第10回 発明は天才のひらめきによるものではない
NHKが2016年11月14日にTV放送した「プロフェッショナル仕事の流儀」の中で「ゆるまないネジ(国際公開第2009/104767号)」を発明した道脇裕(みちわけ・ひろし)氏が紹介された。道脇氏は『専門家とかすごい技術者とかが、さんざんやってきて見つからないんだったら、その中には答えがない可能性が高いですね。常識という枠の中には答えがない。それならば常識の外の物を持ってきた方が早い』と述べている。
「常識の外」とは「不常識」であろう。今回はそのお子さんの愛羽(えこ)さんの2歳のときの発明について説明する。
§1 愛羽さんが2歳のときの発明が特許登録された
§2 愛羽さんの発明に対する特許庁の拒絶は深刻であった
§3 多くの拒絶に、複数の先行技術の組み合わせが用いられる
§1 愛羽さんが2歳のときの発明が特許登録された
2008年生まれの道脇愛羽さんは、2018年5月の現在、東京都武蔵野市にある私立聖徳学園小学校に通学されている。愛羽さんは既に2つの特許(特許第5327812号及び特許第5934831号)の発明者である。特許第5327812号は愛羽さんが2歳のときの発明で、特許第5934831号は7歳のときの発明である。
愛羽さんの曽祖父は元前橋工科大学長義正先生(群馬大名誉教授)を務めた数学者,祖父は大手化学系企業の役員(兼所長)、祖母は物理学者(結晶学等)の道脇綾子先生(東京外大名誉教授)という血筋で数学が得意のようである。
図1は、愛羽さんが5歳のとき、お父さん(道脇裕氏)を権利者として登録された特許第5327812号の特許公報の第1頁の一部である。
【図1】道脇愛羽さんの特許(第5327812号)の特許公報の第1頁の一部
愛羽さんの発明は、足裏の任意の部位を手軽に地面から離間させることが出来る手段を提供することを主たる目的とするもので、下図(図2)の左側の図(図2では【図L】として示している。)に示すように、ある厚みを有する固形体2の上面に貼着手段3が設けられている。
【図2】特許第5327812号公報に記載された足裏部分嵩上げ体の図面
上図(図2)の右側に図Rとして示したように、左右それぞれの足裏部分嵩上げ体1の貼着手段3を露出させておきながら足裏Bの適宜の部位に貼着させて使用する。例えば図R(a)に示すように、足裏Bの爪先周辺C部分を貼着手段3に貼着した場合には、爪先立ち状態になって脹ら脛や脛の筋力トレーニング等をはじめとする運動が促進される。
一方、図R(b)に示すように、足裏Bの土踏まず周辺D部分を貼着手段3に貼着した場合には、歩きながら青竹踏みを使用しているような刺激効果を得ることが出来る。更に、図R(c)に示すように、足裏Bの踵周辺E部位を貼着手段3に貼着した場合には、直立が困難となることによってバランスをとることが求められ、全身の反射運動が促進される。
このように、愛羽さんの発明は、足裏Bの爪先部位C、土踏まず部位D、或いは踵部位E等の任意の一部の足裏Bの皮膚又は靴下生地の足裏B側の箇所等に剥離可能に貼着できる。このため、使用者の適時の好みに応じて足裏Bにおける貼着部位を容易に変更できるという特徴を有する。
§2 愛羽さんの発明に対する特許庁の拒絶は深刻であった
既に第1回や第40回等で述べたとおり、発明は単に新しいだけでは不十分で、その新しさのレベルが容易に思いつかない斬新性のあるレベルに達していないと、特許庁の審査で拒絶されてしまう。愛羽さんの発明は、新しさのレベルが容易に思いつく程度に過ぎない(進歩性がない)という理由で、愛羽さんが4歳のとき、特許庁の審査官から拒絶されてしまった。
【図3】愛羽さんの発明は、審判段階まで行ってお墨付きがやっと得られた。
図3から分かるように、愛羽さんの発明に対する特許庁の審査官から2012年10月20日(発送日)の拒絶理由通知は、2012年12月16日と20日に提出した補正書や意見書等では解消されず、2013年2月5日(発送日)に拒絶査定されてしまった。
このため出願人である愛羽さんのお父さんは、2013年3月12日に、この拒絶査定を不服とする審判請求をするともに、更に請求項を補正する補正書を提出して、3人の特許庁審判官の合議体による審理を受けた。
拒絶査定不服審判は3審性の裁判の第一審の段階に相当する審理である。この拒絶査定不服審判でやっと、2013年7月16日に拒絶理由が解消して特許査定されたのである。愛羽さんが5歳のときである。権利者はお父さんであるが、5歳の若さで登録特許の発明者になったのである。
このコラムの第1回で「特許は精神力である。審査官の拒絶理由にそのまま従うな」という西澤潤一先生(東北大学第17代総長)の言葉を紹介した。愛羽さんとお父さん(裕氏)は、精神力で特許庁からの拒絶に対し、図3に示したように根気強く闘い、勝利したのである。
