「石橋を叩いても渡らない日本人」「橋がなくても川を渡る外国人」

子どもが何かに困っている。
部下が仕事で悩んでいる。
そんな姿を見ると、私たちはつい手を差し伸べたくなります。
「こうすればいいよ」
「それは違うよ」
「私がやってあげよう」
助けてあげたいと思うのは、とても自然なことです。
しかし最近、私は思います。
すぐに助けることが、本当にその人のためになるのだろうか。
今回は「見守る」ということについて考えてみたいと思います。
「自分でやった方が早い」
私は長年、店長として多くのスタッフと仕事をしてきました。
忙しい店舗では、次々と仕事が発生します。
そんな時、スタッフが仕事に手間取っていると、
「自分でやった方が早い」
と思ってしまうことがありました。
実際、自分でやれば数分で終わることもあります。
しかし、それを毎回繰り返していたらどうなるでしょうか。
その日の仕事は早く終わります。
でも、スタッフはいつまでもできるようになりません。
目の前の「効率」を取るのか。
将来の「成長」を取るのか。
人を育てる立場になると、この選択に何度も直面します。
学校現場でも同じだった
ICT支援員として学校現場に関わっていた頃にも、似たような経験がありました。
子どもがタブレットの操作で困っています。
こちらは操作方法を知っていますから、代わりに触れば数秒で解決できます。
でも、それでは子ども自身ができるようになったわけではありません。
そこで、すぐに操作するのではなく、
「どこを押したらいいと思う?」
「さっきはどうやったかな?」
と声をかけてみる。
すると子どもは画面を見ながら考えます。
違うところを押すこともあります。
また戻ってやり直します。
そして自分で答えを見つけた瞬間、
「あっ、できた!」
という表情になる。
その姿を見ながら、私は何度も考えさせられました。
大人がすぐに答えを教えないことも、教育なのだ。
と。
「見守る」と「放っておく」は違う
ただし、ここで気をつけなければならないことがあります。
見守るということは、
何もしないことではありません。
困っているのに放っておく。
失敗しても知らないふりをする。
これは見守ることとは違います。
私は「見守る」とは、
いつでも手を差し伸べられる場所にいながら、あえて本人に考える時間を与えること
だと思っています。
危険な時には助ける。
本当に分からない時にはヒントを出す。
そして、自分でできそうなら待つ。
この「どこまで待つか」の判断が、とても難しいのです。
失敗させないことが、本当に優しさなのか
親であれば、子どもに失敗してほしくないと思うでしょう。
先生も同じです。
部下を持つ上司もそうです。
できれば失敗する前に教えてあげたい。
私自身もそう考えてきました。
しかし、これまでの人生を振り返ると、私自身が大きく学んだのは成功した時だけではありませんでした。
仕事で失敗した時。
判断を間違えた時。
思い通りにいかなかった時。
「なぜ失敗したのだろう」
「次はどうすればいいのだろう」
と考えた経験が、その後の自分をつくってくれました。
もちろん、取り返しのつかない失敗まで経験させる必要はありません。
しかし、
小さな失敗まで大人がすべて取り除いてしまうことが、本当に優しさなのか。
これは教育を考える上で、とても大切な問いだと思います。
生成AIは「待ってくれない先生」になるかもしれない
そして今、私たちの前には生成AIがあります。
分からないことを質問すれば、すぐに答えてくれます。
文章が書けなければ作ってくれます。
アイデアが浮かばなければ提案してくれます。
私自身、生成AIを活用していますし、非常に便利な道具だと感じています。
しかし教育という視点から考えると、少し気になることがあります。
それは、
「考える前に答えを手に入れることが当たり前にならないか」
ということです。
本来なら10分考えるところを、AIなら数秒で答えてくれます。
便利だからこそ、
「まずAIに聞こう」
となりやすい。
でも時には、AIに聞く前に自分で考えてみる。
自分なりの答えを出してからAIと比べてみる。
AIの答えに、
「本当にそうなのか?」
と問い返してみる。
そんな使い方も必要ではないでしょうか。
AIを使わせない教育ではなく、
AIを使いながらも、自分で考える時間を残す教育。
これからますます重要になると思います。
大人にも「見守る力」が必要になる
子どもが困っている。
部下が迷っている。
そんな時に、すぐ答えを教えることは簡単です。
難しいのは、
「この人なら、もう少し自分で考えられる」
と信じて待つことです。
待っている側は、もどかしいものです。
「そこじゃない!」
「こうすればいいのに!」
と言いたくなる。
それでも少し待ってみる。
その時間の中で、人は考えます。
試します。
失敗します。
そして自分で答えを見つけます。
「見守る」とは信じて待つこと
第3回では「教える」。
第4回では「育てる」。
そして今回は「見守る」について考えてきました。
この三つは、すべてつながっていると思います。
教える。
育てる。
そして、いつか手を離す。
教育の最終的な目的は、
教える人がいなくても、自分で考え、自分で判断し、自分で歩いていけるようになること
ではないでしょうか。
だからこそ、何でも教えることが良い教育とは限りません。
時には教えない。
時には手を出さない。
時には失敗を経験させる。
そして必要な時には、そっと支える。
私は、
「見守る」とは、その人の可能性を信じて待つこと
なのだと思います。
AIがすぐに答えを出してくれる時代だからこそ、私たち人間には「待つ教育」が必要なのかもしれません。
次回は、
【第6回】「褒める」とは何か ― 結果ではなく成長を見る
について考えてみたいと思います。
Today's English Phrase
Give them time to grow.
(成長する時間を与えよう。)
すぐに答えを与えない。
すぐに手を出さない。
信じて待つ時間もまた、大切な教育なのではないでしょうか。
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