家の外が乱れていると、狙われやすくなります
4月に富山を訪れた時のことです。
大学時代の友人のお母さんが、高岡駅まで会いに来てくださいました。
「これ、みんなで食べてね。」
そう言って高岡銘菓を手渡してくださり、
「これからも娘をよろしくね。」
と笑顔で声をかけてくださいました。
その言葉に、お母さんの温かい親心を感じました。
そして今回の帰省。
実家へ向かう途中、高校時代の友人の実家の近くを通りました。
「せっかくだから、お母さんのお顔だけ見に行こう。」
突然の訪問にもかかわらず、とても喜んで迎えてくださいました。
玄関先で立ち話をしていると、
「いつも仲良くしていただいてありがとうございます。」
そして、
「あの子は、強がるところがあるから。」
と、ぽつり。
その一言に、お母さんがいつも娘を見守っていることが伝わってきました。
後から友人にその話をすると、
「そんな話、聞いたことがなかった。」
という返事が返ってきました。
親だからこそ胸にしまっていた想いが、ふとこぼれた瞬間だったのかもしれません。
帰り際には、
「これも持って行って。」
と、玉ねぎやジャガイモまでいただきました。
まさに田舎あるあるです。
実家でも同じでした。
中学時代の友人が遊びに来ると、母はその日の朝に採れたモロッコインゲンやキュウリ、手作りのキュウリの辛子漬けを持たせていました。
そして翌日、私が帰る支度をしていると、
玉ねぎを用意しながら、
「あっ、玉ねぎも持たせてあげれば良かった。」
と一言。
あれだけ持たせたのに、まだ足りなかったようです。
思わず笑ってしまいました。
仕事では、高齢の親御さんと、その子ども世代の間に入ることがたくさんあります。
だからこそ今回の帰省で、改めて思いました。
親にとって、子どもは何歳になっても子どもなんですね。
大学時代の友人も、高校時代の友人も、そして私も、もう若いとは言えない年齢になりました。
それでも、お母さんたちは、
「娘をよろしくね。」
という想いを友人に託し、
「あれも持って行って。」
と手を伸ばします。
その姿を見ていると、
親の目には、いつまでも「わが子」のままなんだと感じます。
三人のお母さんから、そんな親心を教えてもらった帰省でした。


