元気になるのは、身体だけではありません。
先日、友人と食事に行った時のことです。
会うなり、友人がこんな話をしてくれました。
「今日ね、息子が急に帰ってきたんだよ。
特別な準備は何もできなかったけど、帰る時に持って帰れるようにタッパーに詰めてきたの。
たぶん、私が帰る前に息子は帰っちゃうから。」
私は思わず、
「そんな日だったの?誘っちゃってごめんね。大変だったでしょう。」
と言いました。
すると友人は笑いながら、
「大丈夫。約束の方が先だったしね。
忙しかったけど、やってあげられることが幸せだから。」
そして、こんな言葉が続きました。
「私は、子育ては一生だと思ってる。」
その言葉を聞いた瞬間、以前書いた
「親にとって、子どもは何歳になっても子どもなんですね。」
というコラムを思い出しました。
「そうだよね。」
私も同じように思いました。
そして、もう一つ思い出した言葉があります。
以前、義姉が私に、
「お義母さん、加代ちゃんが来ると母親然となる。」
と話してくれたことがありました。
その時は深く考えていませんでしたが、友人の話を聞いて、その言葉の意味が少しわかった気がしたのです。
実家へ行くと、母は必ず、
「玉ねぎいる?」
「きゅうりは?」
「きゅうりの辛子漬け作ったけど持って帰る?」
と、何か持たせようとします。
そして、ふと気づきました。
そういう私も、長女が帰省すると聞けば、好きそうな食べ物を買っておきます。
帰る時には、
「これ持って行く?」
「あれも持って行きな。」
と、気づけば母と同じことをしているのです。
「子育ては一生。」
その言葉は、子どものために何でもしてあげ続けるという意味ではなく、
何歳になっても子どものことを思い、何かしてあげたい。
そんな親の気持ちを表している言葉なのかもしれません。
私も、母と同じことをしていることに気づいた一日でした。


