モヤモヤを抜けたら、次に待っているもの
目次
日本人の語彙力、便利すぎて壊れる
昔と違って最近の傾向。
「全部同じ言葉」で済ませる人が増えた。
日本語、便利になりすぎた。
いや、
正確には——
雑になりすぎた。
料理食べても、
「ヤバい」
景色見ても、
「エグい」
仕事の資料見ても、
「すごい」
……何がどう「すごい」んだ?
会議でも、
「まあまあ大変です」
……それで、何がどう「まあまあ大変」なんだ?
(´・ω・`)
増えている言葉に詰まる人
企業や職業訓練校などで、
毎日のように相談や会話対応をしていると強く思う。
言葉に詰まる人は、本当に多い。
感情はある。
違和感もある。
でも、
「何がどうつらいのか」
を整理して話せる人は、
実はかなり少ない。
体感としては、
10人中9人くらい、
途中で言葉が止まる。
「まあまあ」が便利すぎて、何も伝わらない
「まあまあ。」
昔からある便利な日本語。
角を立てない。
空気を壊さない。
日本社会に最適化された緩衝材。
でも最近、
これが万能化しすぎている。
「まあまあ忙しい」
→ 地獄なのか、余裕あるのか不明。
「まあまあ厳しい」
→ 撤退案件なのか、調整可能なのか不明。
「まあまあつらい」
→ 心配していいのか、
放置していいのか不明。
もうここまで来ると、
会話じゃない。
霧の中。
どんなに明るいライトを照らしても見えない。
職場にもいる「全部ふわっと報告する人」
あなたの会社にもいるんじゃないでしょうか?
話を聞いても「全部ふわっと伝わる人」
ちょっと厳しいかもしれません。
これ、職場では、かなり困る。
「ちょっと厳しいかもしれません」
何が。
納期が?
予算が?
人間関係が?
仕様が?
全部ぼやけている。
さらに危険なのは、
本人が“伝えた気になってる”こと。
「いや、前に言いましたよね?」
言われた側、
急に暗号解読班になる。
・・・言われた側、一気に不安になる。
何なら、自分の理解力の足らなさを自責する場面も。
「ちょっと厳しいかもしれません」といった本人だけ「どや顔」。
「普通にすごい」は、普通なのかすごいのか
さらに厄介なのが、
「普通に」
この言葉、どこにでも出る。
「普通にうまい」
「普通にかわいい」
「普通にヤバい」
「普通に天才」
普通とは???
(;゜д゜)
本来、言葉は輪郭を作るためにある。
でも、
便利ワードが増えすぎると、
輪郭が消える。
感情も、
評価も、
責任も、
全部ぼやける。
福岡の飲み会、3割くらい「ヤバい」で成立している
特に飲み会。
福岡、わりとこれで成立する。
焼き鳥来る。
「ヤバ」
もつ鍋来る。
「めっちゃ、ヤバい~~。」
日本酒来る。
「やっば~~、これ危ないやつじゃん。」
会計来る。
「ヤバ……」
全部ヤバい。
感情の種類、
もう少しあるだろ。
そのうち健康診断でも言いそう。
「先生、数値が普通にヤバいです」
言葉が雑になると、思考も雑になる
ここ、かなり重要。
言葉って、
単なる会話道具じゃない。
思考の器でもある。
そして、
感情を形にするものでもある。
人は、
自分の言葉で考え、
その言葉で感情を動かし、
その感情で行動している。
だから、
言葉が曖昧になると、
考え方も曖昧になる。
何が問題なのか。
どの程度危険なのか。
誰に影響するのか。
何を決めるべきなのか。
これ、言葉が粗いと整理できない。
すると起きる。
「なんか違う気がします」
だけで止まる会議。
日本中で開催されている。
理解をしたいために追求しようものなら
「ハラスメント」
として片づけられがち。
これって外資企業は真逆ですよ。
しかも、
誰も責任を取りたくない会議ほど、
言葉がふわっとする。
空気で伝わる社会は、空気で壊れる
日本社会って、
「察する能力」が高い。
それ自体は強み。
でも、
察する文化に依存しすぎると、
説明能力が育たない。
すると増える。
「いい感じに」
「うまいこと」
「柔軟に」
「適切にお願いします」
新人、
「察して動け」が前提の職場に放り込まれる。
何を。
どこまで。
いつまでに。
誰基準で。
全部ふわっとしてる。
しかも、
指示した側は、
わりと本気で
「いや、普通わかるでしょ」
と思っている。
・・・それって会社の未来を考えるとゾッとする。
言葉が軽い社会は、責任も軽くなる
最近、
SNS見てても思う。
強い言葉は増えた。
でも、 “正確な言葉”は減った。
「神」
「エグい」
「人生変わった」
「尊い」
「過去一」
毎日、歴史的瞬間が起きている。
もう少し落ち着け。
( ̄▽ ̄;)
刺激が強い言葉って、
気持ちいい。
でも、
強い言葉を乱用すると、
感覚が摩耗する。
すると、
本当に大事な場面でも、
言葉が足りなくなる。
本当に苦しい人ほど、
「しんどい」しか言えなくなる。
大人の言葉は、「難しい言葉」じゃない
ここ誤解されやすい。
別に、
難しい単語を使えって話じゃない。
横文字並べろでもない。
むしろ逆。
短くていい。
簡単でいい。
でも、
何が問題なのか
どう感じているのか
何を伝えたいのか
これを、
自分の言葉で説明できる人は強い。
結局、
信頼される人って、
“ちゃんと言葉を選ぶ人”
なんだよね。
逆に、
言葉が雑な人は、
だいたい報告も雑。
そして、
報告が雑な人は、
だいたい後から揉める。
「語彙力」は、教養というより生存力
言葉って、
性格が出る。
知性も出る。
でもそれ以上に、
「その人がどれだけ考えて生きてるか」
が出る。
雑な言葉ばかり使うと、
思考も雑になる。
思考が雑になると、
判断も雑になる。
判断が雑になると——
人間関係も、
仕事も、
人生も、
少しずつズレ始める。
怖いのは、本人だけが全く気づかないこと。
だから、
言葉を磨くって、
単なる教養じゃない。
かなり実用的な、
人生防衛技術なんだと思う。
そして、
人間関係のトラブル相談を13年見ていて、
強く思う。
人生がこじれる時って、
だいたい最初、
「言葉」が雑になっている。



