第50回 機会主義の狡猾さと知的財産権による保護
トライアスロンの東京オリンピックのテスト大会が2019年8月15日にお台場海浜公園内開催され、エリート女子のフランス選手が熱中症の危険からレース後に救急車で搬送されたという。本番のフルマラソンや50km競歩は大丈夫であろうか。
トライアスロンのテスト大会では、ランの距離を10kmから5kmに減らしたというが、小学生の大会ではない。オリンピックで5kmとは情けない。
暑さ対策には雪国の道路に採用されている日本の科学技術を活用すべきであろう。新潟県三条市では夏季の暑さ対策として2018年から冬期に用いる路面の散水除雪装置で、打ち水を実施しているというが、2020東京オリンピックでも活用できるはずである。
§1 路面の散水除雪装置は昭和37年に長岡市で考案
§2 三条市では、夏の打ち水に除雪装置を用いている
§3 長岡市ができて東京ができないはずはない
§4 1912年のラザロ選手の死を無駄にするな
§1 路面の散水除雪装置は昭和37年に長岡市で考案
J-PlatPatで検索すると、新潟県長岡市の今井與三郎氏が1962年(昭和37年)1月19日に「路面の除雪装置」の実用新案を出願し、翌1963年11月15日に実公昭38-24455号公報として公告されていることが分かる。
今井氏は、1923年(大正12年)に浪花屋製菓を創業し、翌1924年に米菓・柿の種を発明している。「路面の除雪装置」の実用新案を出願当時は、長岡市の市議であったようである。
【図1】実公昭38-24455号公報に記載された「路面の除雪装置」(出典:J-PlatPat)
今井氏の実用新案権は長岡市へ無償譲渡されたようである。図1には実公昭38-24455号公報に記載された第二図と第三図を示している。
実公昭38-24455号公報の第二図に示すように、今井氏の考案は道路の上面に多数の湧水孔2を開口し、地下水汲上ボンプに連結した給水バイプ1を前記湧水孔2が路面とほぼ同一平面上に位置するように埋設したものである。給水バイプ1は、現在「消雪パイプ」と呼ばれている。
実公昭38-24455号公報の第三図は、路面が坂等の傾斜面である場合の除雪装置で、流水の扁流を防止するため、路面の一側に適切な間隔で地下水汲上ポンプに連結した貯水槽3を設けられた構造である。この貯水槽3より路面の中央部に向って放射状に出したパイプ4の先端の湧水孔2を、路面の中央部に開口させている。
実公昭38-24455号公報に開示された考案では、第ニ図の断面図から分かるように、路面の中央部に位置するように敷設された多数の湧水孔2より比較的暖い地下水が流水するようにしているので、降雪時にこの流水によって路面上に積もる雪を融して、積雪を防止できるというものである。
§2 三条市では、夏の打ち水に除雪装置を用いている
長岡市の昭和42年10月15日の「越後産業新報」によると、消雪パイプの試作第1号が市道に敷設されたのは、今井氏が実用新案登録出願する少し前の、1961年(昭和36年)の秋ということである。
前回の東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)1月18日には、新潟県三条市の近藤与助氏が「消雪道路用散水ノズル」の実用新案を出願し、1967年4月27日に実公昭42-8285号公報として公告されている。
実公昭38-24455号公報に記載された今井氏の考案は、1969年(昭和44年)には全国市長会の要望で公開されたというが、その前の1964年には、既に長岡市の散水除雪装置の技術は三条市にまで知られていたことが分かる。
【図2】実公昭42-8285号公報に記載された「消雪道路用散水ノズル」(出典:J-PlatPat)
近藤氏の考案では、図2に示すように、道路内に埋設した送水管1の所々に設けたネジ筒2 にネジ外筒4を嵌め込むんでいる。このネジ外筒4には散水孔5が開孔されたノヅルネジ飾6がねじ込まれている。
図2では、ノヅルネジ筒6の高さは道路面7の高さに合わされている場合の例示である。しかし、近藤氏の考案では、ネジ筒2に対しネジ外筒4をネジの機能を用いて、ノヅルネジ筒6を昇降自在に調節できる。
実公昭42-8285号公報に記載された考案によれば、ノヅルネジ筒6を高くしたり、低くしたりして散水の高低を自由に出来るという効果を奏するものである。
実公昭42-8285号公報に記載された考案の散水の高低を自由に出来るという技術的思想は、東京オリンピックのマラソンコース等に設け、選手の希望により大腿部まで散水するような設備に発展可能な内容である。
東京オリンピックのマラソンコースに中央分離帯があれば、中央分離帯に散水の設備を設ければよいので、散水の高さは自由に変更できるであろう。マラソンコースのうちで、中央分離帯がない区域であれば、実公昭42-8285号公報に記載された考案を更に発展させ、散水の高さを変更可能なノズルにすればよい。
新潟県三条市建設部建設課維持係によれば、三条市は2019年も、8月2日より昨夏に続いて暑さ指数(WBGT)が31度以上となる日に消雪パイプを活用した打ち水を、熱中症対策のために開始したという。対象は幹線の市道に設置された地元で管理する消雪パイプ総延長約160kmのうち希望があった区域ということである。