§3 多くの拒絶に、複数の先行技術の組み合わせが用いられる
審査官は、図4に示すように、引用文献1として実願平5-63692(実開平7-27303号)のCD-ROM、引用文献2として実願昭47-99777(実開昭49-56778号)のマイクロフィルムを引用し、愛羽さんの発明は、引用文献1及び2に記載された考案から容易に考えつくものであるから特許を受けることができないと判断し、愛羽さんの発明を拒絶したのである。
【図4】愛羽さんの発明は、引用文献1及び2に記載された考案から容易に考えつく
即ち、引用文献1に記載された考案において、履き物底上げ具(足裏部分嵩上げ体に相当)が靴Sの外底に接着材により固定されていることに換えて、引用文献2に記載された考案の健康増進体を「足のうらに貼着」するという構成を採用することは、容易になし得ることといえる、という拒絶である。
注意して欲しいのは、審査官は、愛羽さんの発明は引用文献1に記載された考案とは異なり新規性があること、引用文献2に記載された考案とは異なり新規性があることはそれぞれ認めているということである。しかし、引用文献1に記載された考案と引用文献2に記載された考案とを組み合わせれば、容易に愛羽さんの発明になり得ると指摘しているのである。
このように、複数の引用文献に記載された考案や発明を組み合わせれば、「容易になし得る」レベルに過ぎないから、実体的な特許性がないと判断されるのが、多くの拒絶理由である。特許されるためには、提案した発明が先行技術と比較して新しいだけということでは不十分なのである。
このため、愛羽さんとお父さんは、図5の上段に示すように、2012年12月16日補正書を提出し特許請求の範囲の記載を補正して、愛羽さんの発明の趣旨を明確にした。下線の箇所が、発明の趣旨を明確にするために補正した内容である。
【図5】拒絶理由を解消するために、特許請求の範囲を補正する
更に、補正書と同時に提出した意見書で、引用文献1及び2のいずれにも、足裏の任意の部位を手軽に地面から離間させることが出来る手段を提供という課題が開示されていないと主張した。
更に、引用文献1及び2のいずれにも、足裏の爪先部位、土踏まず部位、或いは踵部位等の足裏の任意の一部の足裏皮膚又は靴下生地等に剥離可能に貼着できるようにすることにより、使用者の適時の好みに応じて足裏における貼着部位を容易に変更できるという顕著な効果を奏することについての記載もないことを指摘し、当業者が引用文献1及び2に接したとしても、これらを組み合わせて愛羽さんの発明に想到することはできませんと主張した。
具体的には、引用文献1の底上げ部は、履物の外底の、土踏まず部分を特定して、接着剤等を用いて、履物底上げ具を固定し、地面から浮き上がる状態とすることで、自然なつま先立ちの傾向を与えるようにするものである。
引用文献1に記載された考案は、愛羽さんの発明のように片足の足裏の、しかも様々な部位に貼着して嵩上げをし、その部位に応じた、爪先立ち状態での脹ら脛の筋力トレーニング、土踏まず部分に貼着した状態での青竹踏み、踵周辺に貼着した状態での直立困難性によるバランスとりなどの効果を得るものではない。
引用文献2の実用新案登録請求の範囲に、「足5のうらに貼着する貼着体4を接着してなる、足の土不踏部に貼着する健康増進体」と記載されていることから、引用文献2の健康増進体は、前足の付け根部分から連続して土踏まず部分、そして、土踏まず部分から連続して踵部分の手前まで、土踏まず部分のくぼみに比例した凹凸部が接着するものである。
このことから、引用文献2に記載された考案は、愛羽さんの発明のようにその部位に応じた、例えば、爪先立ち状態での脹ら脛の筋力トレーニング、土踏まず部分に貼着した状態での青竹踏み、踵周辺に貼着した状態での直立困難性によるバランスとりなどの効果を得るものではない、と反駁した。
しかしながら、2012年12月16日と20日に提出した補正書や意見書等で拒絶理由が解消されず、2013年2月5日に愛羽さんの発明は図3に示すように、拒絶査定されてしまったのである。
このため出願人であるのお父さんは、2013年3月12日に拒絶査定不服審判を請求をすると共に、図5の下段に示すように、更に請求項を補正する補正書を提出したのである。
3人の特許庁審判官の合議体による審理の結果、愛羽さんの発明の実体的な特許性が認められ、特許査定されたのである。図3では記載を省略しているが、愛羽さんの発明の特許登録は、2013年8月2日である。
辨理士・技術コンサルタント(工学博士 IEEE Life member)鈴木壯兵衞でした。
そうべえ国際特許事務所は非まじめな発明の段階を支援します。
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