思いたちます。

彼女の想いに共鳴した周囲の助力もあり、
アンナの母が長年教鞭をとっていた、
ウェストバージニア州グラフトンの教会で、
1908年5月10日に「母の日」を祝う会が催され、
アンナは母が好きだった白いカーネーションの花を祭壇に捧げました。


この時が公的な最初の「母の日」といわれます。


亡き母を偲ぶ心から始まった「母の日」の輪は米国全土に広がり、
ついには1914年、ウィルソン政権下の連邦議会で、
5月の第2日曜日を「母の日」と定める法律が可決され、
翌1915年の施行によって初めて国家規模で認められ、
「母親のための記念日」誕生となりました。

同年、日本でも青山学院大学のアレクサンダー教授によって、
初めて「母の日」を祝う行事が紹介されたと伝えられますが、
一般には戦後の1947年、米国に倣って5月の第2日曜日を、
「母の日」と制定されたと言われ、
それ以来、全国的な行事として知られるようになりました。


『母の日参り』に広がる共感の輪 

亡き母を偲ぶ想いから生まれた「母の日」…。



▲デザイナー・奥下和彦さんの手による『母の日参り』のロゴマーク


そんな記念日の由来に心を合わせるかのように、
最近、ゴールデンウィークから母の日にかけての好季節に、
亡くなられたお母さんの墓前を訪ねる、
『母の日参り』の習慣が広がりを見せています。

この慈しみの芽を大切に育てていこうと今、
業界の垣根を越えた有志企業・団体がパートナーシップを深めあい、
それぞれが応援活動に取り組んでいます。

当社、㈱第一石材が加盟する「(一社)日本石材産業協会」、
私、能島孝志が加盟する「PLAY for (ONE)」も、
いずれも、パートナーシップ参加企業・団体です。


第1回『母の日参り』手紙コンクール 受賞作品

『母の日参り』手紙コンクールは、『母の日参り』パートナーシップが、
2018年度よりスタートした共同文化事業です。




“亡き母への手紙”をテーマに、400字程度の書簡形式で表現された、
未発表・オリジナルのノンフィクション作品を、
2018年2月5日(月)~3月31日(土)の期間中、広く一般より募集いたしました。

短い公募期間にもかかわらず、1,857篇もの、
心のこもった作品が寄せられるという、大きな反響があったようです。

選考委員長の中村獅童さんをはじめ、
マーケティングライターとしてご活躍の牛窪恵さん、
パートナーシップ代表二者からなる選考委員会には、
決して、優劣をつける審査ではなく、
“特に心惹かれた、印象に強く残った作品”という
、各委員の“心のモノサシ”を基準としたご選考をいただき、
このたび、「金」「銀」「銅」の全受賞作品8篇が決定いたしました。

各賞に輝かれた全作品につきましては後ほどご紹介させていただくとして、
先ずは、見事「金賞」受賞の余白さん(男性・89歳・静岡県)の作品、
「白い目薬」を中村獅童さんの感動の朗読でお聞きください。




受賞全8作品はコチラまで!
└ https://hahanohi-mairi.jp/award.html


※「母の日参り」パートナーシップサイトより引用



一般消費者にとって極めて分かりにくいあらゆるお墓の疑問を、
(一社)日本石材産業協会認定、「お墓ディレクター1級」資格者、
㈱第一石材・代表、能島孝志がズバリ解決いたします。(相談無料)




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