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小田原漂情

国語力に定評がある文京区の総合学習塾教師

小田原漂情(おだわらひょうじょう) / 学習塾塾長

有限会社 言問学舎

コラム

一人一人の思いを

2019年8月6日 公開 / 2021年3月1日更新

テーマ:小田原漂情

コラムカテゴリ:スクール・習い事

 8月6日。例年通りに、言問学舎塾長ブログの記事を常体のまま転載させていただきます。


 おかっぱの頭(づ)から流るる血しぶきに 妹抱(いだ)きて母は阿修羅(あしゅら)に

 今日(令和元年8月6日)の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式で、松井一實広島市長が平和宣言の中に引用した短歌である。詠んだのは、当時5歳だった被爆者の方だという。

 被爆した過去、原爆をうたった歌人と言えば、2010年に亡くなられた竹山広氏のことがすぐ思い起こされる。私は直接お目にかかったことはなく、氏の代表的な作品も、迢空賞を受賞された際に少しく拝見した程度である(お名前は1996年にながらみ現代短歌賞を受賞なさった頃から存じ上げていた)。しかし氏の短歌作品には、短歌という短詩形文学ならではの凝縮された「語る力」が溢れていたことを、私自身が短歌の実作からは遠ざかりつつある日々の中でも、瞠目する思いで見つめていたことを思い出す。

 さて、冒頭に引用させていただいた一首についてである。この歌の鍵となるのは、結句の「阿修羅に」であろう。「阿修羅」とは、広辞苑第六版では「(前略)天上の神々に戦いを挑む悪神とされる。(中略)絶えず闘争を好み、地下や海底にすむという。(後略)」とされている。一般的にも、戦いの神、己をかえりみず憤怒の形相で戦うイメージがあると言っていいだろう。
 被爆した時5歳だったという作者の妹は、より幼い、いたいけな童女だったはずだ。その頭から血しぶきがほとばしったと表現されているから、どのような運命だったのか、推しはかられる。その娘を抱いて阿修羅と化した母の戦いは、いかようなものであったのだろうか。「阿修羅に」と結んで具体的な描写がないことから、読者はその「戦い」を幅広く思いみることが可能だ。これが短歌という詩形の持つ力である。一つの解釈としては、幼い妹(娘)の命をつなぎとめようとして、「母」は阿修羅のごとく奔走したのではないかと考えられる。あるいは、その後の長い被爆者としての戦いを指すのだろうか。
 いずれにしても、短歌であるからこそ有している「語る力」を、この歌も持っており、われわれに強く訴えかけてくるものがある。そして、広島平和記念資料館がリニューアルし、被爆した犠牲者「一人一人」に思いを馳せて欲しいとするその理念とも、通じ合うものがあると言えるだろう。

 一首の短歌に深く思いを致しながら、松井市長が平和宣言でやはり引いた、「一人の人間の力は小さく弱くても、一人一人が平和を望むことで、戦争を起こそうとする力を食い止めることができると信じています」という当時15歳だった女性の言葉と、こども代表による「平和への誓い」の中の、「『悲惨な過去』を『悲惨な過去』のままで終わらせないために。」という願いとを、私たちも常に信じて、なすべき行動をつづけなければと心に銘じた、今日の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式であった。

令和元年(2019年)8月6日
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