第35回 西暦1624年は近代の最重要の日付けの一つ
§1 電波の領域の周波数を光の領域の周波数まで引き上げた第3次産業革命
第22回でエネルギ革命の側面から第2次産業革命は電気エネルギに係る第3次エネルギ革命で、第3次産業革命は光エネルギに係る第4次エネルギ革命であると述べた。又、情報革命の側面からは、第3次産業革命の光通信を基軸としたインターネット技術を介したディジタル情報の双方向通信が、「第3次情報革命」になるということも第22回で述べたとおりである。
「周波数は財産なり」との研究の方向を導かれたのは八木秀次先生である。八木先生の時代は図1のセンチメートル波の領域の開拓が始まったばかりであったが、第3次情報革命は、第2次情報革命の電波の領域の周波数を、光の領域の周波数まで引き上げた周波数革命という位置づけになる。
【図1】
波長1ミクロン(µm)の赤外線は1/1000mmの波長であるので図1に示したサブミリ波の100倍の周波数帯になる。
第22回で紹介したように、光通信三要素の光源となる半導体レーザの特許は1957年に、光ファイバの特許は1964年に、pinフォトダイオ-ドの特許は1950年に西澤潤一元東北大學総長(第17代総長)によって発明されている。
光結合による接地点と位相の逆転、あるいはインピーダンスの変換を可能にするホト・カップラの特許第487916号は電子回線構成上必須のものとなっており、電子工業振興協会においてICの基本特許の一つに登録されているが西澤先生の発明である。特許第487916号,特許第506805号,特許第511342号,特許第692061号,特許第762975号,特許第830040号,特許第851876号等のオプトエレクトロニクス素子の発明は、ホト・カップラに限らず広い応用範囲を持っている
光論理装置の基本となるレーザダイオードを利用した特許としては、特許第772199号,特許第781848号,特許第812534号,特許第852321号,特許第867834号,特許第896516号,特許第1083895号,特許第1105303号,特許第1207725号がある。その他、光増幅、情報の記録及び論理動作を行わせるもの(特許第921469号,特許第961569号,特許第992080号,特許第992081号,特許第1083902号,特許第1437595号)がある。
また、外部レーザ光注入による高速光変調を可能とする光計算機の基本となる発明(特許第954040号)、光制御に関する発明(特許第521361号,特許第575455号,特許第772879号,特許第830041号,特許第838678号,特許第874279号,特許第992088号,特許第1083859号,特許第164848号,特許第1418108号)および波長変換を行う発明(特許第852683号)も提案されており、光ICや光計算機などを実現する上で基本と成る発明ばかりである。
テスラの特許第645,576号は電力伝送に関する発明であるが、送信機と受信機を無線通信に使えることをテスラが認識していたとして裁判所がマルコーニの特許を無効にした事件を紹介した。この裁判所の判断は、光通信に用いている光電変換技術は、エネルギの分野で使えるということを意味している。
§2 半導体レーザの構造を簡単にしたものが発光ダイオード:
即ち、受信器となるpinフォトダイオ-ドは太陽電池として電気エネルギの発生源として用いることが可能であり、半導体レーザの技術は発光ダイオード(LED)として光エネルギを照明に用いることを可能にするものである。
西澤先生が発明された半導体レーザの構造を簡単にしたものが発光ダイオード(LED)である。半導体結晶のpn接合を用いて光を発生する点では、半導体レーザとLEDとは原理的に同一の半導体素子である。半導体レーザだけでなくLEDも光通信に使用可能であり、西澤先生は1966年に高周波で動作するLEDの特許出願をされ、特許第609923号として特許されている。
p-n接合による可視LEDは、GE社のニック・ホロニアック(Nick Holonyak)とS. F. ベバッカ(Bevacqua)が、1962年に実現しているが、電気から光に変換する効率が0.1%に満たない非常に暗いものであった (Nick Holonyak, S. F., Bevacqua, “Coherent (visible) Light Emission from Ga(As1-xPx) Junctions”, Applied Physics Letters, 1, pp82-83,1962)。
