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体が硬いのではなく、体が「ブレーキ」をかけているのかもしれない ― 前屈と「伸張耐性」の科学

小木曽信裕

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テーマ:柔軟性と体の感覚

立ったまま前に曲がったとき、指先が床に届かない。靴下を履くときに、ももの裏がつっぱってしまう。そんな経験から「自分は体が硬いんだな」と思っている方は、多いのではないでしょうか。たしかに、筋肉や筋膜(筋肉を包む薄い膜)の硬さは、前屈のしやすさに関わる大切な要素の一つです。ただ、最近の研究では、「届かない理由」は硬さだけでは説明しきれないという報告が増えています。このコラムでは、前屈のやりにくさを中学生の方にも伝わるように、一緒にゆっくり紐解いていきます。結論を急がず、「そういう見方もあるんだな」と気軽に読み進めていただければ嬉しいです。体の動きにくさは、年齢や性別、日々の過ごし方によっても変わるため、ご自身の体を知るきっかけの一つにしていただければと思います。

届かない理由は、「ひとつ」ではなく「いくつかの重なり」

前屈では、ももの裏、ふくらはぎ、腰から背中にかけての筋膜、骨盤まわりなど、体の後ろ側がつながって働いています。たとえば、ゴムひもを想像してみてください。ゴムの素材そのものが硬いのか、引っぱられたときに「もう限界だよ」とセンサーが働くのか、ひもの通り道がせまいのか。実は、体の中でもこれに似たことが起きている可能性があります。

考えられる要因を整理すると、次のようになります。まず「組織の硬さ」。筋肉や筋膜が伸びにくい状態です。次に「伸張耐性」。伸ばされたときの不快な感じを、どこまで我慢できるか、つまり脳が「ここまでなら安全」と判断する範囲のことです。さらに「神経の動きやすさ」。ももの裏からお尻にかけて通る神経が、スムーズに動けるかどうかも関わる可能性があります。そのほか、股関節(脚の付け根)で曲がる割合と、腰や背中で丸まる割合のバランス、腕や脚、体幹の長さといった体格の違いも影響すると考えられています。

つまり、同じ「指が届かない」という状態でも、人によって背景がちがうことがあります。だからこそ、「硬いからストレッチを頑張る」だけでは、うまくいかないこともあるのかもしれません。

ストレッチ後に起きていることは、「伸びた」より「慣れた」に近い?

2025年に発表された研究では、これまでの65件の研究結果をまとめて分析しています。その報告によると、1回だけストレッチをした場合の可動域(関節が動く範囲)の増加は、主に組織の硬さが少し下がることと関連していました。ところが、ストレッチを続けた場合には、硬さが少し下がることに加えて、「伸ばされる感覚に耐えられる範囲が広がる」ことも関連していたそうです。しかも、筋肉そのものが長くなったという所見は確認されなかったとのことです。

これを日常にたとえると、冷たいプールに入るときのようなものかもしれません。入ったばかりは「冷たい!」と感じても、何度か入るうちに「このくらいなら大丈夫」と感じる範囲が広がっていきます。水の温度は変わっていなくても、感じ方が変わるわけです。ストレッチを続けて動きやすくなるとき、体の中で似たことが起きている可能性があります。2010年の総説でも、ストレッチ後の可動域の増加は、神経と筋肉のリラックスだけでは説明しにくく、組織の性質の変化に加えて「感覚の変化」が関わるという考察が示されています。

ただし、これらはたくさんの人の平均的な傾向です。体質や年齢、運動習慣によって、感じ方や変化の出方は一人ひとり異なると考えられます。すべての方に同じ結果が出ると言い切れるものではありません。

「届くかどうか」よりも、「安心して動けるか」を大切にする

もう一つ、知っておくと心が少し軽くなる話があります。学校の体力テストで行う「長座体前屈」などの前屈の測定は、ももの裏の柔軟性を見る目安としては、中程度の信頼性があると報告されています。一方で、腰の柔軟性を調べる方法としては、あまり向いていないとされています。到達した距離には、骨盤の傾きや、腕や脚の長さの比率など、さまざまな要素が混ざっているからです。つまり、「指が床につく・つかない」だけで、体のすべてが決まるわけではないのです。

ですから、指と床との距離にこだわりすぎず、「前よりも動き出しが軽いかな」「ももの裏の張りがやわらいだかな」といった、毎日の心地よさの変化に目を向けてみるのも一つの方法です。動きのイメージとしては、背中を丸めて下がるのではなく、脚の付け根が扉のちょうつがいのように折りたたまれて、上半身がふわっと前に傾いていく感じです。息をゆっくり吐きながら、強い張りを感じる手前で止めて、呼吸を続けてみてください。体が「これなら安心」と感じられる範囲が、少しずつ広がっていくかもしれません。

小さく、短く、続けやすく ― 暮らしの中の「安心の範囲」の育て方

研究では、ストレッチの強さや続け方によって、変化の出方が異なる可能性も示されています。ですから、「痛いくらいまで伸ばさないと意味がない」と考える必要はないのかもしれません。たとえば、朝に靴下を履く前、歯みがきのあとなど、一日のなかの決まった場面で、深呼吸を数回しながらゆっくり前に傾く。それだけでも、体にとっては「この動きは安全だよ」という経験の積み重ねになる可能性があります。ももの裏だけでなく、ふくらはぎや足の裏、腰まわりなど、体の後ろ側全体がつながっていると考えられているため、前屈以外の場面、たとえば歩くときや階段をのぼるときの足の運びに目を向けてみるのも一つの方法です。大切なのは、頑張りすぎず、少しずつ体との信頼関係を育てていくことかもしれません。

なお、前屈のときにお尻から脚にかけて痺れる、鋭い痛みが走る、強い痛みで動けないといった場合は、筋肉や筋膜以外の要因が関わっている可能性もあります。そのようなときには、ストレッチを頑張り続けるより、医療機関で状態を確認していただくことが安心につながります。体の硬さは、決して悪いものではなく、今の体がそっと教えてくれているサインの一つかもしれません。焦らず、ご自身の体との対話を楽しむ気持ちで、一緒に歩んでいけたらと思います。

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専門家

小木曽信裕(理学療法士)

THYME Physical Coorditioning Academy(たいむフィジカルコーディショニングアカデミー)

理学療法士に直接相談ができ、機能改善の施術と健康維持のためのエクササイズをワンストップで実現。体や健康についての正しい知識の提供を重視する独自の理念「ラーニングリハビリ」をサポート。

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