転ばぬ先の杖は、親子げんかの始まり?
東京で高校の同級生たちと再会しました。
前日に会った友人とは、先日私がコラムに書いた「会う会う詐欺」の話になりました。
「会いたいね」と言いながら、仕事や子育てに追われ、なかなか会えなかった40代。
でも今は、少しだけ時間にも気持ちにも余裕ができました。
「元気なうちに、会いたい人には会おう。」
そんな約束をして別れました。
翌日の同窓会では、その言葉が現実になりました。
久しぶりに会った同級生たちは、それぞれ違う人生を歩み、それぞれの経験を重ねていました。
そして話題は、自然と親の介護へと移っていきました。
ある同級生は、お父様が入院されていた頃の話をしてくれました。
遠方に住みながら、新幹線で何度も病院へ通っていたそうです。
ある日、思わずお父様と口論になり、「もう親父なんか知らない!」と言って病室を出てしまったそうです。
それが、お父様との最後の会話になってしまいました。
「まさか、あれが最後になるなんて思わなかった。」
そう話す彼の言葉が、今でも心に残っています。
亡くなられた後、葬儀までの二日間、お父様の隣で過ごした時間だけが、少しだけ心を救ってくれたそうです。
また別の同級生は、お母様を三年間、自宅で介護していました。
認知症が進み、夜中に何度もトイレへ行くたびに掃除を繰り返す毎日。
「嫁にはやらせられないから、自分がやった。」
そう静かに話してくれました。
そして、こんな言葉が出ました。
「子育ては、できることが増えていく。でも介護は、できないことが増えていく。そして終わりが見えない。」
思わず、みんながうなずきました。
介護は、きれいごとではありません。
「認知症の方を否定してはいけません。」
「優しく受け止めてあげましょう。」
もちろん、その通りです。
でも、介護をしている人も、生身の人間です。
毎日同じことの繰り返し。
終わりが見えない不安。
優しくできない日があっても、おかしくありません。
実際、ある友人は、「介護うつになっている気がする」と話してくれました。
「親にひどいことを言ってしまいそうになる。そんな自分が嫌になる。でも、介護する私の気持ちは、誰が支えてくれるの?」
その言葉に、胸が締めつけられました。
私は思わず、
「あなたが壊れたら元も子もない。まずは、あなた自身を大切にして。」
そう伝えました。
介護は、一人で抱え込むには重すぎます。
ケアマネジャーや家族、周りの人に頼ることは、決して甘えではありません。
介護を続けるために、自分を守ることも大切なのだと思います。
同窓会は、昔話をするだけの場所ではありませんでした。
人生を重ねたからこそ話せること。
涙をこらえながら話してくれた同級生たちの言葉は、私にとって大きな学びでした。
親を支える人にも、支えが必要です。
もし今、介護に疲れ、自分を責めている方がいたら、どうか一人で抱え込まないでください。
介護する人の心も、どうか大切にしてください。