三条市は、午前9時から午後2時までの間で30分程度稼働するらしい。三条市では、気温が2度前後下がることを確認しているという。なぜ東京オリンピック委員会は三条市を視察し、散水除雪装置の使用を検討しないのかが、疑問である。
§3 長岡市ができて東京ができないはずはない
2019年7月28日には、JR東京駅前で打ち水イベントが開かれた。小池百合子都知事は、環境相時代から打ち水の普及に努めてきたということで、あいさつの中で、「江戸時代からの知恵を改めて見つめ直し、東京の環境を守っていきたい」と話したというが、なぜそれが2020東京オリンピックの熱中症対策の話に結びつかないのか不思議である。
正確ではないが、2020東京オリンピックで散水除雪装置を用いた打ち水の案は既に出ているような話もある。しかし、2020東京オリンピックのマラソンコースに採用するというような話は聞こえてこない。コスト面の問題があるらしいが、財政規模の小さな長岡市ができて、大都市東京ができないはずはない。
長岡市の割烹「笑月」の亀川純一氏によれば、純一氏の父親軍一氏が、散水除雪の方法で道路の雪を消すことが出来ないかと考え、自費で、自宅前の道路に設備させてほしいと、1961年に長岡市に道路使用願いを申し入れたのが、長岡市の散水除雪装置の最初だという。
https://blog.goo.ne.jp/gookamekawa/e/740fa598dbbe90a900788e22600aeba0
亀川軍一氏が自宅前の道路に散水除雪装置を設置する際には、長岡市の市土木課の技術陣や軍一氏の知人である今井与三郎氏が関与されたそうである。この経緯から、1962年1月19日の今井氏の「路面の除雪装置」の実用新案登録出願に至ったようである。
割烹「笑月」の店舗前60mに実験的に布設の工事一切は亀川軍一氏の負担であった。その翌年にさらに85mを延長したときの工費25万円余も、軍一氏が負担し、軍一氏は大きな犠牲をはらったという。
長岡市はその後、長岡市の小林孝平氏を考案者とし、1968年(昭和43年)7月12日に「融雪道路」の実用新案を、出願人長岡市で出願している。長岡市の実用新案登録出願は、1972年10月3日に実公昭47-32731号公報として公告されている。
【図3】実公昭47-32731公報に記載された「融雪道路」の考案のフロントページ(出典:J-PlatPat)
§4 1912年のラザロ選手の死を無駄にするな
金栗四三先生が出場した1912年(明治45年)のストックホルムオリンピック大会のマラソン競技では、ポルトガルのフランシスコ・ラザロ選手(Francisco Lazar)選手が熱中症で死亡している。
ストックホルムオリンピック大会では、金栗先生も熱中症で意識不明になり、1967年のストックホルム大会55周年記念式典において、54年と8ヶ月6日5時間32分20秒379の世界最長タイムでゴールインしている。
「トライアスロンのランの距離を10kmから5kmに減らす」というような情けない対応ではなく、2020東京オリンピックは、我が国の科学技術によるスポーツインフラの整備を示すべきである。
東京オリンピック組織委員会に予算がないというなら、都や国のインフラ事業として、東京都や国が負担すればよい。今回のコラムは一応、東京オリンピックの熱中症対策への提言という形式で記載した。
しかし、視野を広くすれば、路面の散水除雪装置は冬期において、東京都の除雪対策にも寄与するはずである。むしろ雪道の走行になれていない東京のドライバーにとっては、非常に好都合なインフラ整備になるはずである。
或いは三条市とは逆の発想で、東京都の夏の熱中症対策として散水装置を道路にもうけ、冬期に雪が降った場合「散水除雪装置」として用いるという考え方も可能であろう。
既に前回のコラムで、ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン(Stephanie Kelton)教授が「デフレ脱却には財政支出の拡大が必要である」と主張していることを紹介した。
https://mbp-japan.com/aomori/soh-vehe/column/5030706/
我が国の政府は、財政支出をもっと積極的に行うべきである。赤字財政は財務省のフェイクニュースである。IMFの2018年10月報告書では、「日本の財政状況は、負債と資産とを差し引きした純資産がほぼプラスマイナスゼロで全く問題ない」と記載されている。
日本は対外純資産世界一の座を28年間連続で維持している。政府に金がなくても、日本は金の使い道に困って、外国に投資しているのである。東京オリンピックのインフラ整備にもっと、政府は金を使うべきである。
ラザロ選手の死を無駄にしてはいかないし、2020東京オリンピックで熱中症の事故があってはならない。
フルマラソン自己ベストが2時間53分01秒(1992年第1回さいたまマラソン)の弁理士鈴木壯兵衞(工学博士 IEEE Life member)した。
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http://www.soh-vehe.jp