第36回 卓球もイノベーションで進歩しています
小学校の先生や、市町村等の教育委員会レベルにおいて、実用新案と特許の違いが理解されていない事例が多いことは重大な問題である。
先生等に限らず、実用新案権に関して誤解している人が多く、私のところにも、実用新案権を取得したが、「誰もライセンス契約に応じてくれない」と相談に来る方が何人もいる。実用新案権ではなく特許権を取得すべきであったが、手遅れという場合が殆どである(このコラムの第3回参照。)。
http://mbp-japan.com/aomori/soh-vehe/column/183/
報道機関やマスコミ等が実用新案権の登録に対し『児童が発明、特許庁のお墨付き』等の表現をするのは、正しい表現ではない。第3回で説明したとおり、実用新案は無審査で登録されるので、新規性等がなくても登録されてしまう。特許庁が実用新案権に対し権利行使可能なお墨付きを与えているのではない。
登録されただけでは不十分で、特許庁に「実用新案技術評価書」の評価という特別な審査を、別途お願いして合格したら、特許庁からお墨付きを得たことになる。
このような法律的な背景を考えると、小学生に安易に実用新案登録出願をさせるのは、極めて危険で、第41回、第42回で述べたような特許出願をさせるのが、親や小学校の先生等の責任である。
§1 「進歩性」の点では実用新案は小発明ではない
§2 小学校5年生の神谷明日香さんの発明
§3 失敗こそが発明のポイント
§4 特許出願はお父さんの推薦
§5 神谷さんのクラウドファンディングのプロジェクトが成立
§6 小学5年生で起業した丸野遥香さん
§1 「進歩性」の点では実用新案は小発明ではない
『或る登録実用新案権のライセンス契約をしたが、契約後にその登録実用新案の実用新案技術評価を特許庁に申請したら、有効な権利ではないことが分かった。どうしたらよいでしょうか』という相談もある。契約前にその登録実用新案の実用新案技術評価書を調べるべきであったのに、この相談者は大失敗をしてしまったのである。
【図1】実用新案技術評価書で「評価6」を得ないと、権利行使できない
第42回で平成5年(1993年)の「統一的特許審査基準(改訂審査基準)」の話をした。統一的特許審査基準の序において、特許技監の辻信吾氏は、『本審査基準により、審査における統一的な判断がなされ、特許・実用新案制度のより円滑な運用がなされることを確信する次第である』と述べられている。
実は、昭和34年法で考案の進歩性について定義し、特許との差異を小さくして、特許及び意匠からの出願変更ができるようにしたため、昭和34年法以降において、実用新案と特許と進歩性の判断の差異がなくなった。統一的特許審査基準はそのことを踏まえて、平成5年に特許と実用新案を統一的に判断すると述べているのである。
即ち、大正10年法までは、特許を「大発明」とし,実用新案を「小発明」と説明されていた。しかし、昭和34年法で,元来技術思想ならば,その点の差異はないとされてしまったのである。よって、このコラムの第3回「実用新案権はどのように活用するのか」で説明したとおり、「特許になりそうもないので実用新案という考え方は重大な失敗を招く恐れがあるのである。
「進歩性」という概念に関しては、実用新案と特許とではその判断に差異が無いことに十分に留意が必要である。実用新案は、その効果に関しては小発明であるが、実用新案技術評価の審査における「進歩性」に関しては小発明ではないというのが「統一的特許審査基準」の考え方である。
小学校の先生等は、この実用新案と特許の違いを良く理解して、小学生に対し、特許出願すべきか、実用新案登録出願をすべきかの指導をする必要がある。実用新案登録の法律的な内容を理解すると、使い物にならないばかりか、費用の無駄であると考える人も多い。
このため、図2に示すように実用新案登録の出願する件数は年々低下している。2016年には6480件にまで低下し、実用新案技術評価書の請求をした件数はわずか341件に過ぎないという現実を、小学校の先生等は理解する必要がある。一方、2016年の特許出願の件数は約32万件である。
【図2】実用新案登録出願の件数の推移