pn接合を用いて半導体結晶から光を発生するためには、半導体結晶の完全性が重要であるが、西澤先生の結晶の完全性の研究は1950年頃、黄鉄鉱(FeS2)の組成を調べられたところから始まっている。
黄鉄鉱は鉄(Fe)1に対して硫黄(S)が2の割合のはずであるが、実際にはFe1に対してSが2.03~1.94の範囲でばらつき、電気的特性も変化することを西澤先生は実験で確認された。Fe1に対してSが2の場合が化学量論的組成ストイキオメトリであり、Fe1に対してSが2.03~1.94の範囲でずれることをストイキオメトリからずれているという。
ガリウム燐(GaP)の場合も、ガリウム(Ga)1に対して燐(P)1でなければならないが、精密に測ると、実際には1:1からずれており、ストイキオメトリからずれている。西澤先生は、ストイキオメトリ制御されたⅢ―Ⅴ族間化合物半導体完全結晶を育成する蒸気圧制御温度差液相成長法という独自の結晶成長方法を提案された。
§3 ギブスの平衡法則に反するとされた蒸気圧制御法
「蒸気圧制御温度差液相成長法」というのは、低温の半導体基板の上に結晶成長の材料となる素材を溶かした高温の液体(液相)を温度差を設けて接しているとき、高温の液体に化合物半導体の一方の元素の蒸気圧を加えると、飽和溶解度以上にその一方の元素が溶け込み、一方の元素の含有量を高くするように制御できるので、半導体基板上に成長する化合物半導体を構成している一方の元素と他方の元素の比率(ストイキオメトリ)を制御できるという方法である。
例えばガリウム燐(GaP)の半導体基板の上に結晶成長の材料となるガリウム(Ga)と燐(P)を溶かした高温の液体(液相)が温度差を設けて接しているとき、高温の液体の上からPの蒸気圧を加えると、Pが温度勾配に沿って密度拡散していくことにより飽和溶解度以上にPが高温の液体中に溶け込ませることができるという方法である。
飽和溶解度以上に溶けこんだPにより、析出するGaPを構成するPの含有量を高くするようにストイキオメトリを制御できるので、「蒸気圧制御温度差液相成長法」によればGaとPの比率を正確に1:1となるように制御できるということを西澤先生は実験的に示された。
この方法は、米国の理論学者ジョサイア・ウィラード・ギブズ(Josiah Willard Gibbs)が説く固相・液相・気相の平衡法則に反すると、当時多くの学者が考えた。つまり、ギブスの平衡法則によれば、ある温度における飽和溶解度は一定であるはずである。飽和溶解度以上にPが溶け込むことは理論上ありえないということになり、結晶成長学会から猛反発をされ、投稿論文も査読の段階で続々と拒絶され続けたという経緯のある液相成長法である。
当時ガリウム燐(GaP)系結晶には不純物として窒素を添加しないと光が出ないとされていた。ギブスの平衡法則に違反するのではないかと反発された蒸気圧制御温度差液相成長法により、GaPのGaP中のGaとPの比率を正確に1:1にする結晶成長法は1975年に出願され特許第1038323号として特許されている。
このGaPのストイキオメトリを制御することにより、窒素を添加しない結晶から純緑色の発光が得られることを西澤先生は確認し、1979年と1980年に特許出願され、それぞれ特許第1516291号、特許第1437621号として特許されている。そして、スタンレー電気株式会社に技術移転して製作されたGaP系結晶による純緑色LEDは、「蒸気圧制御温度差液相成長法」によって世界最高の効率と輝度を誇るまでになった。
又、ガリウム・アルミニウム・砒素(GaAlAs)系結晶による赤色LEDに関しても、1976年に出願した特許第1018805号,特許第10250238号,特許第1270761号,1980年に出願した特許第1264270号等の蒸気圧制御温度差液相成長法の特許が取得されている。これらのGaAlAs系の結晶を蒸気圧制御温度差液相成長法でストイキオメトリを制御して成長する技術もスタンレー電気株式会社に技術移転して製品化され、世界最高水準の効率と輝度を示すトップデータを更新し続けた。
実は固相・液相・気相の平衡を考えるとき、固相を構成している結晶のストイキオメトリのずれを考慮して化学エネルギを検討すると、結晶を構成している一方の元素が飽和溶解度以上に溶け込む現象はギブスの平衡法則に違反しないのであるが、これが理解されるまでに18年という長い時間がかかった。
