今年も「長崎の鐘・新しき」の公開を開始しました

テーマ:小田原漂情

 一昨日、7月30日の本項で、「つるにのって 2冊」を書かせていただき、佐々木禎子さんのことをこれからの世の子どもたちに知ってもらうことが、私のつとめであると書かせていただきました。多くの方にお目通しいただきまして、ありがとうございます。

 いま一つ、この8月に私がつとめとしていることが、1949(昭和24)年に藤山一郎先生がお歌いになった「長崎の鐘」(サトウハチロー作詞、古関裕而作曲)と「新しき」(永井隆作詞、藤山一郎作曲)を私が歌わせていただいた動画を、公開することです。言うまでもなく、8月6日に広島、8月9日に長崎へ落とされた原爆(原子爆弾)で亡くなられた方々を追悼し、子どもたちのみならず多くの方々に、日本の過去の戦争でどのようなことが引き起こされ、どんなにおそろしい結果を招いたのかということを、お伝えしたいからであります。

 長崎医科大学の放射線科の助教授(のち教授)でいらした永井 隆 博士は、放射線科の治療に長年従事しておられたため、白血病にかかっておられました。そして1945(昭和20)年8月9日、長崎に原爆が落とされて、最愛の奥様を亡くされ、ご自身も病院で火傷をなさいました。しかし医師として重傷の身をおして被爆者の治療にあたられ、白血病がさらに悪化する中で、医学者、科学者の立場から、『長崎の鐘』など、あの日、そしてあれから長崎で何が起こったのかを伝える本や文章を、多数書きのこされました。

 私が歌わせていただいている「長崎の鐘」は、永井博士のご著書ゆえに作られ、大ヒットした名曲です。またつづけて歌わせていただいている「新しき」は、博士を見舞われた藤山先生、作曲者古関裕而氏、サトウハチロー氏のお三方に、永井博士が贈られた次の短歌に、藤山先生が曲をおつけになり、歌っていらしたものです。

 新しき朝の光のさしそむる荒れ野に響け 長崎の鐘

 81年前、広島と長崎に落とされた原爆は、その年だけで二十万人を超える人々の生命を奪い、生き延びた人たちにも、あとになってからの原爆症の苦しみと死という、あってはならないはずのむごい運命を強いました。先日お伝えした佐々木禎子さんも、そのお一人です。

長崎の鐘・新しきサムネイル

長崎の鐘・新しき  歌唱:小田原漂情

 こんにちの社会では、この忘れてはならないこと、語りつづけなければならないことが、ともすれば遠い過去のできごとという枠組みの中に押し込められそうです。私にできる、そしてなすべきつとめの一つとして、今年も「長崎の鐘・新しき」を、YouTubeで公開致しております。日本コロムビア様から許諾をいただいており、公開は9月1日までの1か月間です。


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小田原漂情
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小田原漂情(学習塾塾長)

有限会社 言問学舎

<真の国語>とは?正解を見つける力ではなく、文章の本質を読みとり、自分の身に引きつけて、生きた考えを組み立てられる力のことです。それをすべての生徒が「わかる」ように、かつ「楽しく」指導します。

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