図2で登録件数が出願件数より少ないのは、形式的要件を満足しない実用新案の出願を特許庁が拒絶しているからである。即ち、実用新案権に関して、特許庁は形式的な要件のみについて「お墨付き」を与えているのである。
§2 小学校5年生の神谷明日香さんの発明
図3は神谷明日香(かみや あすか)さんが愛知県安城市・安城市立丈山小学校5年生(11歳)の夏休みの自由研究の発明を2014年に出願し、2015年に特許登録された特許(特許第5792881号)の特許公報の第1頁の一部である。第42回で紹介した石黒紀行君と同様に早期審査(スピード審査)がされている。
【図3】神谷明日香さんの特許(第5792881号)の特許公報の第1頁の一部
神谷さんのおじいさん(保一さん)はスーパーを経営していた。神谷さんは、いつもゴミ箱からアルミ缶やスチール缶などを分別していて、おじいさんは大変だなと思っていた。この日頃からおじいさんが大変だなと思っていたというプロセスが、第42回で説明したデザイン思考の「観察・共感」のプロセスであり、このプロセスが神谷さんの発明の背景にある。
なんとか簡単にできる方法はないかと思い、神谷さんは夏休みの自由研究で缶を分別する仕掛けを考えてみようと決めた。これが、デザイン思考の第2ステップである「問題定義(課題設定)」のプロセスである。
3年生の理科の実験を思い出した。それは図4に示した案内板18のように、鉄やアルミの板を斜めにして磁石をすべらせる実験である。これが、デザイン思考の第3ステップの「創造(アイデア出し)」のプロセスである。
【図4】特許第5792881号公報に記載された空き缶分別箱の図面の一部
§3 失敗こそが発明のポイント
案内板18の構想が決まったので、『空き缶分別箱』を試作したが、神谷さんは、失敗してしまった。実験よりも投入口10が磁石3から遠かったので、スチール缶も真下に落ちてしまい、図4の下に記載した分離壁5の右側に設定されたスチール缶収容室9Sには、スチール缶が落ちてくれなかったのである。
これが、デザイン思考の第4ステップの「プロトタイプ」のプロセスであるが、神谷さんの試行錯誤が始まる。思いついてすぐ出来た場合は、大抵、多くの人が容易に思いつく事項であるので「進歩性」がないことが多い。特許とは試行錯誤によって工夫した苦労に対する報酬なのである。
特許の「進歩性」とは発明者が「工夫したところはどこか」ということである。試行錯誤の結果、神谷さんの完成したのが図4に示す『空き缶分別箱』の構造である。
試行錯誤の最初は、図4の投入口10にペラペラしたシート片を付けてみた。思い通り磁石3の方に行ったのであるが、今度はスチール缶が磁石3にくっついて止まってしまった。そこで、神谷さんは図4に示すように、磁石3の下にペラペラした下垂シート片4を付ける工夫をした。
図4に示すように下垂シート片4を磁石3の下に設ける工夫をしたことにより、試作実験は成功し、スチール缶が分離壁5の右側のスチール缶収容室9Sに落ちるようになったのである。さらに精度を上げるため、神谷さんは下垂シート片4の最適値となる長さを実験により検討した。
神谷さんは1cmから5cmまで試してみて、3cmが下垂シート片4の長さとして丁度良いことが分かったそうである。神谷さんの特許明細書の段落【0018]と【0019】の欄及び図面の図4(b)には、アルミ缶とスチール缶を交互に25個づつ、合計50個を投入した場合の分別の成功数・失敗数が記載されている。
この結果、簡単な機構でスチール缶とアルミ缶を分別でき、また、メンテナンスも不要な空き缶分別箱が実現できるようになったのである。そして、神谷さんのおじいさんが簡単にスチール缶とアルミ缶を分別できるようになったというのが、第42回で説明したデザイン思考の第5ステップの「テスト」のプロセスを経た結果である。
§4 特許出願はお父さんの推薦
神谷さんのお父さん(豊明さん)は、日本ソムリエ協会認定のシニアソムリエである。実は、このお父さんは、特許(特許第5022528号)を取得していた。自分の好みに合うワインを見つけるスマートフォンのアプリに使われる『味覚値処理装置、及び、プログラム』の発明を、神谷さんのお父さんが開発し、2005年に特許出願し、2012年に特許を取っていたのである。