1971年の豊橋で開催された国際学会で、西澤先生が蒸気圧制御温度差液相成長法の実験結果を発表して、猛反発を受けた。18年後の1989年(平成元年)になって、やっと、結晶成長国際機構(IOCG)が認めることとなる。西澤先生は1989年に創設されたローディス賞(Laudise Prize)の第1回受賞者になったのである。ローディス賞は3年に1回授与される賞である。
なお、温度差液相成長法に限定しないで蒸気圧を印加してストイキオメトリを制御する発明も既に1971年に出願され、特許10747051号として特許されている。
§4 ZnSeのpn接合から1983年に青色の光が発光:
2014年に赤崎・天野・中村博士の3名がノーベル物理学賞受賞を受賞されたが、赤崎・天野博士の窒化ガリウム(GaN)結晶を用いた青色LEDの特許第1708203号(特公平4-15200)の特許出願は1985年で、中村博士のGaN結晶を用いた青色LEDの特許第2628404号の特許出願は1990年である。
西澤先生は、青色LEDの実現を目的としてⅡ-Ⅵ族間化合物半導体であるセレン化亜鉛(ZnSe)結晶を選択された。そして、ZnSe等の結晶を完全結晶にするための蒸気圧制御温度差液相成長法の発明を1980年に特許出願し特許第1362385号として特許され、1981年にも特許出願して特許第1345720号、特許第1427448号を取得している。
更に、西澤先生は1982年にもⅡ-Ⅵ族間化合物半導体の蒸気圧制御温度差液相成長法の特許出願をし、特許第1272449号,特許第1313593号,特許第1317587号,特許第1317589号,特許第1317594号,特許第1328673号を取得されている。
蒸気圧制御温度差液相成長法によって得られたZnSeの結晶を用いて、西澤先生は赤崎・天野博士よりも2年溯る1983年にpn接合から青色の光を発光させ、青色LEDを実現されている。
中村博士の特許第2628404号の発明の根本となる技術思想は、GaN結晶の化学量論的組成の制御である。黄鉄鉱の結果から、1951年に岩波の『科学』に西澤先生が渡辺先生と連名で、化合物半導体の化学量論的組成の制御について発表されて以来、西澤先生が30年以上にわたり、化合物半導体の化学量論的組成の制御の研究を継続され、提唱してこられた事実を忘れてはならない。
【図2】
以上の説明から、LED照明の発達における真の貢献者は西澤先生であり、第4次エネルギ革命(第3次産業革命)は仙台で生まれたことが理解できるであろう。
図2は、縦軸を光源に入力されるエネルギー1W当たりに光源から出射される光の量(光束)でルーメンという単位で示し、横軸を年代にして、第22回の図1を焼き直したものである。
エジソンの興したGE社の『電球年代記』の「電球殿堂入り発明家名簿」によれば、エジソンは25番目の発明者である。名簿の一番目は、1808年英国人ハンフリー・デービー(Humphry Davy)のアーク灯である。そして、炭素繊維の白熱電球の実質的な発明者は、1878年の英国のジョゼフ・ウィルスン・スワン(Sir Joseph Wilson Swan)であると言われている。エジソンが白熱電球の開発に着手したのは、スワンの発明の翌年の1879年であるらしい。
1854年頃にアントニオ・メウッチが電話の発明をしたという事実を考慮して、第22回では第2次産業革命の開始を1860年にしているが、実際には第2次産業革命の開始時がいつかについては電球の発明時を含めて幅があり、図2の横軸の目盛りは明確ではない。
第3次産業革命が光エネルギを用いた革命である点では、1961年に西澤先生は光エネルギを用いた結晶成長を提案し(西澤潤一、『モレクトロニックス(I)』、金属学会誌、第25巻、第5号、pA149-A157(1961))、1963年に光エネルギを用いたシリコン(Si)の光励起結晶成長法が世界で最初に実現したことを報告されている(西澤潤一他、『気相成長に及ぼす光線の影響』、総合研究、資料第37-19号、p1-5、(1963))。
§5 第2次産業革命と第3次産業革命との間のテラヘルツ帯
第2次産業革命から第3次産業革命への周波数の開拓には暗黒地帯があり、先に光の領域が産業に利用された後、電波と光の間の周波数領域が第3次産業革命で開発された。この暗黒地帯は、古くは遠赤外線もしくはサブミリ波と呼ばれていたテラヘルツ波の領域である。
