タイピングの魅力と可能性:紙とペンを超えるアウトプット体験

「教える」とは何でしょうか。
知っていることを伝えること。
正しいやり方を説明すること。
分からない人に答えを教えること。
もちろん、どれも「教える」ことです。
しかし私は、これまで様々な仕事や学校現場で多くの人と関わってきた中で、
「教える」と「伝える」は同じではない
と感じるようになりました。
自分では一生懸命教えたつもりでも、相手に伝わっていなければ、本当に「教えた」と言えるのでしょうか。
今回は、私自身の経験を振り返りながら、「教える」ということについて考えてみたいと思います。
「教えたのに、なぜできない?」
私は長年、店長として多くのスタッフを指導してきました。
若い頃の私は、
「一度説明したのだから分かっているだろう」
と思うことがありました。
ところが実際には、同じことを教えても、すぐにできる人もいれば、何度説明してもなかなかできない人もいます。
そんな時、
「ちゃんと教えたのに、どうしてできないんだ」
と思ったこともありました。
しかし経験を重ねるうちに気づきました。
問題は相手ではなく、自分の教え方にあるかもしれないということです。
人によって「分かり方」は違う
口頭で説明すれば理解できる人がいます。
実際にやって見せた方が分かる人もいます。
一緒にやってみることで理解できる人もいます。
そして、何度も繰り返して初めて身につく人もいます。
これは学校でも同じだと思います。
先生が同じ説明をしても、30人の子どもが全員同じように理解するとは限りません。
一度で理解できる子。
ゆっくり考える子。
図を見ると分かる子。
実際に操作すると理解できる子。
人によって「分かるまでの道」は違います。
だから私は、
教えるとは、相手に合わせて伝え方を変えること
でもあると思っています。
学校現場で感じた「待つこと」の大切さ
ICT支援員として学校現場に関わっていた頃にも、このことを感じる場面がありました。
タブレットの操作が分からず困っている子どもがいるとします。
大人が横から操作してしまえば、問題はすぐに解決します。
しかし、それでは子ども自身ができるようになったわけではありません。
少しヒントを出す。
自分で考えてもらう。
間違えても、すぐには手を出さない。
そして、自分の力でできた時に、
「できた!」
という表情になる。
私はそんな場面を何度も見てきました。
そこで感じたのは、
教えることには「待つこと」も必要だ
ということです。
答えを教えないことも「教える」
私たちは誰かに質問されると、つい答えを教えたくなります。
特に自分が答えを知っていると、
「こうすればいいよ」
と言ってしまいます。
もちろん、それが必要な場合もあります。
しかし、いつも答えを与えていたら、その人は自分で考えなくなるかもしれません。
「どうしたらいいと思う?」
「他に方法はないかな?」
「なぜそうなったと思う?」
そんな問いを投げかけることも、立派な「教える」だと思います。
教えるとは、
答えを渡すことではなく、答えにたどり着く力を育てること
なのかもしれません。
ICTや生成AIは「教える」をどう変えるのか
現在はICTや生成AIによって、「教える」という行為そのものも大きく変わり始めています。
分からない言葉を検索する。
動画で解説を見る。
生成AIに質問する。
難しい内容を、自分に分かる言葉で説明してもらう。
以前なら先生や専門家に聞かなければ分からなかったことも、自分で学べるようになりました。
では、先生や教える人は必要なくなるのでしょうか。
私は、むしろ逆だと思います。
情報や答えが簡単に手に入る時代だからこそ、
「その情報は正しいのか」
「なぜそう考えるのか」
「あなた自身はどう思うのか」
と問いかける人の存在が重要になります。
AIが「答え」を示してくれる時代だからこそ、人間には**「考えるきっかけ」を与える役割**が求められるのではないでしょうか。
教える側も学んでいる
そして、もう一つ大切なことがあります。
教える側が、いつも正しいとは限りません。
私自身、スタッフを教えながらスタッフから学び、学校現場では先生方や子どもたちから多くのことを学びました。
「そんなやり方があったのか」
「自分の考え方が古かったのかもしれない」
そう気づかされることもありました。
つまり、
教える人と学ぶ人は、完全に分かれているわけではない
のです。
教えながら学ぶ。
学びながら教える。
その繰り返しによって、お互いが成長していくのだと思います。
「教える」とは相手の成長を信じること
今回、「教えるとは何か」を改めて考えてみました。
私なりの答えは、
教えるとは、自分の知識を相手に渡すことだけではなく、その人が自分の力でできるようになるまで支えること。
そして、その根底にあるのは、
「この人なら、きっとできるようになる」
と信じることではないでしょうか。
すぐにできなくてもいい。
失敗してもいい。
時間がかかってもいい。
大切なのは、その人自身が考え、経験し、最後には自分の力で一歩を踏み出せるようになることです。
それは学校教育だけの話ではありません。
家庭でも、会社でも、そして私たちの日常生活の中でも同じです。
「教える」という行為の先には、いつも「人の成長」がある。
私はそう考えています。
次回は、
【第4回】「育てる」とは何か
について考えてみたいと思います。
Today's English Phrase
Teaching is helping someone discover.
(教えるとは、誰かが自ら発見することを助けること。)
答えを与えるだけではなく、自分で答えを見つけられるように支える。
そこに「教える」ということの本当の意味があるのではないでしょうか。
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