以前、特許を取ったことのあるお父さんが、神谷さんの試行錯誤の段階を陰でサポートし、特許を申請することを推薦したのである。実用新案登録出願でなく、特許出願を勧めたというのが、神谷さんのお父さんの知財に対する見識の高さである。
小学生の発明を支援するためには、家族や小学校の先生等、小学生の周りにいる大人たちの知財に対する見識が求められるということである。
§5 神谷さんのクラウドファンディングのプロジェクトが成立
特許は、権利を取得しただけでは不十分で、それを如何に活用するかが重要である。実用新案権に対してライセンス契約をする人や企業はほとんどいないが、実は、特許権であっても、ライセンス契約をしてくれる人や企業も極めて少ない。
特許権の活用を考えた場合、ライセンス契約という他人依存の事業よりも、自分でその特許権で保護された製品を製造する事業を実施することが望まれる。しかし、事業を実施するには資金が必要である。現在のインターネットの時代では、「クラウドファンディング」の手法を用いて、インターネットを介して出資者を募集する方法がある。
神谷さんは、その後、安城市立明祥中学校2年の2017年に、学習教材の開発・商品化を目指す会社「株式会社やくにたつもの、つくろう」を設立し、自ら社長に就任している。未成年のため、お父さんが専務として代表権を有しているようである。
資本金の15万円は1歳からためてきたお年玉ということである。会社の設立には安城市の中小企業の支援組織「安城ビジネスコンシェルジュ(ABC)」のスタッフのアドバイスがあるようである。
明日香さんは、目標金額900,000円のクラウドファンディングを行い、残り日数24日の2017年11月13日に、支援者数36人、支援総額1,046,000円でプロジェクトが成立している。
クラウドファンディングに「購入型」「寄付型」「融資型」「投資型」の4種類がある。この中で広く知られている購入型クラウドファンディングの場合、資金を調達した後は、お礼として、支援者にリターン(約束した商品サービス)を提供しなくてはならない。
このリターンの期限の多くは6月であるので、クラウドファンディングの前に、製品を試作する十分な準備をしておく必要がある。
クラウドファンディングを行うときのもう一つの重要な留意点は、インターネットで発明を公開する前に、特許出願を終えていることである。
§6 小学5年生で起業した丸野遥香さん
宮崎県都城市・都城市立東小学校4年生の丸野遥香さんが「夏休みの宿題」を発明工夫展「都城科学技術プラザ」に出品して、山田町長賞を受けた。この夏休みの宿題の『ペットの糞採り用スコップ』を1998年1月に実用新案登録出願をした。そして、小学5年生の1998年7月に実用新案登録第3052744号として登録された。
【図5】 丸野遙香さんの実用新案登録第3052744号『ペットの糞採り用スコップ』の図面の内容
丸野さんは、出願した実用新案が登録される前の1998年5月に「子供会社 ハルカファミリー」を設立し、社長に就任している。既に1997年9月には、地元企業が山田町長賞を受けた作品「ペーパースコップ」を製品として注文していたことも、会社設立の要因であろう。
丸野さんは、1998年7月に『携帯用ゴミ袋』の特許出願(特願平10-229894)もしているが、2000年2月に新規性がないという拒絶査定を受けた結果、特許出願の方は登録されてはいない。2003年度における「子供会社 ハルカファミリー」の年商は1.200万円とのことである。
丸野さんの登録実用新案権は2004年の1月に存続期間を満了し、既に権利は消滅している。平成16年(2004年)改正で登録実用新案権の存続期間が出願日から10年に延長されたが、丸野さんの登録実用新案権の存続期間は、出願日から6年だったのである。
注意して欲しいのは、登録実用新案権を取得することは全くの無駄であるということではない。丸野さんの例のように、自分で事業を興す場合は登録実用新案権が有効に活用できるのである。 このコラムの第3回の図4に示した手順と判断基準に従って実用新案にするのか、特許にするのかのを慎重に決定すべきなのである。
辨理士・技術コンサルタント(工学博士 IEEE Life member)鈴木壯兵衞でした。
そうべえ国際特許事務所は非まじめな発明の段階を支援します。
http://www.soh-vehe.jp