1963年に西澤先生はこの暗黒地帯の電磁波の発生源として半導体中の格子振動が有望であることを提案され(西澤潤一、電子科学、第13巻、第4号、p17、(1963))、1972年にはラマン効果を用いた信号増幅発信素子や信号変換増幅発信素子の特許が出願され(特許第840056号,特許第844479号)、1979年にはラマンレーザの特許が出願されている特許第1392926号)。
そして、1980年にはラマンレーザによってGaP結晶の格子振動の周波数12THzを取り出すことに成功したとの報告が出されている(J,Nishizawa et al, “Semiconductor Raman Laser”, J. Applied Phys., vol. 51, p2429 (1980)。
現在では3 THz以上の電磁波を含む0.5THz~7THzの間で周波数可変のレーザ等を含んで、図3に示すような複数の特許を西澤先生が取得されている。そして、図3に示す一群の特許のいくつかは、秋田県の株式会社テラヘルツ研究所に技術移転され、製品化されている。
【図3】
テラヘルツ波領域の電磁波の発生の電波側からの高周波動作化への挑戦も西澤先生が続けられ、テラヘルツ波帯のトランジスタとして、原子オーダーのスケールを有したいわゆるメゾスコピックSIT、あるいは理想型SITの特許を西澤先生が取得されている(特許第1511551号,特許第1550798号)。メゾスコピックSITの中にはトンネル効果を用いた半導体装置もある。(特許第1462301号,特許第1482766号,特許第1560100号)。
テラヘルツ波帯のSITは米国MITではパーミアブルベーストランジスタ、コーネル大ではバリスティックトランジスタと称して開発が進められているが、量子力学で設計される半導体素子である。
100GHzから1000GHz帯で最も有望なトンネル効果を用いた発振器としてのタンネットダイオードの特許も取得されている(特許第12611号,特許第661298号,特許第1310746号)。
§6 分子層単位で制御して結晶を成長する:
化合物半導体のストイキオメトリの制御は分子レベルの数の制御であるが、分子レベルの構造の制御するように1分子層の単位で半導体結晶を成長するのが、図4に示す特許で提案されている分子層エピタキシである。分子層エピタキシにより上述した量子力学で設計される微細構造の半導体素子が製造可能となる。
【図4】
中村博士が1990年に出願した特許第2628404号は、化合物半導体の2つの成分元素を含む反応ガスを基板表面に平行に供給し、不活性な窒素等の押圧ガスを基板表面に垂直方向から供給して、蒸気圧の高い窒素(N)がGaNの成長層から逃げ出して、GaNのストイキオメトリがずれてしまうのを防止する気相成長方法である。これに対し、西澤先生がその6年前の1984年に出願した特許第2660182号は、化合物半導体の成分元素を2つの異なる方向から、パルスとして交互に半導体基板の表面に供給して化合物半導体を、ストイキオメトリの制御をしながら、1分子層毎に成長する方法である。
日亜化学工業株式会社は、2010年10月25日の存続期間満了日を待たずに、2006年1月13日に中村博士の特許2628404号の特許権を放棄しており、日亜化学工業株式会社は現在、特許2628404号の技術を使っていない。
中村博士の特許第2628404号は、日本真空技術株式会社の楠本氏らが1986年に出願した発明(特開昭63-28868号公報)や、南カルフォルニア大學のM.マトルービアン(Matloubian)らの1985年の論文を根拠に無効である、と主張している研究者もいるようである(M. Matloubian and M. Gershenzon, Journal of Electronic Material,Vol.14, p.633 (1985))。
しかし、重要なことは、中村博士の発明より約40年も溯る1951年に、既に西澤先生が化合物半導体のストイキオメトリの制御の技術の重要性を提唱しており、その後も継続して研究をされていたという事実である。
辨理士・技術コンサルタント(工学博士 IEEE Life member)鈴木壯兵衞でした。
そうべえ国際特許事務所ホームページ http://www.soh-vehe.jp